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    Azure_Qilin

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    「初めて」「爪」
    #ぐだ男xリンボ版週ドロライ

    初めて・爪「道満の手って大きくてゴツゴツしてるけど、爪が長くって綺麗で……触ってもいいかな?」
    「いいですよ」
     快い返事とともに右手が差し出された。
     道満の長い人差し指を手に取る。先端の硬質な爪甲はまるで彼の耳飾りと同じ翡翠でできているように思えた。宝石から削り出したように惚れ惚れするような輝きを放っている。
     その爪先をそっと撫ぜた。ひんやりとしていて滑らかで硬い。不思議な感触だった。
     爪の表面をなぞりながら、どさくさに紛れて指の付け根の方まで触れてみる。骨ばった男らしい手だ。この手がいつも俺を助けてくれているんだと思うとなんだか胸が熱くなる。
     ふいに悪戯心が湧いた。そのまま手を滑らせて手首の内側に触れる。道満の腕が小さく跳ねたような気がするけれど気にしないことにした。
     少しだけ脈拍が早くなっているみたいだけどそれも気づかないふりをする。
     流れる血液の音を聞くことができたらどんな感じなんだろう。
     そういえば、以前読んだ本の中に人体の血流に関する考察が載っていたっけ。心臓からの血液の流れ方や速さによって人間の思考能力が変わるという話だ。
     想像してみる。道満の血流はきっと速いに違いない。だって彼はいつだって仮初めの生といわれるサーヴァント生活を最大限に楽しめるようにぐるぐると頭をまわしている。一秒たりとて思考を止めていないだろう。俺にとって良いこともあるし、カルデアにとって迷惑なことかもある。全く関係のないことだってあるだろう。今は何を考えているのだろうか。俺よりも早い鼓動をうつ彼の血流の音を聞いてみたい。
     手首の内側をぴったりと耳に当ててみる。なにやらごおぉという音が聞こえる。
     これは彼の血管を流れる血液の音なのか、それとも俺自身が発している音なのか判断がつかない。
    「……マスター? 一体何をしておいでですか?」
     道満の声には困惑の色が含まれていた。そりゃそうだろう。俺だって説明なしに手首を耳に当てられたら「?」って顔をするし、理由を尋ねる。
    「えぇっと、ちょっと気になることがあって。変なことしてごめん」
     彼の手首を掴む力を緩めると大きな手が俺の手の中からすり抜けていった。道満は自分の手のひらを見つめている。
    「いえ、構いませぬよ」
     言葉とは裏腹にどこか不機嫌そうな声色だった。眉間に皺を寄せながら自分の手に視線を落とし続けている。そんな態度をとる理由はわからない……なんてことはなく、なんとなくわかる。
     たぶん、あれだ。俺のポケットに入っているアレ。先日のバレンタイン特異点でゲットしてきたアレ。名前からして特別な意味を持っていることのわかるアレ。
     そう、バディリング。
     感謝と絆が込められた指輪の行方はサーヴァントたちの間で話題になっていた。俺が誰にあげるのか。誰が受け取るのか。噂は道満の耳にも入っているだろう。
    当 然一番の候補は俺のファーストサーヴァントであるマシュ。次に恋人でもある道満。
     マシュは特別中の特別だから、こういう物品を渡す間柄とは違う。なら、やはり道満に渡したい。
     しかし指輪を贈る意味を考える。
     俺と道満はすでに恋人同士なのだ。そこから更に絆を深めるとなるとそれは結婚の申し込みくらいしかないのでは? つまりプロポーズになるわけだ。
     道満は喜んでくれるだろうか。俺は彼と一緒にいられてとても楽しいし幸せだ。これから先もずっと一緒にいたいと思っている。彼もそう思ってくれているはずだ。そうでなければことあるごとに俺にちょっかいをかけに来ない。俺みたいなただの人間のガキに身体を許しはしない。けれどそこから先に踏み込むことをよしとするだろうか。結婚に等しい関係を受け入れてくれるだろうか。
     もし、NOを言われたらどうしよう。恋人はOKでも伴侶はNGと言われて、じゃあこれからも恋人でよろしくお願いしますって言える? 同じようにできる? 確実に何かが変わってしまう。今日までとは違う気まずい空気が流れるに違いない。それはいやだなあと思ってしまう。この関係を壊したくない。この心地よい距離感を保っていたい。
     怖じ気づいたのかといわれたら、全くもってその通り。
     最初に爪を触りたいといって彼の手を取って、その流れで指にバディリングをはめてしまおうと思っていたのに、結局勇気がでなくて失敗しました!
     道満の反応を見るに、彼もその流れで指輪をはめられるか、手のひらに握らされるかして、事後承諾的に「しょうがありませんね」と受け取るつもりだったんじゃないかな。だからきっと不満げな顔をしているのだ。
     俺から件の指輪がもらえなかったことではなく、自分が指輪がもらえるかもと期待してしまっていたことを彼は気に病むタイプだ。要は面倒くさく、地味に落ち込む。そして、たぶん婉曲に俺に当たってくる。ちくちくねちねちと嫌味のナイフが俺の精神を生ハムみたいにそぎ落としにくるはずだ。
     それも嫌だし、何より道満をしょんぼり(という表現をすると彼は気持ちの悪いものを見たような顔をするだろうけれど)させたくない。
     さあ、今からどうやって挽回する? 俺は自分のことより誰かの為にがんばれる男だ。
     道満のために。ひいては俺と道満の明るい未来のためでもある。頑張れ、藤丸立香。お前はやればできる男だ。
    「あ、あのさ、道満」
    「はい、なんでしょう?」
    「実はこれ、バレンタインのお返しなんだよね」
     正確にはバレンタインのお返しへのお返し。俺が上げた友チョコレベルの汎用プレゼントに一世一代の呪符を暮れた彼への本気のお返しという形なら不自然ではない。たぶん。
     ポケットから取り出した小さな箱を道満に手渡す。道満は怪しげな笑みを浮かべながらそれを受け取ってくれた。
    「ほう、これは?」
    「開けてみて」
     道満の大きな手が小箱を開く。彼の手に対して箱が小さいから指ではなくて爪で蓋をひっかけるようにして簡素なケースの封印を解いた。
     中には金色の輪っかがずっと出番を待っていた。道満はそれを摘まみ上げてじっと見つめている。
    「マスター、拙僧はこのようなものを頂いてもよろしいのですか」
    「もちろん。だって俺の大切な人だもん。特別なんだよ」
     道満は目を細めながら唇の端を上げた。口元が三日月のように弧を描いている。機嫌は直ったようだ。
    「ンンン……ありがたき幸せ。して、どのような意味が込められているのでしょうか?」
    「意味は、そのままだよ。感謝の気持ちとこれからもずいっしょに居て欲しいってやつ」
    「なるほど。ンフフフフ……」
     道満の手が指輪をつまんだまま、ゆっくりと持ち上がっていく。さあどこにはめようとするだろうか。彼の指のサイズは調査済みでバディリングのサイズは調整済み。薬指にしか合わないようになっている。右に入れるか、左に入れるか。今は右手で指輪を摘まんでいる。なら、左手の薬指かな。心の中に時期尚早の花畑が広がる。いやでも待てよ。エンゲージリングを左手薬指につけるという知識を彼はもっているのかな。平安時代にそんな風習はなかったはず。聖杯から今の時代の必要な知識を与えられるといっても、これって『必要な知識』に含まれる?
     そわそわしながら見守る俺の前で道満は指輪を持ち替える。左手で摘まんで、また右手に戻す。あれ? どっち? どっちかな? 心臓がばくばく言っている。緊張しすぎて手汗がすごいことになってきた。右でも左でも身につけてくれたのならそれ十分ではあるけれども、本音としては左手薬指にはめてほしい。たとえ道満が意味を知らなかったとしても後から伝えればいいだけのことだ。そうして俺は道満と結婚することができました。めでたしめでたし、というわけだ。
    「ふむ、ではこちらにつけましょうかねえ」
     道満は散々俺を焦らした後にそう言うと、左手の薬指にはめた。
     うおおおぉぉ! やったああああ!
     感無量のガッツポーズは抑えることはできなかった。道満はそんな俺を見下ろしてニヤリと笑う。俺の反応を見てどちらの手につけるかを決めたのだろうと気づいたのはずっと後になってからだ。このときの俺はいわゆる有頂天。ハグして、キスして、バディリングをはめた道満が左手を握りしめて、うるうると彼を見上げていた。
    「受け取ってくれてありがとう、道満」
    「拙僧の方こそ、ありがとうございます。この道満、このようなものをいただいたのは初めてにございます。貴方に一生お仕えします」
     はい、言質とったー! 実質道満と結婚だああ!
    「俺も指輪を誰かにあげたのは初めてで、これがたぶん最後だよ」
     改めて道満の胸に飛び込んで、その広い背中に腕を回す。道満も俺を抱きしめ返してくれた。道満の体温が心地いい。胸に頬をすり寄せる。道満の鼓動がびっくりするくらいに早くなっていることに気づく。肉体に負荷は掛かっていないからこの血流速度は脳が大量の酸素を必要としたということだ。澄ました顔の下で悪巧みをする何倍も考えてたんだろう。俺のこと、指輪のこと、これまでのこと、これからのこと。
     無性に愛しさが増す。もっともっと彼を好きだと思えてくる。
    「道満、大好きだよ」
    「はい、拙僧もですとも。愛しております、立香」
    「うん、俺も」
     近いうちにペアリングもつくろう。俺の左手の薬指に光るものを想像するとなんだか照れくさいけれど、それ以上に嬉しい。指輪のデザインは道満にしてもらおう。彼ならきっと俺たち二人に似合いの素敵なものを作ってくれるだろう。
     俺の愛する人は、多才で器用でセンスがあって、本当は戦闘よりもそういうことをするのが得意な人なのだから。
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