パチ、パチと爪を切る音が部屋に響く。
「牛鬼って、ちゃんと爪切り揃えてるよね。なんか意外」
「誰のためにやってると思ってんだ」
「え? 人のために爪切ってるの?」
彼方がきょとんとしながら聞き返すと、牛鬼は呆れたようにため息をついた。
「……俺が爪切ってなかったら、今頃お前のナカ傷だらけだぜ?」
にやっと笑いながらそんなことを言う牛鬼に彼方はようやく察したようで、顔を火照らせて苦笑いを浮かべた。
「あー……そういう……」
「察するのがおせーよ」
そう言って牛鬼は再び手を動かし始める。小指の爪を切り取ってゴミ箱に捨て、今度はまた薬指から順番に切っていく。
その慣れた手つきを見つめているうちに、彼方もなんとなく自分の爪を気にし始めてしまう。
そういえば、ココ最近全然爪切ってなかったっけ。伸びた爪を眺めて、彼方は牛鬼に声をかけた。
「ねぇ牛鬼、俺の爪も切ってよ」
「あ? そんくらい自分でやれや」
「いいでしょ〜ついでと思ってさ、ね?」
「……ったく、しょうがねえな」
そう言いながら、牛鬼は彼方の手を取った。彼方は文句を言いながらも結局やってくれる、牛鬼のそういうところが好きだった。
彼方の後ろへと回り込み、彼の手を包むようにして持つ。そしてそのままぱちん、ぱちんと丁寧に切っていく。
背後から包まれているような感覚に、なんだか少し気恥ずかしくなる。でも牛鬼の温もりが心地よくて、もっとこのまま触れ合っていたいとも思った。
しばらく無言のまま、爪を切る音だけが響いていた。やがて全ての爪を切り終えたのか、牛鬼がふう、と一息つく。
「ほら、終わったぞ」
「ん〜、ありがと」
彼方はくるりと振り向いて牛鬼の顔を見たあと、そろりとその頬に両手を伸ばす。そしてすり、と撫でると、不思議そうな表情をする牛鬼を見てふわりと微笑んだ。
「なんだよ急に」
「別に、ただこうしたくなっただけだよ」
「ふーん、そうかよ」
牛鬼は特に嫌がる素振りを見せることもなく、むしろ甘えるように頭を擦り寄せてくる。
それが嬉しくて、愛おしくて、彼方は思わずぎゅうっと抱きついた。すると牛鬼も同じように抱きしめ返してくれる。
ああ、幸せだなぁ。なんて思いながら彼方は目を閉じ、ゆっくりと口を開く。
「ねぇ、牛鬼」
「あん?」
「好きだよ」
そう告げると、牛鬼は知ってる、とでも言うように笑うだけだった。だけどその顔はとても優しくて、それだけで十分だった。彼方は満足げに笑って、もう一度強く牛鬼を抱き締めた。
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