炬燵の猫 もう暦の上では春も近いというのに、外の寒さが身に染みる。炬燵に深く身体を潜りこませながら、耕助はうとうとと惰眠を貪っていた。近頃は陰惨な事件も起こらず、出番もないので、新聞を読んだり、ゴロゴロと座敷に寝転びながら過ごすのが常だ。
「耕ちゃん、久しぶりだな」
快活な掛け声と、襖が開かれた瞬間に、耕助はぶるりと身震いをした。冷たい風が、襖の向こうから入ってきたのだ。それを気にせず、掛け声の主は耕助の向かいに座った。
「風間、仕事終わったのかい」
「ああ、ひとまずな。直ぐに出るが、お前の顔が見たくなったから」
そう言って、俊六はまた明朗な表情で耕助を眺めた。耕助はその明るさに、どこか気が引けて、少し視線を反らせた。働き盛りの輝かしい様子が、眩しかったのだ。
「オイ、耕ちゃん…」
「なぁに?」
「何でそんなに薄着なんだよ、もっと着た方がいい。寒いだろう、今、半纏持ってきてやるから」
耕助は、その時初めて、自分が薄い寝間着一枚で過ごしていた事に気づいた。事件がなくなると、途端に日常生活が疎かになる耕助は、俊六のお小言にぎくりとした。
「あ、あぁうん…別に、平気だよ…」
「平気なもんか。そんな青白い顔して。また倒れたらどうするんだ?耕ちゃん、身体弱いんだから、もっと日頃からさァ、気を付けねぇと。ホラ、これ着てな」
俊六が甲斐甲斐しく身体に手をやり、袖を通して着せようとするので、耕助は有り難いやら迷惑やら、複雑な思いで半纏を上から羽織った。俊六の小言は今に始まったことではないが、その場面にかち合うとどうにも居ずまいが悪い。
「だ、大丈夫ったら…そんなに心配しなくても…僕だってもう、いい歳した男だぜ」
「いい歳した男が、シュンとしょげて虚ろな目ェして何するでもなく寒がってるんだぞ。放っとけねェよ、そんな状態じゃあさ」
「あ、アァ、うん…」
俊六が放っておけないのは自分ただ一人である、ということも、耕助は痛いほど知っていたので、もぞもぞと身体を縮めて、うぅ…と唸った。俊六の愛情に満ちた視線が、目を合わせなくとも伝わるので、嬉しいやら恥ずかしいやら。なんで僕なんかに優しくしてくれるんだろう…と耕助は一人ごちる。
「ハハ。耕ちゃん、寒がりの猫みてぇだな」
爽やかな笑顔で耕助を可愛がる俊六は、昔からそういう男だった。耕助は今だけ、彼専用の飼い猫になっている事に、顔をぽっと赤らめるのだった。