やきもち カクリヨで協力を得られ、ソロモンとの契約に応じた継承メギド達は、いったんアジトに居室を用意することになった。
「カイム、ちょうどよかった」
書類の整理をしていた青年が振り返る。
「我が君、おいでとは気づかず失礼しました」
優雅な仕草で一礼する青年にチユエンがうへえと肩をすくめる。
「そっちの礼儀作法ってのにはまだ慣れねえんだよな」
「そぅお?なかなか美しい動きじゃない?」
「クネクネしてるクソ蛇には似合いかもな。あ、でも足の長さが足りないか?」
「ガサツな猿に言われたくはないし、アタシの抜群のプロポーションに文句ある?」
「何だとぉ!」
「あ、あの……チユエン、ヴリトラ」
睨み合う二人をソロモンが交互に見やる。
「我が君を前に醜い言い争いはやめていただきたいものですね
カイムが呆れたように両手を広げてみせる。
「すみません。あの二人は仲が良すぎて」
「シェンウー!誰と誰が仲良いって!」
「バカ猿と一緒にしないでほしいわね」
ヴァイガルドでも珍しい肥沃な大地の褐色の肌をした青年が詫びる。
「貴方がたが東の……ええとカクリヨから来た方々ですね」
異端審問官としてハルマ麾下の組織に所属し、母を探すためにも様々な地域の記録を調べてきたカイムだがカクリヨのことは聞いたことがなかった。
「はい。私はシェンウーと申します。チユエンとツルギ様がお世話になっていますね」
「ツルギ殿は聡明なお方ですね。ああ、ですが継承メギドといえども我が君と契約した以上、こちらの流儀も知っていただきたいものです」
赤い瞳がチラリとチユエンを見た。亡き母の言葉を受けて、運命の恋人になる女性を探している青年は若い女性に出会うと求婚してしまう。継承家系の者との婚姻は禁じられているためソロモンと契約している女性メギド達やチユエンと年の近い姉妹のいそうな男性メギドへ声をかけることはほぼないが、恋愛話ならおまかせのサキュバスをして頭を抱えさせてしまっている。
チユエンとヴリトラはまだにらみ合っている。唾が飛ぶことのないよう、さりげなくヴリトラが口の前に手をかざした。
「私が代わって話しましょう。チユエンのことはもうご存知ですよね」
「ええ。貴方が継いだメギドの名がシェンウーですね?」
「はい。彼の向かいにいるのがヴリトラ。彼は毒を操ることができます」
「毒物を持ち歩いているということですか?」
「いいえ。ヴリトラを継ぐ者は幼いころから毒を飲んで育ちます」
「なるほど。ベニモンアゲハのようなものですね。赤くはありませんが」
ベニモンアゲハやジャコウアゲハなどある種の蝶は毒草を食べて育つ。草の毒は少しずつその身に蓄えられていき、羽化した時には全身に毒を帯びた華麗で危険な毒蝶となる。カイムの言葉にシェンウーは頷いた。
「ええ。亡き姉君に似て、美しくなりました」
「ちょっと、何話してるのよシェンウー!」
聞きとがめたヴリトラが柳眉を逆立てる。シェンウーはすまなそうに目を伏せた。
「いや、そんな顔されると困るんだけど」
「クソ蛇がしおらしくしてると変だぜ?ったく、面白くもなんともねえ」
チユエンが頬を膨らませた。あの日、友達になると言って手を繋いだ日から一番長く一緒にいた。何でも話してきたし話を聞いていると思っていた。だがシェンウーの火傷の痕といい、ヴリトラと彼の間にはチユエンも知らない、そして入り込めないものを感じる。自覚できていない妬心に青年は苛立ち、声が尖る。ヴリトラもチユエンの苛立ちの正体には気づけなかった。
「アタシの美貌のどこが変だというのよ!」
「自分で言うかぁ?化粧の匂いぷんぷんさせやがって、けばけばしい」
「香水の良さがわからないようじゃ連敗記録もさぞ伸びたでしょうね。あとで教えてちょうだいな」
「カイム、話すことなんざねえぞ!俺がもうすぐ300連敗するって絶対言うんじゃねえぞ」
「ご自分で暴露してますが。痴話げんかは放っておいて、シェンウー殿。貴方からお聞きしましょう」
「あの二人のことですか?本当に仲が良くて」
「そういう話は後程」
「それは残念です」
メガネの奥で目を細めるシェンウーの弟を見守る兄のような眼差しに、カイムは少しばかり居心地の悪さを覚える。亡くしてしまったかつての友を不意に思い出す。全く似ていないのに、おせっかいな彼はカイムを手伝うといって声をかけてきた。
追憶を振り切り、カイムはペンを取った。
「今は、このアジトで暮らすために必要なことをお聞かせいただけますかな?」
体液に毒が含まれるヴリトラは念のため食事当番や洗濯当番は免除した方がいいだろう。何度言っても聞かないがバラムの例もある。アジトの家事や雑務の分担については注意した方が良さそうだ。
「それはメギドとしての能力を?それとも他のことでしょうか」
「戦力的なことは、他に適任者がいますので後で改めて。まずはそうですね、料理などは得意ですか?」
「そうですねえ」
「ああ、場所を変えましょう。うるさくてしょうがない」
「じきに慣れますよ」
「慣れたくはありませんが、我が君もよろしいですか?」
「ああ、えっとそうだな。食堂に行こうか」
「今日はアリトンがいますので、お茶を淹れてもらいましょう。まずは3人、それから追加で2人」
「ありがとうございます。では、できるだけ香りのよいものをお願いします」
まだ言い合いを続けている二人を見やったシェンウーが答えた。