Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    凪子 nagiko_fsm

    戦国無双の左近と三成、無双OROCHIの伏犠が好きな片隅の物書き。
    さこみつ、みつさこ、ふっさこ でゆるっと書いてます。
    ある程度溜まったらピクシブにまとめます(過去作もこちら https://www.pixiv.net/users/2704531/novels

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 22

    凪子 nagiko_fsm

    ☆quiet follow

    【ふっさこ】珍しく真面目でシリアス寄りな伏犠→←左近。
    おぼろげな記憶とイメージで書いたら時間軸はOROCHI2だけど、古志城ステージは無印という代物に。実際はこんな場面無いです。この後エロ付けてpixivに出す予定。

    #無双OROCHI
    wushuangOrochi
    #伏犠
    sacrifice
    #島左近
    shimmeringOfHotAir
    #ふっさこ
    aNumberOfDaysAgo
    #腐向け
    Rot

    【ふっさこ】別れは直ぐ側に 思った以上に戦況が悪い。
     黒く不気味にそびえる古志城を見上げながら、左近は無意識に顔を歪め舌打ちしていた。
    「どうしたんじゃ? お主らしくもなく苛立っておるのう」
     左近の隣で、伏犠がいつものように余裕のある口調で言う。だが、その表情はいつになく硬かった。

     左近と伏犠の二人は、呉軍を主とする一軍を率いて古志城東側の攻略に当たっていた。
     広大な戦場は見通しも悪く、西、南、北門にそれぞれ布陣している友軍の状況は目視できない。しかし、時折やってくる伝令の報を総合すれば、どこも似たりよったりの苦戦ぶりのようだった。
     特に東側には敵の戦力が一際厚く配置されていたようで、最初に斥候を放ってから、左近は攻めあぐねていた。力技で押し切るには予想される犠牲が大きすぎる。かといって、いつまでも手をこまねいているわけにもいかない。策を巡らせて散発的に仕掛けてみるものの、あまり大きな戦果は得られなかった。それもそうだろう。軍略を巡らせ戦術を駆使しても、大きすぎる戦力差はそれだけでは埋まらない。
    「苛立ちもしますよ。突破口が見つからない上に援軍も望めないとあっちゃね」
    「そうじゃなぁ……。どこか一つでも古志城の門が開けば、戦況も変わるんじゃろうが」
    「現状、@c
    そこまで押してる軍はないと思いますね」
     戦力の分散は本来は悪手だ。しかし、城門の周辺には大軍がぶつかるような土地はなく、必然的に最前線の僅かな兵だけが戦うことになる。そうなれば時間も消耗も大きい。四方に軍を分けることで敵も分散させ、どこか一か所でも早期に城門を破ろうとそういう作戦なのだ。
     それ故に、ここに敵を引きつけておくためにも絶対に攻撃をやめて引くわけにはいかない。
    「手詰まり、ですかね」
     軍師としてはこんなところで絶対に諦めたくなどないのだが、如何ともし難い状況だ。
     どこを見るでもなく視線を落とし、癖で顎に手をやって思案する。
     幾つもの案が浮かんでは、冷静な思考がそれを否定する。
    「ふむ、ここはわしの出番かのう?」
     左近の思考を破るように伏犠が一歩前に出て、首だけで左近を振り返った。
    「わしが派手に暴れて敵を引きつけよう。その間に左近は城門を開けよ」
    「陽動なんてもう考えましたよ。でも、その策には欠点がある。まず、陽動のために兵を割くことになること。あんまり少ない人数では陽動だってすぐバレちまいますからね。もう一つは、陽動が成功すれば少ない兵力で大部隊を相手にする羽目になること。兵を簡単に捨て石にはできません」
     左近はゆるく首を振って伏犠の提案を否定した。当然、軍師ならばある程度の犠牲を考慮して策を立てることも必要だ。しかし、この状況で一か八かの陽動作戦は危険性が大きすぎる。
     しかし伏犠は、左近の否定など聞こえなかったのように愛用の大剣を手元に出現させる。
    「陽動はわし一人で行く。こちらは兵を伏せていて、敵はこちらの兵数を知らぬ。そこに勝機があろう。なに、幻影兵を使えば兵数は如何様にも誤魔化せる。こちらが全軍突撃してきたと勘違いさせられればしめたものじゃ。ただし、あまり長い時間は持たんじゃろうから、進軍は迅速に頼むぞ」
    「そんな無茶な。ダメですよ、そんな無謀な策は受け入れられません」
     ――あんた一人が犠牲になるような……。
    「ならば、それ以上の良策が今すぐ立てられるかのう? 兵も疲れ士気が下がっておる。これ以上の長期戦はますます不利になるぞ。腹を括れ、左近」
     伏犠は前を向いて真っ直ぐに古志城を睨みつけ、左近を鼓舞するように言った。
    「城門から南の方向に敵を引きつける。敵陣の薄くなったところから一気に突破せよ。お主なら簡単じゃろう?」
     伏犠の言うことはもっともだった。仕掛けるならもう最後の機会かもしれない。
    「簡単なわけ無いでしょ。まあ、期待には応えられるように頑張りますよ」
     左近は極力軽く答えると、愛刀を肩に担いだ。
    「伏犠さん……、あんまり無理しないでくださいよ」
     太極図が描かれた外套に向かって左近が声をかけると、その背が一瞬揺れた。
    「お主もな。左近…………死んではならぬぞ」
     それはとても静かな、戦の前の高揚感と緊張感とは真逆の慈愛に満ちた声だった。
     左近は思わず伏犠の背に手を伸ばしていた。
     引き止めなくては。この人は命をかける気だ。直感的にそう感じた。
     しかし、伸ばした左近の手は空を切り、伏犠の背は瞬く間に小さくなっていく。
     左近は一度きつくまぶたを閉じた。
     伏犠がどれほど強くとも、千を超える幻影兵が使えたとしても、圧倒的な不利は覆せない。しかし、今伏犠を助けに行っては、せっかくの策が台無しになってしまう。ならば、迅速に事をすすめて、一刻も早く伏犠の援軍に向かうしかあるまい。
     大きな爆発音に左近が目を開ければ、城門の南側で大きな爆炎と土煙が上がり、門を守っていた敵兵が一斉にそちらに向かって殺到しているのが見えた。元々こちらは兵を伏せて配置していたので、伏犠以外誰も動いていないことを敵は知らない。
     どうやら見事に策にかかってくれたらしい。
     左近はすかさず突撃の合図の狼煙を上げた。伏していた兵たちが鬨の声を上げる。
     左近は先陣を切って守備兵が大幅に減った城門めがけて一気に敵兵を蹴散らして駆け抜けた。
    「一番隊と二番隊は俺に続け! 残りは南方の敵を挟撃せよ!」
     奇襲ともいえる兵の出現に遠呂智軍は浮足立って統制を失った。伏犠が引きつけていた主力部隊は突然の挟み撃ちに身動きが取れなくなり、それを見た残り少ない城門守備兵は、援軍に行くべきか守備に徹するべきかで右往左往している。左近ははその間隙を縫って果敢に妖魔に切りかかり、迎え撃つ蛟と水鬼を立て続けに討つ。
     妖魔の反撃は苛烈ではあったが、どんな攻撃にも左近は怯まなかった。とにかく一刻も早く門を開いて援軍に行かなくては。
     最後の守備兵長の以津真天を撃破すれば、重い音をたてて古志城の東門が開き、古志城中央部までの道が開ける。。
    「伝令! 他方面の軍に東門が開いたことを伝えろ!」
    「左近、ここは我々が。君は早く」
     左近に続く城門攻撃部隊の指揮をとっていた周瑜に促され、左近はすぐに転進した。
    「後は頼みます!」
     ここは呉軍に任せて大丈夫なはずだ。
     左近は走った。先ほど妖魔と戦った時に受けた傷の出血で次第に身体が重くなってくるが、そんなものを気にしている場合ではない。
     味方の中を抜け、最前線の敵と対峙すると同時に肩に担いだ斬馬刀で容赦なく薙ぐ。一気に十人以上の敵兵が吹っ飛ぶが、左近はそんなものには目もくれずにがむしゃらに刀を振り、ひたすら前に突き進む。
     伏犠が作り出したはずの幻影兵はどこにも見えない。
     ――まさか、もう遅かったというのか。
    「伏犠さん! どこにいるんです!?」
     たまらなくなって大声で呼んでみるが、いらえはない。
    「本当に、やられちまったんですか……? っ!」
     一瞬気が逸れた。戦場では一瞬の気の緩みが命取りになる。そんなことは身に沁みて分かっていたというのに。左近の左の手の甲に敵兵が放った矢が手甲を貫いて深々と刺さっていた。
     それを邪魔だとばかり乱暴に引き抜けば、痛みと出血に一瞬気が遠くなる。それでも左近は刀を振るうことをやめなかった。
     鬼神の如き左近の戦いぶりに分が悪くなったことを悟った遠呂智軍の兵士たちは、恐れ慄いて散り散りに逃げていく。
     左近は逃げていく兵たちは放っておいて、ただ一心に伏犠を探した。
    「伏犠さん!」
     目に入るのは血に染まる大地と屍の山。それを踏み越えて進んでいけば、所々に突き立った岩の陰に、ようやく見慣れた白銀を見つける。まるで飾り物のように動かない脛当てに包まれた脚。
     弾かれたようにその岩陰に走り寄った左近は、全身の力が抜けたようにその場に膝をついた。
    「伏犠さん……」
     白銀の鎧は土埃と血に汚れて所々欠けてヒビが入り、鎧に覆われていない太ももには折れた矢が3本突き刺さっていた。外套はボロボロに破れ、兜は破壊されてしまったのか頭には何もつけていなかった。額から流れた血が目元を通って、まるで血の涙を流したかのように頬に赤い筋を描いている。
    「嘘でしょ、こんな……」
     左近は小刻みに震える手を上げて血の気の引いた伏犠の頬に触れる。
     温かい。左近ははっとして手を離すと、伏犠の肩を揺さぶった。
    「生きてんでしょ! 目を開けてくださいよ!」
    「…………左近、もうちいと優しくしてくれんか」
     囁くような伏犠の声が耳に届いて、左近は慌てて揺さぶるのをやめた。俯いた顔を覗き込めば、その目が薄っすらと開いていた。
    「お主がここにいるということは、策は成功したか?」
    「ええ。あんたの無茶のおかげですよ」
     左近が告げると、伏犠は小さく笑った。
    「無理をした甲斐があったわ」
    「城の攻略は他の軍に任せましょう。俺たちの軍は消耗が激しい。引きますよ」
     左近は右腕を伏犠の肩の下に回して立ち上がらせようとする。しかし、傷だらけの伏犠にはもう支えられても立ち上がる体力は残っていなかった。そして、左近自身にも伏犠を担ぎ上げられるだけの力はもう無かった。
    「俺の身体がなんともなければ、あんたを抱き上げていくことぐらいわけないんですがね」
     左近は苦笑すると、伏犠を支えるのをやめて隣に並んで座り込んだ。
    「お主も怪我をしておるのじゃろう? 早く陣に戻って手当をせねば」
    「伏犠さんをここにおいて一人で帰陣しろと? 嫌ですね。俺はここにいますよ」
     左近は手を伸ばして、だらりと下がった伏犠の右手を握った。手袋越しのせいか、その感触は冷たかった。
    「そのうち迎えが来ますよ」
     左近は怖かった。もし自分が帰陣して、自分の知らぬところで伏犠の命が消えてしまうようなことがあったら。
    「ねえ、伏犠さん、聞こえてます?」
    「ああ、聞こえておるよ」
     伏犠の答えは相変わらず小さい。声を出すのも辛いのだろうか。
    「好き、ですよ。伏犠さんのこと」
    「それは嬉しいのう」
     伏犠の命をこの世に繋ぎ止めようとするかのように、左近は伏犠に語りかけた。
    「本当に分かってます? 貴方のことをお慕い申し上げておりますって言ってんですよ」
    「……それは、嬉しい、のう」
    「陣に帰ったら、共寝してもいいってことですよ」
    「…………さこ……おぬしが……すき、じゃ」
    「何度も聞きましたよ、それ」
     左近は伏犠の手を力を込めてぎゅっと握る。しかし、握り返してくる強さは無かった。
    「やめてくださいよ……。こういう冗談は嫌いなんですって」
     身体が一層重くなる。頭がぼんやりして、思考がまとまらない。
     遠く、味方が自分たちを探す声が聞こえる。しかし、左近はもう一歩も動けなかった。
     ――ここがあんたと俺の墓標になるというなら、それもいいでしょう。
     左近はゆっくりまぶたを閉ざすと、隣に寄りかかって意識を手放した。




     左近が目を開けると、そこは陣幕の中だった。
     相変わらず身体は重く痛みもあるが、とりあえず命拾いしたらしい。
    「気が付かれたのですね、左近殿。よかった……」
     声がする方を向けば、少し疲れた顔の諸葛誕がそこにいた。
    「諸葛誕さんが看病してくださったんです?」
    「ええ、多少ですが医学の心得がありましたので。鎧を貫通していた傷から酷い出血でしたから、まだしばらくはふらつくかもしれません」
     おそらく、とても心配をかけてしまったのだろう。諸葛誕の目の下には濃いクマが浮かんでいた。
    「お手数をおかけしましたね」
    「いえ……。この程度で恩返しになるとも思えませんが」
     諸葛誕は少し照れたように視線を外して、ふと何かを思い出したように左近の方を見て微笑んだ。
    「そうでした、伏犠殿もなんとかご無事ですよ。とはいっても寝台から起き上がれずに神農殿が付きっきりで治療をしておいででした」
     諸葛誕が左近の看病をしているのは、神農が伏犠の治療で手が放せないことも理由の一つだった。
    「寝たきりって、それは無事って言えるんですかね?」
    「神農殿は『死にはしないから大丈夫です』と言っておられましたが……」
     左近は天井を見上げて目を閉じた。あの状況ならは生きていただけで重畳だろう。
    「左近殿も十分重傷なのです。伏犠殿のことは気になるでしょうが、今はとにかく体を休めてください。古志城攻略は成功しました。しばしの猶予はありましょう。
     今はとにかく何も考えずに養生してくれと、司馬昭殿からの伝言です」
     左近も伏犠も討伐軍の中ではかなりの重役ではあるのだが、全軍で攻め入るような大戦にでもならなければ、二人が欠けてもなんとかなるだろう。
     今はその言葉に甘えてゆっくりさせてもらうとしようか。
     諸葛誕が用意してくれた鎮痛剤と栄養剤を飲んで、左近は体の力を抜いて睡魔に身を任せた。


    「お邪魔しますよ」
     伏犠の天幕を左近が訪れたのは、翌日の夜半のことだった。
    「左近ですか。昨日意識が戻ったと聞きましたが、もう動いて大丈夫なのですか?」
     諸葛誕が言っていた通り、伏犠の天幕には神農が詰めていた。簡易的に設えられた作業台の上には、薬研と水が入った大きな瓶、隣には薬草が入った大きな薬箪笥が置かれていた。
    「ええ、諸葛誕さんのおかげでね。それより伏犠さんは?」
    「よく生きていた、という傷の具合ですね。仙力も限界まで使っていたようで、しばらくは療養に専念させたいところですね」
     神農は、湯気を立てている鍋をかき混ぜた。途端に、得も言われぬ香りが天幕に漂う。
    「それは、薬湯……なんですかね?」
    「ええ。失った血を補い、傷の治りを早める薬ですよ。そうだ、貴方もお飲みなさい?」
    「あ、いや、俺はもうだいぶ回復しましたんで」
     神農の作った薬湯の効果は疑うべくもないが、その匂いに左近は耐えられそうにない。
    「そう言わずに。匂いはキツイですが、味は悪くないですよ。さあ、あなたの体の具合も見せてください」
     神農は薬湯を湯飲みに注ぐ。神農に逆らうと色々と恐ろしいことを伏犠から聞いていた左近は、促されるままに大人しく着物を脱ぎ、渡された薬湯を受け取った。
     口に含めば味は香ばしく、思ったほど匂いも気にならなかった。
     神農は左近の身体の包帯を解き、傷の具合を丹念に調べた。槍の貫通創は脇腹と左肩に一つずつ。刀傷は防具のない腕の内側と脚とこめかみ。矢傷は左手の甲。傷口は丁寧に縫合され、よく効く傷薬の効果もあって刀傷は塞がりかけているが、貫通創からはまだ血が滲んでいた。
    「肩と手の甲、それに脇腹の傷は無理をするとまだ開きますからね。安静に」
     神農は左近の傷に薬を塗り、包帯を巻き直した。
    「このぐらいでいいでしょう。ところで、ここには治療をしに来たわけではないのですよね?」
    「……伏犠さんと少し話したいんですけど、できますかね?」
     まだ昏々と眠り続けている伏犠に目をやって左近が問えば、神農は意味ありげな微笑みを浮かべたままじっと左近を見返してきた。
    「私も4日間付きっきりで少し疲れました。今夜はあなたにお任せしましょうか」
     容態は安定しましたから、私が離れても大丈夫でしょう。神農はそう言って立ち上がると、左近に幾つか薬の説明をした。
    「何かあったらその薬を与えてください。では、頼みましたよ」
    「ちょ、それって、今夜はここに泊まれって……」
     少しだけ伏犠と話せたらと思って来た左近は、思いもよらず一晩同じ天幕で過ごすことになった。


     小さな燭台の明かりが一つだけ灯る薄暗い天幕の中は、明るい月明かりが布越しに薄っすらと差し込んでいる。
     伏犠が寝ている簡易寝台に寄りかかって微睡んでいた左近は、小さな衣擦れの音に目を開いた。
    「神農……水を一杯もらえんか」
     なんとか聞き取れる程度の微かなかすれ声に、左近は側にあった瓶から湯呑に水を注いで、伏犠の顔を見下ろすようにして寝台に腰掛けた。
    「伏犠さん、水ですよ」
    「左近か?」
     そこにいるのが神農ではなく左近だと気付くと、伏犠は急いで身体を起こそうとし、体中を走った痛みに低く呻いた。
    「いけませんよ。傷が開いたら大変だ」
     左近は伏犠の背に腕を回し、ゆっくりと起き上がらせた。その間にも、痛みのせいで時々伏犠の息が詰まる。
     ようやく上体が安定してホッと息をつくと、伏犠は顔を上げて左近を見上げた。
    「すまんかったな」
     まだかすれた声でそう言う伏犠に、左近は湯呑を渡しつついつになく優しい声で囁き返した。
    「謝るのは俺の方ですよ。遅くなってすいませんでした」
     左近は静かに手を伸ばして、一気に水を飲み終えた伏犠の頬に触れる。あの時は紙のようだった肌にも健康的な赤みが戻ってきているが、額に巻かれた包帯が痛々しい。 
    「ちゃんと生きてますよね」
    「ああ、生きとるよ。お主のおかげで命拾いした」
     左近の手に伏犠が手を重ね、愛おしげに頬ずりする。その手と頬の温かさに、左近は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
     この温かさが無くなるなんて考えたこともなかった。
    「ねえ、あの時俺が言ったこと、覚えてますか?」
     伏犠の頬を擽るように指先で撫でながら左近が問うと、伏犠の濡れた唇が僅かに笑みの形に歪んだ。
    「勢いで言ってしまっただけなんじゃろう? 分かっておるよ」
     伏犠の手がするりと離れ、空になった湯呑を枕元において再び身を横たえる。
     左近は全く意に反した返事に大きなため息をついた。
    「勢いでだってあんな事言いませんよ。俺の渾身の告白を簡単に無かったことにしないでほしいんですがね」
     どう言ったら信じてもらえるのだろうか。思案しながら枕元の湯呑を取って作業台の上に置き、左近はふと台の上の包に目を留めた。伏犠の身体は痛みがまだ相当あるようだし、触れた頬は熱を持っていた。ゆっくり休ませるには苦痛を取ってやったほうがいいだろう。それに、それらの薬は眠気を誘うとも聞いている。
     左近は鎮痛剤と解熱剤と説明されていた薬の包みを解いて湯呑に入れ、水を注いで粉薬を溶かす。その背に向かって伏犠は穏やかに語りかけた。それは強がりでも何でもなく、紛れもない本心だった。
    「……お主がわしのことを好きだと言うてくれた。その言葉だけで十分じゃ。
     あの時、薄れていく意識の中でわしはこの上もなく満たされておった。お主の勝利のために戦い、お主から手向けの言葉をもらい、お主の隣で生を終える。何と幸せなことであっただろうか」
    「馬鹿なことを……。それに、俺は十分じゃないですね」
     左近は再び寝台に腰掛けると、上半身を捻って伏犠の上に乗り上がる。
     親指の先で戯れに伏犠の唇をなぞれば、薄く開いた唇から舌が覗いて左近の指をちろりとなめる。伏犠の唇が開いたのを確認してから粉薬を溶いた水を口に含むと、左近はおもむろに伏犠の口を塞いだ。
    「んっ……、ぅ……」
     少しずつ、伏犠が咽ないように気をつけながら口移しで薬を飲ませていく。慣れない行為に伏犠の口の端から薬が溢れるが、左近は構わず行為を続ける。全てを伏犠が飲み干してからも、お互い離れ難くて唇から温もりを分け合う。軽く息が上がったところで、ようやく左近は伏犠の唇を解放した。
    「こういうことだってしたいですよ……」
    「こういうこととは、口移しで酷い味の薬を飲ませることか?」
     伏犠の頬に伝った薬を拭って左近は微笑む。
    「確かに、酷い味ですね。これからあんたと口吸いするたびにこの味を思い出しそうだ」
     左近は軽く笑い声を上げると、もう一度軽く唇を触れ合わせた。
    「仙人様はこういうことには興味ありませんかい?」
    「無いわけなではないが……、長らく忘れていた感情じゃな」
    「それじゃあ、口吸いも久しぶりで?」
    「そうじゃなぁ……数百年……いや、それ以上か」
     人の子も、仙界の住人も、全ての生けとし生けるものは皆等しく愛おしいという伏犠が、たった一人にこれほどまでに執着したことなど今まであっただろうか。
    「左近、もう一度……」
    「ええ、何度でも」
     再び二人の唇が重なる。息までも奪うように口を吸えば、伏犠の腕が上がって左近の背を抱いてきた。さわさわと背を撫でる手の優しさに、この時が永遠に続けばいいのになどと甘いことを考えてしまう。
     互いの唇の中に舌を差し入れるように伸ばし、触れたそれを絡め取るように擦り合わせ、舌先を吸う。
     思う存分伏犠の唇を堪能してから左近は身体を起こした。
    「神農さんからあんたの看病をお願いされたんで、今夜はここに泊まらせてもらいますよ」
    「それは……。お主とてまだ安静が必要じゃろうに、神農は何を考えておるんじゃ」
     泊まるといえど、ここに寝台は一つしかない。伏犠は渋い顔をした。
    「あんたの怪我の具合よりはずっとマシですよ。俺は神農さんのお気遣いに感謝してます。こうして伏犠さんと二人きりでゆっくり話せる時間をもらえたんでね」
     いつまでも覆いかぶさっている姿勢では疲れるので、左近は寝台により掛かるようにして床に座った。
    「お主、それで一晩明かすつもりか?」
    「ええ。硬い床に横になるよりはこの方が楽ですんでね」
     確かにそうなのであろうが、身体が休まらないことにさしたる差はあるまい。
    「……狭いが、それよりもよいじゃろうて。左近、隣に」
     伏犠はもぞもぞと動いて寝台の半分を空けて左近を招いた。
    「寝てる間にあんたを蹴り落としちまうかもしれませんよ?」
    「それは痛そうじゃのう」
     そう言いつつも、左近は着物を脱いで肌襦袢一枚になると伏犠の隣に滑り込んだ。
    「痛かったら言ってください」
     一言断ってから、左近は伏犠の体に腕を回す。伏犠の身体が僅かに震えるが、何も言ってこないのだから我慢できないほどではないのだろう。
    「左近は、痛くはないか?」
    「まだ鈍い痛みはありますけどね、この程度は苦になりませんよ」
     腕の中の伏犠の顔が悔しげに歪んだのが左近の目に止まった。
    「『お主にこのような怪我を負わせたくはなかった』ですか? 俺の身体は古傷だらけですよ。今更傷が増えたぐらいなんとも思っちゃいませんって」
    「……わしがもっと上手くやれれば、お主に傷など負わせなんだものを」
     左近は伏犠の言葉を止めるかのように抱いた腕に力を込めた。
    「あれ以上何ができたって言うんです?」
     漠然と、神仙は死ぬことがないと思っていた。数万年を生きてきたという伏犠が、こんなところで命を落とすはずがないと。
     ボロボロになって息も絶え絶えな伏犠を見つけた時、左近は今までのことを激しく後悔した。
     伏犠の想いに、なぜ一度も真剣に応えなかったのだろうと。
     二人の間の時間が突然終わりをつげることになるなど、左近は考えもしなかったのだ。
    「ねえ、伏犠さん。俺を置いていなくなんないでくださいよ」
    「……わしらは違う時を生きておる。そう遠くない別れは必定じゃよ」
    「酷いことを言いますね。嘘でもずっと側にいるって言ってくれないんです?」
     遠呂智が死ねばこの世界は消滅する。二人の世界は分かたれ、そしてもう二度と会うことはない。左近は愛しさを込めて腕の中の伏犠の目元に軽く唇を押し当てた。
    「そんな気休めの嘘に意味はないじゃろう? しかし、わしは生涯忘れぬよ。お主がわしを愛おしんでくれた幸せを」
     この時は、わしの中で永遠となる。
    「だったら、もっと忘れられないことしません?」
     左近は抱いていた腕を解くと、伏犠の夜着の合わせに手を滑り込ませる。もっと、深いところで伏犠を感じたい。しかし、そこには温かな肌ではなく包帯の布の感触があるだけだった。
    「すまぬな。まだ身体中包帯だらけなんじゃよ」
    「まだ安静が必要なんでしたね。無理をさせて傷が開いたりしたら、神農さんからこっぴどく叱られちまいますか」
    「お主とて同じじゃよ。今はこれでよいではないか」
     まるで甘えるかのように左近にすり寄ってくる伏犠。薬が効いてきたのか、その身体から次第に力が抜けていく。
    「今は、ね。これで我慢しときましょ。お楽しみはまた後日」
     伏犠の穏やかな寝息を聞きながら、左近もまた眠りの淵に落ちていくのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works