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    凪子 nagiko_fsm

    戦国無双の左近と三成、無双OROCHIの伏犠が好きな片隅の物書き。
    さこみつ、みつさこ、ふっさこ でゆるっと書いてます。
    ある程度溜まったらピクシブにまとめます(過去作もこちら https://www.pixiv.net/users/2704531/novels

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    凪子 nagiko_fsm

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    【さこみつ現パロ】もう一度君と(改訂版)
    ピクシブにあるやつの三人称視点バージョン
    本にしたものにはこれの後日編が少し入ってます

    #戦国無双
    SamuraiWarriors
    #石田三成
    mitsunariIshida
    #島左近
    shimmeringOfHotAir
    #さこみつ
    #腐向け
    Rot
    #現パロ
    parodyingTheReality

    【さこみつ現パロ】もう一度君と(改訂版)「俺には前世の記憶があるのだ」
     などということを真面目な顔をして言えば、頭がおかしいと思われるだろうから口にしたことはないが。
     石田光也には前世の記憶がある。同じ読みの石田三成という名前の戦国武将だった前世の彼は、関ケ原の戦で徳川家康に負け、捕縛された上で斬首された。謂わば歴史の負け組だ。
     しかし、光也にとってそんなことは今やどうでもいいことだ。己の信念のもとにやるべきことをやった。そのことに悔いはない。
     だが、たった一つだけ心残りがある。それは、三成が当時の禄の半分を与えて招いた同志であり、想いを通わせ合った半身でもある島左近のことだ。
     前世の記憶が蘇ったのが小学三年生の頃。それから、もしかしたら同じように転生しているかもしれない愛しい左近を、光也はずっと探し続けていた。
     
     それから十数年。光也は左近に出会えぬままに学生生活を終え、そこそこの大企業に就職した。
     特に深い理由があって選んだわけではない会社。だが、運命の出会いはそこにあったのだ。
     
     光也が配属されたのは、五十人ほどの社員が所属する法務部の法務第一課だったのだが、そこの課長が、どこからどう見ても三成の知っている左近そのものだった。
     名は嶋友之といい、年齢は40歳。元は弁護士をしていたそうだが、社長が破格の待遇で弁護士事務所から引き抜いたという噂だ。
     百九十センチの長身に、本人曰く『これでも必死に老化に抗ってるんですよ』んだそうなスポーツクラブ通いで引き締まった身体と、うなじの下でゆるく結ばれた背中までかかる長く癖のない黒髪。少々厳ついが十分イケメンの部類に入る顔。シルバーフレームの眼鏡の奥の切れ長の目は大きめで、その瞳はいつも優しい。
     そんな嶋課長だから女性受けは非常に良く、光也の教育係の先輩社員が言うには『彼女は切れたことがないんじゃないかな? でも、全部遊びだってさ』だそうだ。格好良くて優しくて将来も有望な嶋課長をモノにしようという女性社員は大勢いるらしいが『後々面倒にならないように会社と取引先の社員には手を出さない』のがポリシーで、社内で浮いた噂は聞かない。遊びが分かる手慣れたキャバ嬢とっかえひっかえして遊んでいるが未婚だそうだ。
     やっぱり左近は生まれ変わっても女好きなのか……と、光也は数日落ち込んだ。
     
     新入社員と課長がそれほど話す機会もなく、話しかける勇気も切っ掛けもないまま、季節は過ぎていった。
     
     
     そして今、光也はとある有名温泉旅館の宴会場にいる。
     この会社では忘年会は温泉旅館で一泊が定番だそうで、部署ごとに行われる。酒には強くないし人と話すことも得意でない光也はできることなら遠慮したかったのだが、幹事に強制参加させられた。『課の女の子たちが石田君絶対連れてきてってうるさくてさー、頼むよ』と懇願されてしまったのだ。いい迷惑だと思ったのだが、『まあ、運が良ければ嶋課長の色っぽい浴衣姿が見られるかもしれない』との下心があって参加を決めた。
     しかし残念なことに、ほとんどの男性社員は浴衣を来ていた一方で、嶋課長はスーツのままだった。
     溜息を押し殺してちびちびとビールを口にしている光也は、宴会場の隅の末席で普段話したこともない他課の女性社員に囲まれている。上座の嶋課長は遠すぎて、チラチラ盗み見ても当然視線が合うこともない。お酌に行けば話す機会も作れるかもしれないのだが、あちらはあちらでひっきりなしに酌に訪れる部下と楽しそうに話していてタイミングが掴めないし、何より話しかけられる話題が見つからない。
     こんなときは口下手な自分が嫌になる。
     ――つまらない。疲れた。もう帰りたい。
     光也が酔って気分が悪くなったふりをして退席しようかと思っていると、マイクを握って前に出てきた幹事が余興の開始を告げた。
    「今年の余興は王様ゲームでーす!」
     くだらない……。何が王様ゲームだ。
     光也の周りにいる女性社員も『えー?』『今更ー?』などと口々に言っている。
     いや、表向きは嫌そうな態度だが、なにかハプニングでも起きないかとウキウキしている様子だ。
     上座の方から順番にくじの入った箱が回ってくる。
     人数が多いので、幹事がくじを引いた番号で王様を指名するというやり方で、五回行われることになった。
    「十五番が四十二番にガチダメ出し」
    「十番が三番に何でもいいので土下座謝罪」
    「三十八番と五十番がデュエット」
    「五十五番が十一番を背中に乗せて腕立て伏せ十回」
     と、酒も入っていたし、まあ余興としては中々盛り上がった。
    「最後の王様は……、三十九番!」
    「……はぁーい!」
     最後の王様は呂律が回らないほどに酔っ払った20代の女性社員だった。
    「えっとぉー、それじゃぁー、四十七番がー、二十番にー、壁ドンの顎クイしてくださーい!」
     会場は一瞬静まり返った。
     それは、飲み会の余興だとしても、一歩間違えばセクハラで訴えられるようなことではないのか? しかし、静まったのは一瞬で、すぐに大きなざわめきに変わる。
     いくら飲み会の席で無礼講だからといって誰も止めないのはマズくないか? と、光也が思っている間にも王様ゲームは進んでいく。
    「四十七番だーれだ!」
     すっと挙げられた手は……。嶋課長だった。
     ーー左近が誰かとそんなことをしているのを目の前で見なくてはならないなんて……拷問か。帰りたい。今すぐ部屋に戻って布団被って寝てしまいたい。
     光也は手元のぬるくなりかけたビールを一気に飲んで腰を浮かせようとした。
    「二十番だーれだ!」
     嶋課長の相手は誰だと見回してみるが、誰も手を上げない。
    「ん? 二十番のくじ引いた人、いませんかー?」
     いないのか? まさか……。
     全く興味がなかったので引いたくじの番号を確認していなかったのだが……。
     光也はくじを開くと、番号を確認してからゆっくり手を挙げた。
     その瞬間、宴会場内の至るところから悲鳴が上がった。血相を変えて部屋から出ていく社員もいる。王様役の女性社員は、周りからえらく感謝されている。
     ーーまさか自分が余興のネタになるなんて……。
     幹事に促され、光也も嶋課長も立ち上がる。
    「壁ドンということなので、壁際でやりまーす。ギャラリーの皆さんは見やすい場所に移動してくださ―い」
     
     光也は壁を背にして立ち、その前に嶋課長が立つ。スーツの上着を脱いだグレーのワイシャツ姿で、ワインレッドのネクタイを緩めてシャツのボタンを二つ外して開いた首元からドキドキするほどの色気を感じる。
     だが、今はその雰囲気に酔えない。なぜなら、二人はギラついた目をしたギャラリーに囲まれているからだ。さっき部屋から出ていった社員は一眼レフカメラを持って戻ってきた。カメラやスマホを構えた興奮気味の同僚や上司に囲まれて、なんともいたたまれない気持ちになる。
    「すいませんね、新入社員の石田君にこんなことをさせて」
     苦笑して言う口調も声音も記憶の中の左近のままで、光也は嬉しいような悲しいような複雑な気分になってしまう。
     ーー嶋課長が本当に左近だったらいいのに。
    「いえ……。飲み会に参加するのも仕事のうちですので」
     光也はそう答えるのが精一杯だった。
    「では、嶋課長、やっちゃってください!」
     幹事が高らかに言うと同時に、嶋課長が一歩近づく。
     ドンっ、と軽い衝撃とともに光也の顔の横に嶋課長の左手がつかれる。
     ちか……、近い……!
     そのまま右手で顎をすくわれて目線を合わせられる。酒のせいとは思えないほどの熱を持った視線が絡んできて……。
     ギャラリーから上がる悲鳴も、激しい雨音のように聞こえていたシャッター音も、光也にはもう聞こえない。
     そのまま、嶋課長の唇が降りてきて……。
     光也は混乱の中で、片想い中の嶋課長と初めてのキスを交わした。
     
    「課長、顎クイまでですよ!」
    「石田君、びっくりして気絶しちゃったじゃないですか!」
    「いくら石田君が綺麗な顔してるからってノンケの男の子にキスはダメですって!」
    「石田君真っ赤になって固まっちゃってかーわいい!」
    「……課長のキス顔マジエロい」
    「俺も課長にキスされたい……」
     周囲の喧騒で、光也は一瞬気を失っていたらしいことを知る。目を開けると、己を抱留めた嶋課長の胸が間近に会った。
    「あ、あの……」
     気がついたことを知らせようと口を開くと、嶋課長の視線がこちらを向いた。
    「すみません、冗談にしてもやりすぎました。まさか気絶されるとは思わなくて。こんなおっさんにキスされたら嫌に決まってますよね」
    「い、いえ! 俺の方こそ、すいません。それに…………、嫌じゃなかったので」
     嶋課長の謝罪に、申し訳なさそうな中に悲しさのようなものを感じて、光也は咄嗟に言ってしまった。
     嫌じゃなかったどころか……、毎晩夢に見てしまいそうだ。抱留められた身体の温かさ、力強い腕、ほのかに香ったセクシーな香水、熱い視線、そして柔らかい唇。
     ーー今でも、こんなに好きなのに。
     光也が席に戻ってから女性社員に囲まれて色々聞かれたのだが、何を聞かれたか、どう答えたか、本人は全く覚えていなかった。
     
     
     宴会が終わり、ほとんどの社員はそのまま二次会に行ったが光也はとてもそんな気分にはなれなかった。
     部屋に戻って休んでしまおうかとも思ったが、時計を見ればまだ寝るには早い時間だ。寝る前に軽く風呂で温まろうと、光也は宿自慢の露天風呂に行くことにした。
     
     時間が良かったのか誰もいない貸切状態の露天風呂に浸かり、夜空を見上げる。
     極力明かりが落とされた露天風呂からは、星もよく見えた。
     ーー昔、左近とも温泉に行ったことが合った。こうして夜空を見上げて……。あのときは何を話したのだったろうか? 月が明るい夜だったことは覚えているが、彼が何を話していたのかが思い出せない。きっと、他愛もないことだったのだろうが、そんな何気ない日々の記憶が愛おしい。
    「左近……」
    「石田君?」
     無意識に呟いた光也に応えたような声に、反射的に振り向く。
    「一人でぼんやりしたいと思って来てみたら、まさか貴方がいるなんてね」
     嶋課長は光也の少し離れたところにちゃぷんと入ってきた。
    「すいません」
    「いえいえ。後から来たのは俺の方なので。邪魔しちゃいましたかね」
    「いえ……、別に……。二次会、行かなかったんですか?」
    「顔だけだしてきましたよ。ああいうのって上司はいないほうがみんなも気楽でしょう?」
     それ以降二人の間に会話はなく、しばし温泉が流れる水音だけが響く。
     聞くなら今しかないかもしれない。光也は思い切って口を開いた。
    「あの、さっきのことなんですが……」
    「さっきの? ああ、やっぱり気にしちゃいますかね? ただの宴会の余興と思って忘れてもらえると有り難いんですが、許せないっていうんならセクハラで訴えられても……」
    「そんなつもりはないです。ただ、なんでキスまでしたのかなと思いまして」
     光也に訴えるつもりなど毛頭ない。聞きたいのはキスしてきた理由だ。ただのその場の雰囲気だったのか、それとも……。
     嶋課長は暫し言葉を選ぶように水面を見つめて、それから光也の方に視線をよこした。
    「……こんなことを言ったら引かれるかもしれないんですが……、貴方は似てるんですよ、俺の愛してた人に。大分昔に死に別れてしまったんですがね」 
     大分昔。それは十数年程度のことか、それとも四百年余りのことなのか。
    「ずっとその人のことが忘れられなくて、未だに本気の恋愛ができずにいるんですよ……って、四十路のおっさんの言うセリフじゃないですよね。忘れてください」
     光也を見つめていた瞳が一瞬悲しげに細められ、その視線は虚空に投げられる。
    「忘れて、いいんですか?」
     ーーこの人は左近だ。俺が半身を間違えるはずがない!
     光也は、強い視線で嶋課長を見つめた。
    「課長が死に別れたというその人の名前も、イシダミツナリっていうんじゃないですか?」
     嶋課長が驚いた目で光也を見る。揺れる瞳が、光也の言葉を肯定していた。
     ーーああ、やっと会えたのだな……。
    「ようやく見つけたぞ、左近」
     光也がそう言うと、嶋課長の目が泣きそうに歪んだ。
    「まさか、本当に……、殿、なんです?」
     ざぶざぶと湯をかき分けて嶋課長が近づいてくる。
     ゆっくり伸ばされてきた震える腕でぎゅっと力強く抱きしめられ、耳元で『ずっと貴方を探してました』と熱っぽく囁かれ、光也は目頭を熱くしたた。
     ーー嬉しい。左近も俺と同じ気持ちでいてくれたのが。
    「俺、一人部屋なんですよ。よかったら、俺の部屋で少し話しませんか?」
    「あ、う、うん……。行く」
     あのキスの続きをしてくれるだろうか。
     光也は嶋課長の身体に腕を回して抱きつく。
     戦のない平和なこの世で、今度こそ二人で幸せになるぞと光也は心に誓った。
     
     
     後日、女性社員の間で二人の壁ドン顎クイキス写真と動画が出回って、軽く面倒なことになったのは別の話。
     ちなみに、嶋課長の色っぽいキス顔が一番良く撮れていた写真は光也が言い値で買い取った。
     
     
     
     
     

     あの忘年会の夜に一人部屋だった左近の部屋で二人きりで過ごしたのだが、あまり長時間部屋に戻らないと光也と同室の同僚が怪しむだろうと、一時間ほどしか一緒にいられなかった。
     部屋に入るなり、一秒も惜しいとでも言うように抱きしめられて布団に横になった。光也もまた左近の体に腕を回して、その広い背中をかき抱く。互いの温もりに酔いしれ、啄むキスをしただけであっという間に時間は過ぎてしまった。後ろ髪引かれる思いでLINEのアカウントを交換し、その夜は別れた。
     
     忘年会での壁ドン顎クイキス事件のせいで、二人はしばらく社内の女性陣の噂の的になっていた。そのこともあって、職場ではできるだけ会話しないようにしている。
     毎晩LINEのメッセージのやり取りはしているが、直接会って話したい。そんな折に、左近からクリスマスデートの誘いが来た。
     『25日、空いてますか?』
     嬉しかった。それはもう……。
     ただ、残念ながら光也にはどうしても外せない先約があった。
     そんなもの、ようやく出会えた恋人との初めてのクリスマスデートなんだからキャンセルしてしまえばいいのだが…………。毎年家族でのクリスマスは、こうして就職した今でも絶対のようで、もし参加しないなんて言おうものなら義母のねねに何をされるかわからない。ついでに義兄弟の清正や正則もうるさくて厄介だ。
     光也は泣く泣く左近に先約がある旨メッセージを返した。
     
     
     
     『その日は先約があるのだよ。本当にすまない』
     届いた簡潔なメッセージを見ながら、左近は小さく溜息をついた。
     まあ、一週間前に付き合い始めたばかりだし、今日はもう二十二日。クリスマスの予定なんてとっくに決まっているだろうとは思ったのだが、もしかしたらと誘ってみた。
     しかし、やはり予定があったようですげなく振られてしまった。
     ーー例年クリスマスの夜は進んで残業を引き受けているから、今年もそれで決まりだな。帰りに馴染みのバーに寄って……。
     そんなことを考えながらなんだか虚しくなってしまった。
    「そりゃそうだよな……。俺もう中年だし。男だし」
     今は戦国時代とは違う。男同士の恋愛なんてまだまだマイノリティーで、早々認められるものではない。ましてや光也はまだ若いのだし。
     
     そしてクリスマス当日。今年は二十五日が金曜なので、イベントごとは二十四日と二十五日に分散しているらしい。
     年末なので仕事は立て込んでいるが、予定のある若手や家庭持ちは定時で帰らせた。勿論光也も。予定がないからと残業に付き合ってくれた数人の部下も七時前には帰らせた。去年は最後まで付き合ってもらってその礼に夕食を奢ったのだったが、今年はそんな気にはなれなかった。
     誰もいない広いオフィスに一人きり。ドラマならここに恋人が会いに来てくれたりするのだろうが、現実はそんな上手くはいかない。
     左近は十一時過ぎまで残業をこなし、オフィスの明かりを消して外に出る。スマホを確認してみるが、特に光也からのメッセージは来ていなかった。
     
     いかにも大人向けといった感じでいつもは静かな行きつけのバーも、クリスマスの喧騒からは逃れられなかったらしい。もうすぐ日付も変わろうかという時間帯なのに、まだ席は半分ほど埋まっていた。幸い空いていた定位置のカウンターに座ると、左近と同郷で旧知のマスターが声をかけてくれる。
    「今年のクリスマスも一人かい? モテるんだから、適当に遊べばいいのに」
    「こういう特別な日に誘って本気にされたら面倒なんでね」
     キープしているスコッチをロックで出してもらい、いつもお任せで出してもらっているつまみを口に運ぶ。クリスマスらしいローストビーフにトマトのカナッペ、オリーブとナッツ。
     酒もつまみも美味いのだが、落ちた気分は上がってきてはくれない。
    「なんか嫌なことでもあったかい?」
    「いや。ただ……」
     左近がそう言いかけたところで、テーブルの上に置いていたスマホが鳴る。
     こんな時間に連絡してくる人など一人しかいない。LINEを開けば、思った通り、光也のメッセージが表示されていた。
     家族とのクリスマスは毎年どうしても抜けられないこと。折角のクリスマスに一緒にいられない事への謝罪。そして最後に、正月は一緒に過ごせないだろうかという誘い。
     『お正月はご家族とはいいんですか?』と返信すると、元々友人と旅行に行く予定だったから、友人たちに口裏を合わせてもらうと返ってきた。
    「おや? 嬉しいメッセージだったみたいだねえ」
     嬉しさが顔に出ていたらしい。左近はマスターに「まあ、ね」と答えてから、早速光也にメッセージを送る。
     『じゃあ、大晦日から俺の家で過ごしましょうか。一緒に初詣に行きましょうね』
     即座にOKの文字が書かれた狐のキャラクターのスタンプが送られてきた。
     クリスマスは残念だったが、正月は楽しく過ごせそうだ。それまでに光也の好みもしっかりリサーチしておかないとなと、左近は頭の中のメモに書き留める。
    「マスター、おかわり。ソーダ割で。それと、腹に溜まりそうなもの何か」
    「はいはい。嶋さんが元気になってくれておじさん安心したよお」
     左近より年下の自称おじさんは、人好きのするほわんとした笑顔を浮かべて左近の前にグラスを置いた。
     
     
     
     
     会社は二十九日から年末年始休暇に入る。
     光也は大学時代の友人たちと北の方へ旅行に行く予定を立てていたのだが、申し訳ないがそちらはキャンセルさせてもらった。事情を話すとすんなりと受け入れてくれ、旅館のキャンセル料もいらないと言ってくれたが、そこはきっちり払った。
     
     そして待ちに待った十二月三十一日。恋人の家に泊まりに行くなんて言ったら大騒ぎになるに決まっているので、絶対に悟られてはならない。
     本当は朝から旅行に行く予定だったので、そんな感じの荷物を持って早朝に家を出た。
     しかし、左近との待ち合わせは夕方だ。二泊分の荷物を入れたスーツケースが地味に重い。
     歩き回るのは嫌だったし、カフェで長居するのも気が引けたので、光也は待ち合わせの駅近くにあったネットカフェの個室で半分寝ながら時間を潰した。
     待ち合わせ時間の十分前になったのでネットカフェを出る。スーツケースを引いて駅前に向かって歩いていくと、遠くからでもわかる背の高い影を見つけて自然と光也の足が速まる。
    「左近!」
    「あ、光也さん?」
     光也が改札ではなくて表通りの方から歩いてきたので、少し驚いたようだ。そんな僅かな表情の変化も愛おしい。
    「待たせてしまったか?」
    「いいえ。光也さんこそ、どこかで時間潰してたんですか?」
     左近が光也のスーツケースをさり気なく持ち、隣に並んで歩き出す。
    「友人との旅行が始発の新幹線で出発の予定だったので、家族に疑われないように早朝に家を出たのだよ。そのあとはずっとそこのネカフェにいた」
     正直に話すと、左近は苦笑して『早朝だって電話してくれたら迎えに行ったのに』と言ってくれた。
    「でも……、あんまり早いと迷惑になるかと思って……」
    「貴方と過ごせる時間が迷惑になるわけないでしょう?」
     囁くような優しい声で言って、左近は光也の頭をポンポンと撫でた。たったそれだけのことなのに、光也の心臓はドキドキと高鳴る。
     よく考えたら、再会してまだ二週間で、二人きりで過ごすのはあの忘年会以来二度目なのだ。光也が顔を上げると、こちらを見つめる温かい視線と目があってまたドキリとしてしまう。
     こんな状態で、果たして二泊も一緒にいられるのだろうか?

     駅前から歩いて五分ほどで左近の住んでいるマンションに着いた。
    「た、高そうなとこだな……」
     光也は思わず口に出してしまい、左近にくすくすと笑われてしまった。
    「ありがたいことに、この歳にしてはいいお給料をいただいてますのでね」
     そういえば、左近は破格の待遇でヘッドハンティングされたのだったか。人の年収を推察するなんて失礼なことだとは思うが、結構な高給取りらしい。
     オートロックの玄関を抜け、広いエントランスの向こうのエレベーターに乗って、左近が押したボタンは最上階。
    「最上階って一番高いんじゃ……」
    「ああ、このマンションは防音しっかりしてはいるんですけどね、上の階の生活音に煩わされたくなくて」
     エレベーターを降りて、廊下を一番奥まで歩くとそこが左近の部屋のようだった。
     がちゃりと鍵を開けて、左近がドアを開ける。
    「さ、どうぞ。昨日掃除しましたから、ちゃんと片付いてますよ」
    「じゃ、じゃあ……、おじゃまします」
     玄関を入り、靴を脱いで上がる。濃い色のフローリングと、アイボリーホワイトの壁。間接照明と、玄関の飾り棚に置かれた落ち着いた色味のプリザーブドフラワーのオブジェ。ふわりと香った香りはどこか懐かしい。
    「この香り、どこかで……」
    「ああ、伽羅ですよ。お好きでしたよね、殿」
    「俺が来るから伽羅を焚いていてくれたのか?」
    「実は結構前からなんですよ。ある時不意に思い出しましてね、貴方が伽羅香を好んでいたのを。それからずっと」
     真後ろから聞こえていた左近の声がだんだん近づいて来たかと思うと、光也は不意に温かな腕に包まれた。
    「ねえ、分かります?」
    「ああ……。あの頃、左近が纏っていた香りだ」
     大きく息を吸込めば、シトラスや花に混じって白檀が香ってくる。そうだ、左近はいつも少し甘めの白檀の香りを纏っていた。
     背中の温もりに身を任せると、抱きしめる腕が強くなる。
     あの頃と何も変わらない。左近の腕の中にいると安心する。
     離れたくないと思ってしまったのは左近も同じだったようで、二人はしばらくそうして玄関で互いの体温を確かめあっていた。
     
     
     
    「すみませんこんなところで。貴方と二人きりになれたと思ったらつい……」
     左近がなんだか照れくさそうに頭をかく。
    「俺は……、嬉しかった」
     光也が熱くなった顔を逸らすと、一瞬で唇が掠めていった。
    「左近!」
    「怒らないでくださいよ。ここ、寝室です。荷物入れますね」
     左近はそう言うと、先に歩いていって光也のスーツケースを寝室に入れてしまった。
    「この家ベッド一つしか無いし、布団も用意してないんですよ。殿が泊まってる間は俺は入りませんから、寝室は好きに使ってください。シーツや枕カバーはちゃんと替えときましたから」
    「しかし、それでは……」
     左近に手を引かれて寝室に入ると、真ん中に大きなダブルベッドが置かれている以外はあまり物がない部屋だった。ベッドサイドの奥側に背の高いスタンドライト、手前側にはナイトテーブル。あとはテレビとゴミ箱くらいしか見当たらない。
    「片付いてるというか、物が少ないな」
    「寝室にはそんなに物を置きたくなくてね。でも、ウォークインクローゼットの中はごちゃごちゃですよ」
     左近はそのまま『荷物開けて必要なもの出したらリビングに来てくださいね』と言い置いて部屋を出ていってしまった。
    「俺が泊まってる間は部屋に入らないって言ってたっけ」
     ーーということは、この広いベッドに俺一人で寝るってことか。こんなに大きいんだから二人で寝ても……と、いやいや、そんなの早い……。まだ付き合い始めて二週間しか経ってないし、キスだって、触れるだけのを数回しか……。でも、左近に抱かれて眠れたらきっととても心地良んだろうな。
     そんなことを考えつつ、光也は持ってきた荷物を整理してから部屋を出た。
     
     リビングはゆったりとしていて、大きめのソファが二つL字型に並んでいた。
    「適当に座ってくださいね。今お茶淹れてますから。あ、日本茶で良かったですか? コーヒーもありますけど、そっちにします?」
    「いや。日本茶がいい」
     光也は小さい頃から緑茶を好んで飲んでいたので、コーヒーはどうも苦手だ。
     示されたとおりにソファに座ると、ローテーブルの上のガラスの器に生チョコが入っていた。そう言えば左近は意外と甘いものが好きだったと思い出す。
    「このチョコ、つまんでもいいか?」
    「ええ、勿論。それ、ちょっとビターで美味しいですよ」
     ココアがまぶされたチョコを一つつまんで口に入れる。なるほど、程よい甘さとほろ苦さが美味い。
    「緑茶と合わせるならこのぐらいの甘さがちょうどいいですよね」
     キッチンから二つのマグカップとティーポットをトレーに乗せた左近がやってくる。
    「湯呑と急須は生憎。日本茶はよく飲むんですが、いつもこんな感じなんですよ」
     左近はマグカップに茶こしを乗せるとティーポットから緑茶を注いだ。
     光也は注ぎ終わったマグカップを受け取り、適温のお茶を一口飲む。雑味がないのは淹れ方が上手いからか、それとも茶葉が良いからか。けれど、美味しいと感じるのはきっと左近が淹れてくれたからだ。
    「ところで、今更なんですけど、貴方のことは殿とお呼びしても良かったんですかね?」
     隣に腰を下ろした左近が光也の方ををうかがっている。
     実際のところ、初めて殿と呼ばれた瞬間に嬉しいと感じたのは嘘ではないのだが、同時に違和感も憶えていた。
    「あ……、そうだな……。できたら今の名を。光也と呼んでくれないだろうか。過去は勿論大事なのだが、今の俺を見てほしいし……、俺たちはもう主従ではないのだし、恋人、同士、なんだし……」
     なんとなく恥ずかしくなって、光也の声がどんどん小さくなってしまう。恋人と口にするのはやはりまだ慣れない。そんな光也の肩を、左近がそっと抱いてくれた。
    「では光也さんと呼ばせていただきますね」
    「俺も、お前のことはなんと呼べばよいだろうか? 俺はミツナリのままだからいいんだが、左近は……友之さんと呼んだほうがいいだろうか?」
    「左近でかまいません。俺を左近と呼ぶのは貴方だけ。なんだかいい気分ですよ。ただ、会社では上司と部下なんで……、そこは申し訳ないですが」
    「俺とてそのくらいの分別はある。そうだな、会社でうっかり左近と呼ばないように気をつけなくてはな」
     光也はそのまま左近の肩に頭を預けた。
     
     
    「光也さんは座っててくださいね」
     そう左近が言うので、夕食は左近に任せた。光也は全く料理ができないので、手伝うと言ったところで足手まといにしかならないだろうし。
    「一人暮らしが長いから、家事全般得意なんですよ」
     そう言って得意げに笑った左近が作った夕食は、手早く作ったとは思えない本格的なアクアパッツァとフリッタータと生ハムのカルパッチョ風サラダで、そのどれもが光也を虜にさせる美味しさだった。
     
     食後の片付けも終えて、二人で並んでソファに座って年越し特番のテレビを見ながらお互いのことを話した。
     光也が過去の記憶を取り戻したのは小三の時だったと話すと、左近は二十代後半の頃だったと言った。
    「始めは随分混乱しましたよ。自分の中に二つの記憶があるっていうのはなんとも妙なものでね。おかしくなったのかと思って、しばらく心療内科に通ってました。一時期休職もしましたし」
     その頃を思い出したのが、左近は苦い顔をした。よほど辛い目にあったらしい。
    「その頃、結婚を考えてた相手がいたんですよ。でも、そんな有り様だったんで破談になりまして。あの時は人生で一番落ち込みましたけど……、こうして貴方に会うためだったんですかね」
     左近は光也の腰に腕を回して抱き寄せてきた。
    「光也さん……いいですか?」
     ちゅ、とこめかみに触れるだけのキスをして、息が触れ合う距離で左近が囁く。
     ーーいいですかって、アレのことだよな。その……エッチなこと……。
    「無理しないでいいですからね。ゆっくりで」
     生まれ変わっても左近は変わらず優しい。左近のことを考えるなら望み通りに身を任せるべきなんだろう。だが……、光也はなんだか怖くなってしまった。左近が酷いことをするわけがないと頭では分かっていても、まだ怖いと感じてしまった。
    「今夜はやめておきましょうか」
     光也が答えに窮していると、ため息とともに左近が離れていく。それにホッとしてしまった自分がいて、光也は泣きたくなった。
     左近のことを愛している。抱きしめられたいし、キスもしたい。けれど、その先のことはまだ望んでいない自分の気持ちに気付いて、いたたまれなくなる。
    「左近、すまない」
    「俺は貴方を抱きたいと思ってますけど、貴方にその気がないならそれでもいいんですよ。こうやって側にいられるだけで」
     左近は光也を改めてぎゅっと抱きしめる。
    「嫌な時は嫌だってはっきり言ってくださいね。光也さんが嫌がることはしたくない。別に、プラトニックな関係でも俺は満足ですよ」
    「ごめん。もう少し、時間がほしい」
    「そんな深刻そうな顔しないでくださいよ。貴方を抱けなくても、俺の気持ちは少しも変わらないですから。だからどうか、そんなことを気に病んで俺から離れていかないでくださいね」
    「安心しろ、そんなことはありえない。左近は、俺に飽きたらいつでも離れていっていいからな」
     今の光也にできることがあるとすれば、左近を束縛しないことぐらいだと思ってそう言ったのだが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。抱きしめていた腕がするりと離れていった。
    「何言ってんです? 俺があんたの身体目当てだとでも? あんまり見縊らないでもらえますかね」
    「違うんだ。そう言う意味じゃ」
    「風呂の用意してきます。先に入っちゃってください」
     棘のある声で光也の話を遮って左近は行ってしまった。
     光也も左近の想いを疑っているわけではないのだ。だが、やはり……世間一般で言えばヤらせない恋人なんて物足りないだろうと考えてしまう。
     ーーはぁ……、どうして俺はこうも言葉の選び方が下手なのだろう。折角二人きりで過ごす初めての夜なのに、左近を怒らせてしまうなんて。
     急に心細くなって、ソファの上で膝を抱える。
     そうしていると、すぐに左近が戻ってきた。
    「すみません。年甲斐もなくカッとしてしまってあんなことを……。光也さんが悪気があって言ってるんじゃないことは分かっているんです。でもどうか、冗談でも離れていってもいいなんて言わないでください。貴方に必要とされていないんじゃないかと思って悲しくなる」
     ーーそんなことはない! 俺が左近のことを必要じゃなくなるなんてありえない!
    「もう言わない。だから……ずっと、一緒にいてほしい」
    「ええ。ずっと、ですよ」
     左近がようやく笑顔を見せてくれた。光也はほっと胸をなでおろす。
    「風呂の用意ができましたよ。バスタオルは置いてあります。着替えは持ってきてますよね?」
    「ああ。でも、風呂は帰ってきてからのほうがいいんじゃないか?」
     初詣に行くならそろそろ出かけなくてはならないのではないか光也は思ったのだが、左近はゆるく首を振った。
    「今夜は風が強いらしいんですよ。光也さん寒いの苦手でしょう? 明日、天気が回復してからでもいいかと思ったんですがね」
     初詣に並んでいる間に年越しを迎えようと思っていたのだが、そういうことなら仕方がないか。
    「俺もそれでいい。二人きりで年越しっていうのもいいな」
     光也はベッドルームにパジャマを取りに行った。この日のために買った新しいものだ。
     それを持ってバスルームに向かおうとすると、リビングで左近がテーブルの上を片付けて、ソファをベッドにしようとしているところだった。本当にこっちで寝る気なのだろか?
    「左近、その……お前さえ嫌じゃなければ、一緒に休まないか?」
     俺が声をかけると、左近はびくりと肩を震わせて動きを止めた。
    「一緒に、ですか? 我慢できなくて襲っちまうかもしれませんよ?」
    「お前がそうしたいならそれでもいいが、俺が嫌がることはしたくないと言ったお前の言葉を信じる。だが、それが辛いと言うなら無理強いはしない」
    「……俺の負けですね。では、お言葉に甘えさせていただきましょう」
     これで、ベッドで年越し決定だ。年が変わると同時にキスしたりなんかできるだろうか。そう考えるだけで光也の顔が赤くなる。
    「入浴剤入れてありますから、ゆっくり温まってきてください」
     光也はその声を脱衣所で聞きながら服を脱いで浴室に入った。
     蒸気で温まった浴室に漂うのは林檎に似た優しい香り。
     軽く身体をシャワーで流してタオルにボディソープをつける。タオルで身体をこすりながら、いつも左近がこれを使っているのだと思うと、同じ物を使っているのがなんだか照れくさい。
     泡を流して次はシャンプーだが、見たことのないボトルがいかにも高級そうだ。あのサラツヤ髪を維持するのにはそれなりのこだわりが必要のようだ。遠慮なくコンディショナーとトリートメントまで使わせてもらってから湯に浸かった。
     湯船は結構広くて、これなら左近と二人でも入れそうだと色々妄想してしまう。
     ーー左近を受け入れられるようになったら誘ってみよう。それまでは我慢だな。
     カモミールの甘い香りに包まれて光也は体を伸ばして目を閉じた。
     
     十分温まったので風呂を出ると、左近がリビングで甘酒を用意して待っていてくれた。
    「これ持って、ベッドルーム行ってください。ドライヤーはそっちにありますから。俺もすぐに風呂入ってきますね」
     左近の風呂を覗いてみたいなどと一瞬思ってしまった光也だったが、すぐに思い直す。覗きはよくない。左近のシャワーシーンはまたの機会の楽しみにしておこう。
     ベッドルームに入って、テレビをつけて見るでもなく眺める。気付けばもう十一時半近くになっていた。
     ナイトテーブルに甘酒を置いてからベッドの上に置いてあったドライヤーを手に取った。
     ーーこれ、同僚が言ってた髪がサラサラになるとかいう高いやつだ。
     ドライヤーをオンにして温風を当て、適当に手櫛で髪を梳いていく。なんだかいつもより手触りがいい気がする。
     左近が部屋に入ってきたのは、髪もすっかり乾いた光也が甘酒も飲み干してベッドに入った後だった。
     黒いパジャマに肩からバスタオルを羽織り、その上に濡れた黒髪が散っている。いつもは項で一括にされている髪が下ろされているだけで色っぽいと感じてしまう。
    「お待たせしました」
    「いや、それより、早く乾かせ。風邪を引いてしまうぞ」
     左近はドライヤーを手にすると、慣れた手付きで長い髪を乾かしていく。
    「昔は髪を洗うのも一苦労だったな。お前は髪が長かったから乾かなくて」
    「ええ、そうでしたね。何枚も手ぬぐいを使って水気を取ったりして」
     昔を思い出したのか、左近は懐かしそうにクスクスと笑った。
    「面倒でしたけど、今思えばあれも悪くはないですよ」
     乾いた髪にヘアオイルを付けて、髪のケアは終わったようだ。左近はようやくベッドに入ってきた。
     お互い遠慮がちにベッドの端の方に横になっているのだが、お互いの方を向いて目が合えばそんな距離は無用だと感じる。
    「左近、そっちに行ってもいいか?」
    「ええ、俺も、貴方に触れたい」
     お互い近づいて、招くように広げられた左近の腕の中に収まって、光也は左近の胸に頭を預ける。温かくて気持ちいい。
    「左近、辛いか?」
    「いいえ。自分でも驚くほど満たされた気分ですよ」
     テレビからは除夜の鐘の音が聞こえ、暫くすると大きな歓声と共に新年が告げられた。
     そのタイミングで、光也は首を伸ばして左近と唇を重ねる。
    「あけましておめでとう」
     驚いた顔をする左近が愛しくて、光也はもう一度キスをした。
    「あけましておめでとうございます、光也さん。新年早々可愛い事してくれますね」
     仕返しのように施された口づけは、熱く長く、光也を心地よく溶かした。
    「明日は朝から初詣に行くぞ」
    「ええ、そのまま初売りにでも行っちゃいましょうか」
    「それもいいな」
     今年は幸せな一年になりそうだ。
     左近の腕の中で、光也はゆっくりと眠りに落ちた。
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