世界の終わり「この世界が消えるなんて、事実、呆気ないものですよ」
明智はそう云って、冷しコーヒーを飲みながら微笑んだ。既に何回か、世界が消えた事を体験済みのような話しぶりだった。私は、明智がそういった世界消失論に関する論文を読んだものと思い、笑ってこう返した。
「君は世界が消える前に、何を望むんだい」
「望むべくは、消えないで居たいという願いが、人間の本質なのだと思いますが、僕はドウモ、そういうのが稀薄でしてね。他の望みも出てこないモンですから、それで終わりです」
明智は何故か諦めたように笑った。
「僕は、君が消えないでいて欲しいと願う事にするよ」
明智は少し意外そうな顔をした。
「誰にです?」
「神とか、世界を生み出した張本人に――明智小五郎を消さないでくれ、と願えば、君は生き永らえるかもしれない」
「世界が終わっても?」
「世界が終わってもだよ」
明智は拗ねたように唇を尖らせて、手で髪を混ぜっ返した。どうやら、私の意見に不服らしい。
「君はもういないのですか」
「いないかも知れないね。呆気ない終焉に、凡人の僕が存在するなんて、どうにも思えないからナア。居たところで、何ができる訳でもない。君が居てくれれば、僕はそれでいいよ」
「そんなの、狡いじゃありませんか」
明智がやけに語気を強めて話すので、私は驚いた。妄想の域を出ない空論だと思っていたが、明智にとっては極めて真剣のようだった。
「ハハハ…イヤ、なに、例え話じゃないか」
「僕は世界が消えるなら、二人で消えたいです。生き残ってはいけません」
「そうだな。僕達、どちらかが居ないなんて、きっと寂しいものだね。じゃあ、僕も願わない事にするよ。ただ流される儘に、消えてみるとしようかね」
明智は、私の答えを聞いて満足したのか、ほっと安心そうな顔をした。二人とも生き残ってはいけないなんて、退廃的な、どこかロマンスを感じさせる言葉だった。明智の中に、そういった想いがあるのなら、私は大歓迎だと思ったし、実際にとても嬉しかった。
「君と世界から消えてしまうなんて、夢のようですね」
明智はそう云って、どこか甘ったるいような瞳で私を見て、また微笑んだ。