冬空の下「やっぱり、僕が行った方が良かったんじゃないかい?」
「いいさ。向こうには向こうの都合がある。俺はそれが気に喰わないだけだ。何てことない、気にするな」
僕と風間は、古びた高架下にどっかりと座り込んで酒を飲んでいた。季節は冬で、師走の冷たい風が骨身に染みるような、寒い夜のことだった。
風間はすっかり温くなったワンカップを片手で遊ぶように少しずつ傾けながら、まっすぐ前を見つめていた。見つめた先には、何もなかった。
「俺はさ、耕ちゃん。お前が離れていくのが嫌なんだ。我慢ならないんだよ。それはどうしようもなく、俺を苦しめてきた。今までずっとな。けれど、こうしてお前と逃げてるとさ、こういうのもイイかもなって思うんだよ。すごく、イイんじゃないかって。お前と二人だけで生きてるみたいでな。一番幸せなんじゃないかって、錯覚するんだよ。お前はどうだ?」
不意にそう聞かれて、僕は返答に困った。今ここで、風間と隠れて寒空の下で酒を呑むのが、この上ない喜びのようにも感じた。
だから、僕は「そうかも知れない」と答えた。
「そうだよな。俺もそう思うよ。今この瞬間だけが、俺は幸せなんだ。幸せって、きっとこういう事を言うんだ。今まで築き上げた地位も名誉も、お前の前ではないに等しい。ちっぽけな俺だけが、お前の前に居るんだ。それはとても、フェアな状態だと思う」
「うん」
「だから、俺と逃げてくれ。現実から、常識から、空想から。こんなどうでもいい場所で、お前に誓うなんておかしいかもしれねえけどさ。俺はお前を、幸せにするよ」
「ありがとう、風間」
いいってことよ、と風間は言った。そして、二人でしばらく黙っていた。はあっと互いの口から白い息が漏れて消えていった。僕は自分というものが、向こう側にではなく、風間の隣りにあることが嬉しかった。心底、とても。
「じゃあ、逃げるか」
「どこへ?」
「どこへでも。奴らがお前を追いかけない所まで」
「まさか、海辺の崖の上なんて言わないだろうね」
「ロマンチックだな。万事、やり遂げた後は名所になったりしてな。私立探偵と土木業社長、ここに眠る…なんて、いい響きだろう?」
「ヤになっちゃうなあ」
僕は笑った。風間も笑った。そして立ち上がって、誰ともなくそっと手を繋いだ。風間の手は温かかった。飲んでいた酒よりも、だいぶ、しっかり、温かかった。
それから僕たちは、二人だけで生きることに決めた。