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    Azure_Qilin

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    Azure_Qilin

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    「心配」
    #ぐだ男xリンボ版週ドロライ

    心配 今日もがんばった。
    「みんな、おつかれさま! 今日もありがとう」
     カルデアのスタッフやサーヴァントたちに笑顔で感謝を伝える。
    「明日もよろしくね! 明日も……、えっと、良い天気だといいね」
     がんばろう、の一言が口から出てこなかった。
     がんばらなきゃいけないのに、がんばろうとすら言えなかった。
     がんばるってなんだっけ。
     どうやるんだっけ。
     もうずっとがんばってるからこれ以上は気持ちのギアを上げられない。
     一人になって部屋に帰って、いつでも前向きにがんばるマスターとしての仮面を外す。 マシュやダ・ヴィンチちゃんに見せられない顔でシャワーを浴びて夕飯に……と思ったけれど、食堂へ行くならいつでも前向きにがんばるマスターの仮面を被り直さなければならない。
     部屋に食事を持ってきて欲しいと頼めば、やれ「体調が悪いの?」「大丈夫ですか?」「大事をとって検査をしなきゃ」「何かして欲しいことは?」と心配と気遣いのサンドイッチにされてしまう。心苦しい。普通に苦しい。ちょっと疲れてるだけだから大丈夫だよと上手に笑える自信がない。
     空腹ではあるけれど、食堂へ行くのは億劫。配膳を頼むのは更に疲れそう。
     夕食抜きでもいいやなんて考える。
     そうすると俺の分は廃棄になるのかな。食いしん坊はたくさんいるから誰かが代わりに食べてくれるよね? でも俺が食べるか食べないかの意思表示しないことには、マスターの分まで食べるサーヴァントはいない。
     じゃあやっぱり最後まで残った一人分の夕食は冷え切って乾燥して美味しくなくなってゴミ箱へ。
     貴重なカルデアの食材を無駄にしてエミヤ達の労力や気持ちをないがしろにする罪が俺の上に降り注ぎ、心がますます重くなる。動けなくなる。
     俺はどうがんばっても理想のマスターにはなれないからみんなの希望するマスターになれるようにがんばらなきゃいけないのに。
     ベッドから一歩も動けない。
     どんな状況でも食べないよりは食べた方が生存確率は増えるから食欲があろうがなかろうが食わなきゃいけないのに。
     今だって死にたくない。けれど生きるための努力も辛い。
     どんなに力を尽くしたところで生きて帰る保証なんてない。最後まで奇跡を起こし続ける自信なんてもっとない。どうせ……なんて思ってしまう。……やだな。こんなことを考える自分に自己嫌悪だ。
     やっぱり心を誤魔化して前向きにがんばるマスターの仮面をかぶりなおしてもうひとがんばりしよう。
    ……がんばる、か。がんばりたいけどがんばれないよ、と音に出さずにつぶやいて。声にしたら誰かに聞かれるだろうから。ネガティブループに陥っている思考を止める。
     そのときだった。
     閉めていたはずの物理ロックが内側から解除され、ドアが開く。
    「マスター、おられますよね?」
     道満だ。
     驚きつつもすぐにいつもの顔を作る。「勝手に鍵開けて入っちゃ駄目だって言ってるだろ」「来るときは一言連絡して」「最低限ノックは必須だよ」という近しいサーヴァントへ叱るほどでもないけどそれは良くないよという意思を表示のために顔を……。
     少しだけ間があっても、 くたびれきった顔は見せちゃいけない。いつものように、 いつものように、 いつものように、こういうときに浮かべる顔を思い出して、作って……。
     …………うまくできなかった。
     俺は苦笑に近い泣きそうな顔をしていただろう。
     道満の人懐っこそうな笑みが消える。
    「……どうかなさいましたか?」
     ……心配せてしまった。彼は他人の心の機微に聡い。自分自分のことはさっぱりわかってないくせに。
    「なんでもないよ。ちょっと疲れててぼうっとしてたのかも。何か用?」
     なんとか取り繕う。
     道満は俺の目を覗き込むように見てくる。
    「ンー、用など特になく。ただマスター“で”遊ぼうかと思ったのですが……」
     それから、ずいっと身を乗り出して俺の両肩に手を置く。
     痛むほど強く掴まれているわけではない。ただ置かれているだけの両手からは温もりしか伝わってこない。なのに、まるで心臓を鷲づかみされているかのように身体が強張った。
     至近距離にある黒い瞳。その奥に僅かに赤い光。
     恐くはない。殺意害意悪意敵意は感じられない。なんだろう、比較的わかりやすい道満の感情が読めない。
    「道満?」
     それっきり長く沈黙している彼を呼ぶと。
    「立香……」
     小さな声で俺の名を、唇を耳に押し当てるように、吐息と共に囁いた。
     ぞわりと背筋が震える。寒気とは違う感覚。
    「この世界はそこまでして守る価値はありますまい」
    「え?」
    「あなたを犠牲にする世界を後生大事にしてどうするのです? 守れればまあよし。途中でついえたとしたら? 善戦健闘を讃え、慰めてくれる者がおらぬだけではなく、あなたの努力も苦しみも想いも願いも、あなたにすがったカルデアも、あなたに喚ばれた我らも何一つ遺すことなく、藻屑と消える。オールオアナッシング。分の悪い賭けとわかっていて降りぬ阿呆がおりますか?」
     何を言っているんだろう。
     急にどうしてそんなことを言い出したのかわからなくて、俺は呆然とするのみ。
     道満は無言のまま、今度は俺の頬に触れる。
     優しく壊れ物を扱うように触れた手はすぐに離れていった。
    「道半ばの地獄を越えられる確率は高くはありますまい。どうせ成せぬ苦行難行なら放り出しておしまいなさい」
    「急にどうしたんだよ。変なこと言わないでよ。俺は平気だから。まだやれるから。だから……」
     言葉が続かなかった。
     俺が途中で脚を止めたらこれまでの歩みが無駄になる。俺を助けて、命を託してくれた人達を裏切ってしまう。俺が切り捨ててきた世界の人々の犠牲が無意味になってしまう。
     そんなのは絶対に駄目だから、俺は何があってもんばらなきゃいけないんだ。最後のマスターとして最後までやり通せるから。
     言いたい言葉がでてこない。
     それもそのはずだ。俺は泣いていた。そんなにメンタルやられてた自覚ないんだけどなあ。
     大丈夫がんばれる平気だからと言うかわりにひくっと喉が痙攣する。
    「がんばらなくても良いのでは?」
     涙を拭う道満の爪は冷たくて硬かった。でも優しいと感じた。
    「どう転んでもあなたの時間は多くは残っていない。汎人類史が完全に終わるまで拙僧と余生を楽しみませんか? 特異点をつくり可能な限り時間を引き延ばして長く過ごせるようにして差し上げる」
     道満は俺の変色してしまった手を握った。彼の指先もまた近い色をしていた。
    「異星の神を倒したところで何かも元通りにはなりませんよ。傷ついた身体もすり減った心も完全には治らない。あなたを含め、誰もが幸せになるようはハッピーエンドがこの世界に訪れることはありません」
    「…………………………」
    「ですので、やめてしまいましょう」
     道満は名案を見つけたように手を叩いて、微笑んでみせる。俺がその選択を受け入れたくなるように静かに誘惑してくる。
    「痛みも苦しみもなく、ただ快楽の中で遊び、何一つ憂うこと無く、終わりを迎えても良いのでは?」
    「…………………………」
    「地獄を歩もうとも、地獄から逃げだそうとも、拙僧は最後まであなたについていきますよ」
     道満の言葉は耳からだけじゃなく全身の穴という穴から染みこんでくるみたいだった。聞いていると落ち着いてくる。もしかしたらそういう魔術でも使っていたのかもしれない。
     ……違うな。そうじゃない。道満が俺のことだけを考えてくれてるからだ。俺を一番大事に想ってくれてるからだ。だから、安心するんだ。
     道満が居てくれるなら大丈夫だって思えてしまう。
     頭の中でぐるぐるとまわっていたネガティブで弱気な気持ちがいつの間にか整理されて頭の隅っこだ。
    「……ずっと、いっしょに居てくれる?」
    「もちろんですとも!」
     俺は道満の手を強く握り返す。涙は止まった。言葉も出てくるようになっていた。
    「さぁ……さあさあ、それで、どうされますかな? 我らがためのたった一つの絢爛豪華な楼閣を虚空に造り、綾羅錦繍な衣を纏って古今東西すべての手法で肉欲に耽るのです。何も顧みることもなく、何の苦痛もなく、すぱぁんと世界が消える瞬間まで悦なる時間をすごしましょうぞ」
     想像する。道満と二人っきりで朝から晩まで。あの手この手で俺を愉しませようとしてくれながら、俺で楽しむ道満。俺はそんな道満におもちゃにされて、やりかえして、時々喧嘩して、仲直りして……毎日面白いだろうなあ。飽きるなんて絶対なさそう。
    「道満……」
     答えなんて決まり切ってるじゃないか。それに……たぶん道満は俺の答えをわかっている。
    「……駄目だよ」
     俺は首を振る。君のおかげで俺はまだがんばれるから。優しい誘惑と楽しい妄想にお別れを。
    「ンンンンン! そーですか、残念至極。立香との二人っきりの蜜月を過ごしたいという拙僧の願いは藻屑ときえましたか」
     道満はわざとらしく肩を落とす。
    「ま、そう言うとは思ってましたけど」
     それからいつも通りの表情になって。
    「立香」
    「ん?」
    「腹が空きませぬか?」
     唐突に聞かれて少し考える。夕食は食べていない。食べようという気分にもなれなかった。
     でも今は……。
     ぐうううぅぅと格好悪く腹の虫が鳴く。
    「ふむ、器用に返事をなさりますなァ」
     道満がくすりと笑う。俺も恥ずかしさを隠すためにもつられて笑ってみせる。あれ? 普通に笑えたや。笑顔の作り方なんて忘れてしまったと思っていたのに。
    「たまたまだよ! ほんとにたまたま! 偶然!」
    「ははっ、そういうことにしておきましょう。食堂へ参りますか? それともこちらへお持ちしましょうか?」
    「持ってきてもらっていいかな」
     誰にも会いたくないというような気分は払拭されているけれど、なんとなく道満に甘えたいから。
    「道満は食べた?」
    「まだです」
    「じゃ、一緒に食べようよ」
    「もとよりそのつもりですぞ」
    道満が指を鳴らせば、夕食の乗ったトレイが二人分、彼の呪符に支えられて空中に出現した。最初から準備していたらしい。
     ベッドに並んで腰掛けて食べる。冷めていてもエミヤのからあげは美味しかった。
     何もかも道満の手のひらの上だったってことかな。俺がへこんでるっぽいのを察して、食事を持ってくるついでに慰めにきてくれたんだろう。
     そのことを指摘してお礼を言っても言おうかなと思ったけど、彼はひねくれているから「ご機嫌な妄想をなさいますなあ」とか「拙僧は悪属性ですのでよこしまな誘いをしただけですよ」とか「マスターを苛むことはすれど慰めるなどするわけありませぬ」なんて言うんだろうなあ。
    「ねえ道満」
    「はい?」
    「今日もご飯美味しいね」
    「明日も美味しいと良いですな」
    「うん」
     食事が出来るのは身体が生きてる証拠で、美味しいと感じられるのは心が生きている証拠だ。
     きっと明日もがんばれる。明後日も明明後日もその次も。
     道満が隣にいてくれさえすれば俺はがんばれる。
     それが愛の力ですよなんて言う人いるだろうなあ。
     出会ってくれてありがとう喚ばれてくれてありがとう傍にいてくれてありがとう。そんな気持ちを言葉にするかわりに大好物のからあげを一つ、おすそわけ。
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