好きなものと苦手なもの。空が明るくなってくると自然と目が覚める。いつものようにフェザー少年は、近くに住む同い年のランドルを誘って村の広場へと向かった。
「フェザー、ランドル、早いな!おはよう」
「おはよう!おじさん!!」
村の中心部は朝から市場が出来ていてそこへ向かう人で賑わっている。
「今日も鍛錬か?ほら、これ持っていきな」
「えっこれ売りもんだろ?いいのか?」
かごに積まれた真っ赤な山からりんごを2つ差し出され、慌てた2人はそれぞれ両手を出し受け取る。
ランドルはすまなさそうに農家のおじさんに聞き返した。
「いいんだよ!これ食ったら元気出るぞ!」
「ありがとう!」
はっはと笑ったおじさんに頭を下げ、礼を言い、フェザーとランドルは目的地へと足を進めた。
真っ赤なりんごを眺めながら、笑い合う。
「うまそうだ、早く食べたいな!」
「せっかくだし鍛錬の後にしようぜ!」
「おう!」
もらった大きなりんごを、限界まで広げた口で皮ごと齧る。
疲れた身体には果実の糖分がよく効くらしいぜ、とのランドルの話を聞いて、フェザーは甘味が身体に染み渡るのを実感した。
りんごに一心不乱にかぶりつき、あふれ出した汁で口周りをべたべたにしながらどんどん食べ進めていく。
甘くてジューシーですごく美味しい。
横で同じく齧り付いていたランドルよりひと足先に食べ終わると、袖で口元を拭いながらうまかった!!と晴れるように言った。
「ここにまだついてる」
「うーん?」
食べ終わったランドルが自分の口元を拭いつつ、フェザーの頬を指差している。
残った汁に気付きもう一度口を拭うが、雑にしたためまだ取れきっていないようだった。
「ここだよここ」
ランドルはゆっくり手を差し出しフェザーの頬に触れた。
濡れた頬をぎゅっと親指で拭って、ランドルは少しだけ汁の付いた指先をどうしようかと考える。その瞬間伸びてきたフェザーの手に捕まった。
そのまま引っ張られたランドルの指はフェザーの口元へと運ばれ、中からにゅっと伸びてきた赤い舌にペロッと舐められる。
「なっお前!!!手きたねぇだろ!」
「もったいないなと思って」
咄嗟に手を振り払ったランドルはごしごしと自分の服で指を拭う。
もう、とか、くそ、とか言いながら目の前の顔は真っ赤に染まっていた。
「ランドル、顔が赤いぞ?舐めたから怒ったのか?」
「ッうるさい!馬鹿!!」
ぷいと向こうを向いてしまったランドルはやっぱり怒っていた。
いつもランドルを怒らせてしまう。
ランドルの笑ってる顔、好きなのに。
手合わせしてるときは楽しそうにしてるから、やはりオレたちは拳を合わせるのが一番なんだとフェザーは思う。
「続きをしよう!」
勢いよく立ち上がると、ランドルもそれに倣った。
「フン、絶対に勝つ!」
「望むところだ!」
太陽がてっぺんに近くなる頃、フェザーとランドルは座り込んでお弁当を広げていた。
フェザーのお弁当には、お母さんが握ってくれたおにぎりが3つ入っている。たくさん食べる息子が満足できるようにと全てビッグサイズだ。
中身はなんだろうと一つを頬張るとタレのしみた鶏肉が入っていた。フェザーの大好きなおかずだ。
ランドルのお弁当には、桃色の桜でんぶと黄色のいりたまご、茶色の鶏そぼろが乗った3色のご飯が敷き詰められていた。
ランドルは器用に箸を使いながらご飯を掬い口へ運んでいく。途中でご飯の上に乗っかった具がぽろぽろ溢れてお弁当へ返っていった。
フェザーは、自分だったらたくさん服にこぼしてしまいそうだなとランドルの器用さに感心する。頬を膨らませ、口元が何回も動くからしっかり咀嚼しているのが分かる。
よく噛んで食べなさいってお母さんに言われてたっけ。
2つ目のおにぎりは紅鮭だった。塩味が効いていて美味しい。先程浮かんだ母の言葉もすっかり忘れてあっという間に食べきってしまう。もう終わりかと思いつつ、最後の一つを口にした。
「うわっ」
フェザーが急に呻き声を上げたため、遠くの景色を見ながら食べていたランドルが慌てて顔を向けた。
「どうした?」
「うめぼし…」
フェザーは梅干しが苦手だった。あの強烈な酸っぱさがどうしても受け付けない。種があるのも好きじゃなかった。美味しくないし食べにくいし良いことない。ご飯はもっとガツガツ食べて全部飲み込みたいのだ。
お母さんに言っても気が付けば入っている。マイペースなのか息子の好き嫌いに合わせて弁当を作ってくれない母だった。
「う〜」
おにぎりの中から現れた真っ赤な粒を見ながら、食べるかどうか迷う。
さっきの赤いりんごは美味しかったのに。同じ赤い食べ物でどうしてこんなにも違うのだろう。
食べあぐねているフェザーを見かねたのか、ランドルが前から自分の弁当を差し出してきた。
「俺、梅干し好きだし、こっちのとなんか交換するか?」
ほら好きなの取れよ、と声をかけてくる。
ランドルはよく怒るが実はとても優しい。いつも行動の先を読んでオレをフォローしようとする。すぐ前のめりになる自分は、彼のさりげない気遣いに助けられたことが数えきれないほどにあって、そんなランドルがフェザーは大好きだった。
ランドルは梅干しが好きだから、これを食べても嫌な気持ちにはならないだろう。オレは嫌いなものを食べなくて済むし、ランドルの鮮やかなお弁当はすごく魅力的だ。
でも、ここで甘えたら強くなれないと思った。
首を横に振り、意を決して赤い粒の入ったおにぎりに食らいつく。
粘度の高い実の部分が舌に触れ、びりびりとした酸っぱさが脳に伝わる。
涙が出ると思ったからギュッと顔を窄めて必死でこらえた。強い刺激を緩和させるために白米の部分にかぶりつく。
ご飯がいい感じに梅干しの味を中和させる。とにかく種を出さなきゃと舌で転がし、お弁当の中へ、ペッと吐き出した。
「ほら、茶飲め」
すぐさま水筒のカップに注がれたお茶が目の前に差し出された。
絶妙のタイミングだ。
そのまま手ごと掴んでカップを自分の口につける。
ズズズ〜ッと勢いよくお茶を吸い込み、口の中でバラバラになった白米とともに喉に流し込んだ。
は〜っ食べられたぁ…と息を吐き、両手で掴んだランドルの手とカップをギュッと握る。
「馬鹿、そんな無理すんなって」
ランドルにいいところを見せたかったんだとは言わず、ぐっと親指を立てて得意気に笑い返した。
ちょっとかっこ悪いけれど、ランドルの目の前で苦手を克服したという達成感があった。
ランドルが食べられるものを、食べられるようになったのが嬉しかった。やっぱり負けたくなかったんだ。オレたちはライバルだから。
オレの顔は今真っ赤だろうけど、それを見ていたランドルの顔も真っ赤だった。一緒に耐えてくれたのかもしれない。一緒に笑ってくれたのがすごく嬉しかった。
2人でりんごと梅干しみたいに真っ赤になって、その場に寝転がった。
終