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    jvhkgjgbAMC

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    jvhkgjgbAMC

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    エライン 誰に何と言われようとエライン

    #エライン
    erine

    未定 真っ白の世界。それは雪や霧の暗喩ではなく、本当の意味で何も存在しておらず、ただただ白い空間だけが続く世界。どこが上でどこが右か左か。自分がどこに立っているのかすらわからなくなってしまいそうな危うい場所。そこに何か黒いものが見える。白い空間で唯一存在する「何か」。形はまるで影のようだが、よく見ると赤や青、白に点滅を繰り返している。「それ」は静かに横たわっていた。「それ」はまばたきを時折繰り返していた。その行為だけが「それ」が何かの生き物であることを指していた。「それ」は不意に大きく震えた。ただの影のような形が、徐々に震えに合わせて厚みを増し、輪郭がはっきりし始めた。「それ」は形を人間の姿に変えた。黒い上着に、目を刺すように鮮やかな赤いシャツを身につけた、人間の形に。
     _そう、形だけは。
     「それ」には皮膚がなかった。人間ならば当然生まれ持ってある皮膚が。更にその皮膚の下に本来隠れているはずの筋肉すらなかった。いわゆる人間の「肉」に当たる部分が「それ」には全く付いていなかった。付いていない部分は、手や足、首といった局所的な器官だけではない。顔や頭にすら肉はなかった。ただ、骨だけだった。
     スケルトン、骸骨、髑髏。そう呼ばれる存在。そんな存在が衣類を身につけ、白紙のような空間に横になっていた。通常の骸骨とは違い、「それ」はこの白い空間に反するように深い黒色をしており、その体は未だに赤青白の光を消えかけの電気のように度々発していた。「それ」は腕を上げ、大儀そうにその手を握る、開くを2、3度繰り返した。その行動は自分の体の形を確かめているようにも、ただ動き始める前の準備運動をしているようにも見えた。「それ」はその手を乱暴に体の横に下ろすと、大きく舌打ちをした。何もない空間には初めて生まれた音は、虚しく響き渡り、やがて消え去った。次に「それ」は突然体を小さく丸めて、顔を掻きむしり始めた。その様子はまるで癇癪を起こした幼子のようだった。しかし、「それ」から漏れる声はゾッとするほど低い大人の声で、獣の唸り声を彷彿させた。喉から搾り出すように唸り続けた「それ」の声をよく聞けば、小さく何か話しているようだった。果たしてその行為を「話す」と表現するべきかは定かではないが、確かに何かの言葉を口からボソボソと溢していた。その言葉はこう聞こえた。

     「無駄な抵抗をしやがって」
     「どうせ何もかも壊すのに」
     「俺だってこんなことは」
     「いや、これしかない、これしかない、これしかないんだ」
     「嘘をつけよ」
     「正しい、そうだろう?」
     「ふざけるな」
     「ああ、忌々しい」

     全く脈絡のない言葉の数々は、呪詛のようだった。唸り声は、先ほどの舌打ちとは違い、この空間に永遠に残り続けるのではないだろうかと思うほど長く響き続けた。
     しかし唐突に声は止む。「それ」は初めと同じように大の字になってそこに横たわり、どこか遠くを見つめていた。この空間には無論、天井などは存在しない。ただただ白がグラデーションもなく続く。終わりなどない。この世界はどこまで走ろうが、仮に翼を持って飛ぼうが、終わりはない。「それ」はこの世界の果てまで行ったことはなかったが、なぜかそのことをよく知っていた。「それ」は泣いているように見えた。「それ」の顔には肉はないが目から頬にかけて3本の青い模様が入っていた。その模様が涙に見えただけかもしれない。
     「本当に腹立たしいな」
    「それ」はまた口を開いた。その声からは理性を感じられた。先ほどの獣の唸り声や、正気の失った呪詛ではなく、独言をであることをきちんと自身で認識して話しているようだった。
     「破壊は.....破壊は、続けないといけない。そう、それだけは絶対だ」
    「ただ....、続けるためには、ある程度、模造品を甘受しなくてはならない」
    「【無】を壊すことなどできない」
    「何らかの物があるからこそ、破壊という行為は生まれる」
    「俺が俺であるための破壊は.....、模造品があるからこそ成り立つ」
     骨が軋む音がした。「それ」は怒りのままに手を強く握り、拳を作った。その手を何度も地面に叩き落とした。明らかに「怒り」を露わにした行為と裏腹に、その拳で叩く音は軽く、地面に吸収されていく。
     「何のために、何のために続けているんだ、こんなこと」
    「終わらない、いつまで経っても!」
    「こんなぬるい自殺行為のようなことを続けても、まだ、」
     ふと「それ」は言葉を途切れさせる。拳を振り下ろす動きを止め、「それ」は目を大きく見開いた。しばらく呆けたような顔をしながら、瞳だけを左右に動かし、何か考えるようなそぶりを見せた。ピタリと音の止まった世界は、「それ」が言いかけて止めた次の言葉を待っているようだった。この世界は、ほぼ時間の概念が失われているようなものだが、数字に表すならおよそ数十秒が経ったと思われる。その短い時間の間に、「それ」の怒気を孕んだ言葉の余韻はすっかり空間中に霧散してしまった。
     その時、「それ」は不意に上半身をを起こすと「そうだ、そうだ」と呟いた。仏頂面をガラリと変え、解法を得たような、すっきりとした顔を見せた。その顔は不自然に口角を吊り上げ、歯を剥き出しにした表情で、「笑顔」というにはあまりにも悍ましいものだった。
     「そもそも破壊行為を続けることを前提に考えていることが間違いだったんだ」
    「俺がしたいのは、全てのAUの破壊!」
    「それは当然、俺自身の命も含んでいる」
    「俺の存在だって忌々しいAUの一つなのだから」
    「何を勘違いしていたんだ?」
    「グリッチなんかで理を書き換え、何度も生き返っても、最終的には全部壊すんだ!」
    「は、ははっ、ははははははははは! そうだそうだそうだ! こんな矛盾点に気づかないなんて!」
     「それ」は理性をかなぐり捨てたような笑い声をあげた。先ほどの不機嫌な様子が全て演技だったかのような変わりようで、声は無邪気と形容するほかないほど明快だった。しかし、その目だけはどこまでも暗く、「狂気」という言葉だけでは片付けられないほどに不気味だった。「それ」は、聞き手などこの世界のどこにもいないのにもかかわらず、誰かに対して舞台から語りかけるようにひとしきり話し終えると、ゆっくりと立ち上がった。
     「俺は....、自分自身に少しばかり甘かったようだ。まあ、それは仕方がないことだが」
    「もう俺の命など関係ない。俺の存在意義など関係ない」
    「壊して壊して壊し尽くして.....最後のAUである俺自身も破壊する。それだけだ」
     聞き手など誰もいない。それは確かなことだ。しかし、このスケルトンにとっては「自分自身」という聞き手がいた。「それ」に向かって矢継ぎ早に喋り倒す。他の誰に理解できなくとも、自分だけが解れば良いとでも言うかのように。そして「それ」は、納得したかのように何度も頷くと、自分以外の誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。微かに「次のAUは...」という言葉だけが聞き取れた。
     
     突如、「それ」は姿を消した。白い空間には、元々誰もいなかったかのように再び静寂が訪れる。しかし「それ」が確かに存在していたことを証明するかのように、「それ」のいた場所には少量のグリッチが残った。やがてそのグリッチも消え行き、そこには何者も存在しない空間が、ただ無表情に広がるばかりだった。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     白い世界だった。この場合は、目の前を余すことなく埋め尽くす雪景色のことを指す。右を見ても左を見ても、粉砂糖を満遍なく塗したかのようにありとあらゆるものが雪に覆われていた。木々も、古い建築物も、道も、何もかもが白銀に染め上げられ、自分が持っていた元の色を忘れ去ってしまったかのようだった。
     色を塗られる前のキャンバスのように白いその道に、点々と黒い足跡が付いていた。不思議なことに、その足跡は突然何もない場所から始まっていた。雪によってかき消されたわけではなく、まるで空から誰かが舞い降りたかのように足跡は出現し、そのまま真っ直ぐと人気のない方へ向かって続いていた。進行方向にはただ暗い雑木林が左右に広がるばかりで、目的地などどこにもないように見えた。しかし、足跡は迷うことなく一直線にその道に印されていた。
     その足跡の主は、今しがた「何もない白い空間」から立ち去った黒いスケルトンだった。どこからともなく現れた「それ」は、黙々と雪を踏み潰しながら進んでいた。その顔には僅かな興奮が見て取れた。心なしか、一歩進むごとに歩調が速まっているようだった。「それ」はひたすらに、道の先を目指して歩み続けていた。先には何があるのかは、実際「それ」自身も理解はしていなかった。ただ周囲の風景と、そこから連想される記憶、そして己の勘だけで歩いていた。それだけを頼りに進むことに何ら不安は覚えず、必ず自分が目的とする場所に到着するはずだと確信していた。
     色を遮断し、あらゆる音を吸い込んで無に帰す雪は、世界から隔離されたような錯覚をさせる。余計な情報から切り離されたせいか、「それ」の頭の中で繰り広げられていた自問自答は更に加速していった。
     ...... より独善的で、より過激な方へと。

     どうして? なんて、何度も頭の中で自分自身に問いかけた。
     やめた方がいい、と制止する声だって、幾度も自身の中から生まれた。
     その度に大義名分を語り、その声を振り払い、聞こえぬように、聞こえぬようにとしながら破壊を続けてきた。
     なぜそうしてきたか? そんなことは決まっている。AUなど存在する意味などないからだ。既に確固とした一つの世界がありながら、それに倣うように次々に生産される偽物。必要以上に増え、肥え、我が物顔で世界の上にのさばるレプリカ。どんな道に歩もうが、時間軸の乱れという絶対的なものに巻き込まれ、翻弄される運命にあるのに、無駄な足掻きを続けるまがい物共。抗った先に出口などなく、誰に作られたかも知らない箱庭の中で、繰り返しの日常を送るしかないくせに。哀れで本当にどうしようもない。何のために存在しているのだか。
     救いだ。
     そう、この破壊行為は救い。リフレインされるばかりの偽の世界に、終止符を打ってやる。まがい物共が、自分のいる世界は誰かの遊具場で、結末など決まりきっているのだという残酷な答えに辿り着く前に、絶望する前に、せめて俺の手で終わらせてやる。そのために俺は有り、この行為を続けているのだ。
     
     深く深く暗闇へ落ちていく「それ」の思考は、留まることなく渦巻き、その身を衝動的に突き動かす。一心不乱に足を動かし続けた「それ」は、とうとう自分が目指していた場所に到着した。 
     「それ」の目前には、何百年も昔に建てられたように見える建築物があった。
     「いせき」。
     その名称が一番当てはまるような風貌の建物には、固く重い扉が付いていた。「それ」はその扉の前に立ち、忌々しげに「いせき」を眺めた。名前も思いつかないようなツタ植物に外壁を覆われた「いせき」は所々ひび割れており、厳かな雰囲気を醸し出す。押し潰されそうな圧迫感を放つ建築物を、「それ」はハリボテを見るかのような目で見つめた。そして、「それ」は扉に向かって一歩、足を踏み出した。
     その時だった。

     「だめだよ」

     その声は「それ」の背後から突然投げかけられた。よく通る、少年のような声。それでいて、親が子供を宥めるような、落ち着いた言い方だった。「それ」は歩みを止める。驚きはない。雪で足音は聞こえないから、誰かが後ろから近づいて来ても気が付けなかったのは当然のことだろう。それに、誰かに不意に声をかけられることは初めてのことではない。「それ」は冷静にそう考える。
     再び声がかかる。
    「だめだよ」
     無視することもできた。しかし、自分が今からすることを考えると、まずは後ろにいる誰かをどうにかした方が良いと「それ」は判断した。
     「それ」はゆっくりと振り返る。
     そこには、「それ」と同じスケルトンが立っていた。しかし「それ」とは違い、そのスケルトンは真っ白だった。ふと目を逸らしているうちに雪と同化し、見失ってしまいそうなほどの白さだった。スケルトンは、雪の積もる場所であるにもかかわらず薄着だったが、身長と同じ程の長さのスカーフを巻いていた。特に目を引いたのは、スケルトンの背負っている物だった。それは、巨大な筆だった。通常の筆の太さ、大きさと比べて数十倍はあるその筆は、毛先が黒く汚れている。おそらく塗料が毛に付着しているのだろう。
     なるほど、と「それ」は思った。おそらく「この世界のサンズ」はこのような姿なのだと一人納得する。だとすれば少し厄介だ。「ニンゲン」が来る前にどうにかしなくてはならない。どうするべきか。相手の力量も分からないのに戦うのは危険だ。しかし話し合いで穏便に済ませることは不可能だろう。そもそも穏便に済ませる気などこちらにはない。
     考え込む「それ」に、スケルトンはまた話しかける。
     「君....、君だよね? 他のAUを破壊したのは」
     予想外の言葉に、「それ」は絶句する。一瞬頭の中が真っ白になり、疑問符だけが浮かび上がる。
     今までこのような質問はされたことはない。「AU」の中で生きる者たちから「AU」という言葉が飛び出ることなどあり得ない。なぜなら彼らにとって、彼らの生きる世界こそが「本物」であり、模造品だなんて思ってもいないからだ。
     混乱する「それ」を見て、スケルトンは慌てて口を開く。
     「ああ、もしかしてぼくがこのAUの【サンズ】だと勘違いしてる? 違うよ。ぼくはね、ええと、なんて言えばいいのかな。君と同じ存在だと言えばいいのかな」

     同じ存在だと?
     「それ」は頭の中でスケルトンの言葉を繰り返し言った。それはつまり、自分と同じくAUの存在を知り、AUの世界を渡り歩く能力がある者だ、ということだろうか。そもそも、なぜコイツは俺がここに来る前に、AUを一つ破壊したことを知っているんだ? 知ることができるはずはない。AUが失われれば、その世界に生きる者や、痕跡、その全てが消える。それなのに、なぜ...?
     「考えているところ悪いんだけどさ、一度このAUから出て行ってくれないかな? たぶん、もうすぐこの【いせき】からニンゲンが出てくるんだ。もしもぼくらが見つかったら、ストーリーが変わっちゃうかもしれないから....」
     その言葉で、「それ」は自身の本来の目的を思い出す。
     そうだ。こんなことを考えている場合じゃない。俺はこのAUを破壊するためにここに来たのだ。コイツが何者か、なぜ俺のことを知っているのかを考えてもどうしようもない。時間の無駄だ。
     「それ」は自分と同じ容貌で、全く違う雰囲気を持つスケルトンに向き直った。
     「断る。出ていけと言うならおまえが出ていくんだな」
     ピクリとそのスケルトンは反応する。その顔には驚きが走る。
     そう、たしかにその顔は「驚いた」顔だった。しかし、その表情はどうも不自然だった。まるで相手が予想していただろう反応を自分で作ったような、演技めいた表情の変化だった。
     もしこの場に立っていたのが別の誰かであれば、それを不気味がっただろう。しかし、「それ」にとっては表情の不自然さなど自分と関係がないことだった。本当にこのスケルトンが言う通りもうすぐニンゲンが「いせき」から出てくるのなら、ここでもだもだとしていると、後の計画が全て狂ってしまう。そのことだけが気がかりだった。「それ」は目の前のスケルトンと戦うことも視野に入れながら更に言葉を発する。
     「確かに、おまえの言う【他のAU】を壊したのはこの俺だ。それがわかっているのならば、俺が今から何をしようとしているのかも大方察しがついているんだろう?
     ...そうだ、俺は今からこの世界も破壊しようとしている。破壊されたらどうなるかわかるか? 教えてやろう。大規模な崩壊に巻き込まれ、この世界の住民だけでなく、俺も、おまえも死ぬこととなる。まあ、俺はいろいろあって生き返ることができるが....。おまえはそうもいかないだろう?
     ちゃちい正義感で俺を止めようとしているのかどうかは知ったことじゃないが、命が惜しければとっととここから消えな。.....正直、目障りだ」
     たっぷりと脅しを含んだ台詞を相手に投げつける。誰だって死にたくはないだろう。そういった死への恐怖感を煽り、この筆を背負った奇妙なスケルトンが尻尾を巻いて逃げるのを待った。
     数秒の沈黙の後、そのスケルトンはこう言った。
     「....困るなぁ」
     頭を抱え、ため息混じりに。
     「....は?」
     またしても予想外の返答に、「それ」は間抜けな声をあげる。目の前のスケルトンは恐れる様子を微塵も見せず、腕を組んでうんうんと唸ると、不意に背中の巨大な筆を手に取り、地面に色を塗り始めた。
     ありえない。
     なぜ。
     「それ」は驚愕を禁じえなかった。一応、このスケルトンは逃げ出したりしないかもしれないという予想は立てていた。命などどうでもいいから、この世界を守るのだと息巻いて、襲いかかって来ることがあるかもしれないと。しかしどうだ。このスケルトンは、駄々をこねる子供を見るような目でこちらを見たかと思えば、今度は自分のことを意に介さず、地面に色塗りを始めたではないか。
     「それ」は、腹の底がふつふつと湧き立つような感覚を覚えた。明確な怒りと苛立ちと殺意だった。
     自分の存在意義も、命もかなぐり捨て、ただただ「破壊」に身を徹しようと、つい先ほど決めたばかりだった。もちろん目の前にいるスケルトンはそんな事情など知らないのだが、「それ」からすれば、スケルトンが飄々とした態度で破壊をやめさせようとした上に、こちらの脅迫を完全に無視したことは、自身に対する酷い侮辱のように感じられた。
     「おい」
     まだ色塗りに夢中な様子のスケルトンに向かって、「それ」はドスの効いた声で呼びかける。
     「おまえ、いい加減に_...」
     「っあーーーーーーーーーーー!? 待って待って待って!!!」
     スケルトンは急に叫び声をあげたかと思えば、間髪入れずに「それ」の腕を引っ掴んだ。あまりに突然のことで、「それ」の反応が遅れる。抵抗する間も無く、そのまま腕を引かれ、雪を溶かして塗られたばかりの塗料の中心に連れ込まれた。
     ふと、足から伝わる地面の感触がなくなる。
     何が起きたのか考える暇もなく、スケルトンたちの体はずぶずぶと塗料の中へと沈んでゆき、完全に姿は見えなくなった。

     雪の降り積もる雑木林は、彼らが来る前の静けさを取り戻した。そしてそこに一つ、重たい扉がゆっくりと開く音だけがこだました。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     「それ」が目を覚ますと、眼前には見慣れぬ景色が広がっていた。
     脳内で処理しきれないほどの色彩が目に飛び込んで来る。今まで白と黒しか目立つ色が無いような世界で生きていた「それ」にとって、膨大な色の数々はもはや暴力的と言っても過言ではないものだった。
     体を起こすと、混乱しながらも辺りを見渡す。できる限り目を細め、色が目に入らないようにしながら。
     たしか、AUを破壊しようとした先に、別のスケルトンがいて、そいつに邪魔をされたのだ。奴の目的が何かは知らないが、すぐにここから抜け出し、あのAUの元へ行かなくては。そのためにはまず、ここがどこなのか把握しなければならない。また座標を計算して、あのAUへテレポートし直す必要があるからだ。必死で記憶を巡らせると、こんな場所に連れて来られる前、奴が自分の腕を掴んで塗料の中へ入っていったことを思い出した。おそらく俺と同じく_...
     「やあ! 起きた?」
     妙に自分を苛立たせる声が頭上から降り注ぐ。見上げると、思った通り、あの時自分を邪魔したスケルトンが腰をかがめてこちらを見下ろしていた。
     「ああ良かった、目を覚ましてくれて! もしも死んでいたらどうしようか悩んでいたところだったからね」
     本気か冗談かわからないスケルトンの言葉を聞かぬふりして、「それ」は立ち上がるとスケルトンから十分距離を取った。スケルトンはそんな態度を知ってか知らぬか、自分勝手に話を続ける。
     「いやぁ、危なかったよ。君と話している時に後ろの【いせき】の扉が開きかけていてね、このままだとニンゲンと鉢合わせしちゃうと思ったから、君をここに連れてきたんだ」
     「.....余計なことを」
     「それ」は舌打ちをしてこう返す。スケルトンは例の「困った顔」をすると、でもね、と更に口を開く。
     「ぼくらとニンゲンが出会ってしまったら、あのAUに大きな影響を与えてしまう恐れがあるから、仕方ないよ。突然説明もなしに連れて来るのはダメだったなぁと思ってるよ。ごめんね」
     見当違いなことに対して謝罪され、呆れると同時に鎮火していた怒りが再び燃え始める。
     「謝罪などどうでもいい。ここがどこなのかだけでも教えろ」
     「それは、できないよ」
     「何?」
     「だって、君はまだあのAUを壊そうと思っているんでしょ? 君がAUへテレポートするために必要な情報は、悪いけれど渡せない」
     「じゃあ二人仲良くここで暮らすとでも?」
     「君がAUを壊すことを諦めてくれれば済む話なんだけどなぁ。もうしないって約束してくれるなら、君の住処に帰してあげるよ」
     あまりにも簡単に「破壊を諦めろ」と話すスケルトンの、その胸に掴みかかりたい衝動を抑えながら、「それ」は皮肉めいた笑みを浮かべて言い返す。
     「おまえはどうしてもあのAUを守りたいようだが、俺にはわからないな。あのAUにそこまでする価値があるとは思えない。
     なんだ? おまえ、あのAUに良い思い出でもあるのか? それともおまえはAUの守護者か何かか? そ....」

     「それ」は思わず言葉を飲み込んだ。
     『それならば、なぜ俺が今まで壊したAUを守れなかったんだ?』
     そんな言葉を、この癪に触って仕方がないスケルトンに投げつけてやろうと、そう思っていた。
     スケルトンの顔を見るまでは。
     そのスケルトンは、今までの作ったような表情をガラリと変え、何かとんでもない発見をしたかのように目を爛々と輝かせ、頬骨を淡い虹色に染め上げていた。あまりの異様さに「それ」は一歩後ずさる。
     「守護者...? ぼくが? 考えたことなかったな...」
     「な、なんだよ....ただの例えだろが...」
     「そうか、そうかもしれない。なんでだろうってずっと思っていたんだ.....。そう、きっと、そうなんだ」
     スケルトンは後ずさる「それ」を追うように近づくと、その手をぎゅっと握った。
     「ぎっ...?!」
     短く悲鳴を上げるが、スケルトンは気にしない。
     「ありがとう、黒いスケルトンくん! ぼく、ようやくわかった気がするよ! 自分が何者か!」
     「だ、だだ黙れ。さわ、る、な」
     「それ」は震える体で最大の力を振り絞り、スケルトンに「魔法」をかけた。この手の生命ならば、誰でもかかる「魔法」を。
     「【ブルーアタック】によく似ているね。でも、ぼくには効かないよ。
     だってぼく、【ソウル】が無いからね!」
     
     「ソウル」
     その存在は謎に包まれている。
     内臓の類か、精神か、はたまた魔法の素か。はっきりとしたことは解明されていない。しかし、ただ一つ確かだと言えることは、生きとし生きるものならば誰もが持っているものであるということだ。そう、黒いスケルトンこと、「それ」さえも。
     そのソウルが「無い」ということは、つまり、

     「ぼく、一回死んでいるからね。二回も死ぬことはない、いわゆる不死身なんだ」
     
     「それ」は、ガラガラと自身の体が崩れ落ちていくような感覚がした。そんな、そんなことがありえるのか。悪い冗談じゃないのか。
     どれほど否定しようとも、それが嘘ではない証拠にスケルトンには魔法がかかった様子が一切見られなかった。絶望で頭が重たくなる中、死に物狂いで考える。
     もしも、こいつが素直に今いる場所を吐かなければ、破壊してでもこの世界から抜け出してやろうと考えていたが、それはもう不可能だ。なぜなら、こいつは死なない。今すぐこいつの頭を捥ごうが手足を折ろうが、こいつは死なない。もっとも、本当にそんなことができれば戦闘不能状態となり、破壊行為の邪魔はされなくなる。しかし、こいつと実際に真正面から戦ったところで勝つことなどできないだろう。AUで無理矢理腕を引かれた時に勘づいていたが、こいつのスピードや、純粋な力、そして魔力は悔しいことに自分より上だ。更にソウルに魔法をかけることもできないときた。今のところ勝ち目などない。
     「AUの守護者なら...まずは破壊を止めないとね」
     「それ」はぎくりと体を固まらせた。最悪の事態を想定した。そう、まさしく目の前にいる化け物が「守護者」なのだとしたら....危険因子は排除されるに決まっているからだ。
     スケルトンは笑顔のまま声高に宣言する。
     「よし、今から君の行動を監視することに決めたよ!」
     .....なぜ? 
     AUを破壊する存在ならば、早々に潰してしまう方がいい。それなのになぜ自分をわざわざ泳がせるような真似をするのか。「それ」は理解に苦しんだ。そんな考えが表情に出ていたのだろうか。スケルトンは「それ」をまじまじと見つめると、「あ」と声を上げた。
     「もしかして、なんで自分を倒さないんだろうって思った? 思ったよね?」
     いちいち神経を逆撫でするような発言をするスケルトンだ、と「それ」は思った。もう返り討ちにされても構わないから、戦ってしまおうかとも思った。
     スケルトンに手を握られ、硬直した体がやや動き始める。「それ」はひっそりと気づかれないように頬に手を伸ばした。
     「ぼくは全てのAUの守護者だからね! 君を傷つけないことは当たり前さ!」
     伸ばした手を止める。
     「それ」はもう一度、努めて冷静に考える。
     この化け物はどうやらAUでさえあれば手出しはしない主義らしい。それならば、しばらく監視されてもいいのではないか? その方が、今すぐ勝率の低い戦いを始めるよりも賢明ではないか? むしろ監視されている間に、こいつの弱点を探り、確実にこいつを破壊する、もしくは戦闘不能にする方法を見つけてから、勝負に挑む方が良いだろう。なに、焦ることはない。俺の目的は『AUを破壊し続けること』ではなく『いずれ全てのAUを破壊すること』なのだから。
     「....ふん、やってみろよ」
     いきなり「監視」を受け入れる発言をするのは不味いのではないかという考えが一瞬脳裏をよぎったが、
    「わあ、ぼく、誰かを監視するのは初めてだ! よろしくね、黒いスケルトンくん!」
    どうやら問題はなかったらしい。心の中でほくそ笑む。
     「その呼び名は止めろ。俺は、」
     少し躊躇する。果たして名前を告げて良いのか。名前を教えたことにより、この憎たらしいスケルトンとの繋がりが強くなってしまうのではないか、と。そもそも、「監視」とはどういったものなのかすら知らなさそうなスケルトンだ。まさか、四六時中ついて回られるのではないか。そんな不安が忍び寄る。しかし、それならそれで、ずっと「黒いスケルトンくん」と呼ばれるのもごめんだ。いいだろう。これも全て破壊のためだ。

     「いいか、俺の名前はErrorだ。よく覚えとけ」

     「わかった、どこかにメモしておくよ!ああ、そうだ。ぼくも名乗っていなかったね、ぼくの名前はね、」














     「Inkだよ。改めてよろしくね、Error」
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    ❤☺
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