ネクタイ「き、きき、金田一さん」
「…はい?」
慌ててジャケットを羽織る黙太郎を見ながら、金田一はのんびりとお茶を啜っていた。その手元には写真が置かれており、黙太郎は慌てながらも、それをジッと見つめた。
「なに、見とるんです」
「ああ…これは事件現場の写真です。舌が抜かれた男性です」
「…舌が」
「はい。口からグイッと抜かれて、上半身が…」
「あ、ア、ああいいです、そう、違うんですよ、金田一さん」
ハッと気づいたように、黙太郎はまた急いでシャツの釦を手で掛けた。
「僕のネクタイ。僕のネクタイがですね、見つからんのですよ」
「はあ…ネクタイ。見かけませんでしたねえ…」
「ないと、困るんですよ、これから面接…仕事の面接があってですね、落ちちゃいますよ、これじゃあ…」
黙太郎はまどろっこしそうに髪をぐしゃりと掻き混ぜて、自分の服が溜まった洗濯カゴを漁っている。
「金田一さん、ネエ、アナタ、持ってませんか」
「ええ…?そんな、僕はネクタイなんて、した事が…」
「こう…ネクタイの代わりになるっちゅう、モンはないですか、何でも」
黙太郎の無茶ぶりに、金田一はこてんと首を傾げて考えると、立ち上がって箪笥の引き出しを開けた。
「んん…着物の…細い、帯はどうでしょうか…」
「帯」
「帯じゃあ、いけませんかねえ…あとは、縄…縄だと犯人みたいでしょうか…ああ、これ、君のじゃないですか…?」
金田一の替えの袴から出てきたのは、新品の赤いネクタイだった。
「そう!それ、それですよ金田一さん、何でそんなとこにあったかなあ、ください、今すぐ下さい」
黙太郎の求める手に、金田一は掴んだネクタイをそっと置いた。黙太郎は受け取って、首に巻こうとすると、ふと手を止めた。
「金田一さん、僕ね、気づきましたよ。大変な事になったですよ」
「はあ…?」
「僕はですね、正直に言うとですね…ネクタイの結び方…全然、知らんのですよ」
「僕も…同じく…」
二人は無事にネクタイを結べるのか…そして黙太郎は仕事の面接に受かるのか…それは神のみぞ知る…かもしれない。
(おわり)