桃色の髪自分の髪が嫌いだった。
桃色という髪色のせいで、女に間違えられたり、かわいいとかきれいとか、強くなるのに必要のない言葉を投げつけられる。
褒められてるのよって母さんに言われたけど、揶揄われてるだけだと思っていた。
女の子だったら良かったのにね、もったいないわねって。
いつも一緒にいた少年、格闘家として同じ強さを目指すフェザーは、太陽の光を跳ね返すような明るくて濃い金色の髪だった。癖なのか毛先が上に向かって跳ね、愛嬌があり、当人の性格をそのまま表すような姿が羨ましかった。
切っても髪はすぐ伸びる。だんだん髪型を気にするのがめんどくさくなり放置した髪は、気付けば肩の辺りまで伸びていた。普段の生活や鍛錬のときに鬱陶しくて邪魔だから後ろの高いところでひとまとめにした。
まとめてしまえば髪色もあまり気にならないし煩わしく思うこともない。
むしろアップになった自分の顔は強く格闘家らしくて好きだった。
初めて髪をまとめて出掛けたとき、バカのフェザーは興味があるのかないのか分からないが、後ろの跳ねた髪を見て強そう!と評したものだ。
あまり髪のことで良い気持ちになったことがなかったが、その時は妙に気分が良くなり、この髪型ならば、悪くないかも…と思えるようになった。
ライバルのフェザーが強そうと思うなら、強く見える印象なんだろうと、そう思うと嬉しくなった。
「ランドルくん、ポニーテール素敵ね」
「髪型かわいいね」
自分を揶揄するような声もそんなに気にならなくなった。俺には強く見えるから、それでいい。
ひとたび自信を持てば人間は変わる。
嫌で仕方なかった髪色も、髪型次第で強く、そしてかっこよく見えることに気が付いたのだ。
「ランドル最近嬉しそうね、何か良いことあった?」
「俺、髪の毛ぜんぜん好きじゃなかったのに、最近悪くないなって思えるようになったんだ」
「へえ、良かったじゃん」
「昔から女みたいとか言われてすごく嫌だったけど、これ強く見えるって…」
ランドルは髪の尾をシュルシュルと撫でながら言う。
「フェザーくんが?」
「うん、そう……あっ!でもヤツに言われたからじゃねぇ!自分でもこれならかっこいいんじゃねえかって思えたんだ!!」
「うん、すごくかっこいいよ。ランドル」
「へへっ」
フェザーと一緒にいると、毎日変わらず鍛錬と手合わせばかり。自分も強くなりたいしフェザーには絶対負けたくないし、自分がもし鍛えるのをやめたらあっという間に差がつきそうで嫌だった。
それくらい闘いバカなのだ。フェザーは。
昔、他の遊びもしてみようと提案したことがあったけれど、即却下された。
もちろん強くなりたかったが、他のことに全く興味がなかったわけじゃない。
もし自分が他の遊びに手を出せば、フェザーはもう俺にすら興味がなくなるかもしれないと思った。それが怖かった。
フェザーみたいに強くなることをずっと楽しめる人間なんてそういないだろう。負けたくない、悔しいと思う気持ちは強さに変えられるが、ずっとそれが維持できる訳ではない。
それでも他のことをやる余裕など、自分にはなかったのだ。
ふと鏡を見る。最近好きになった自分の姿。
頭のてっぺんでまとめられ、毛先が広がる様は自分自身を象徴している。
その姿を写す鏡の下には、自分と同じ色の髪の母が好んで見ていた本が置いてあった。
髪結絵集、と書かれた文字と髪の長い女性が描かれた表紙を手に取りめくってみる。
様々な髪型の絵とその纏め方の図解が載っている。結い方次第でこれだけ色々なスタイルにできるものなのかと感心したランドルは、自然と自分にできそうなものを探し始めた。
髪飾りを使うものはNOだ。髪を飾るのは自分には似合わないし、邪魔になるし戦ってるときに割れたりすると危ないなと思った。
ふと三束の髪を交互に編んでまとめた髪型のページが目に止まる。
手でできるのか、これなら自分にも出来るかも、と頭上でまとめた髪紐を解き、横側の髪を少し取る。
三つに分けて…とそれぞれを指で挟みながらやってみるが、ぱらぱらと髪が解けて上手くできない。
なんとか編んでみたものの、あちこちから髪が飛び出したり、交互に編めてなかったりで、絵のような綺麗な編み込みにはならなかった。
「あらランドル、三つ編みがしたいの?」
「わっ」
突然後ろから声がかかり、手元に集中していたランドルは思わず声を上げた。
ぐちゃぐちゃに編まれた髪を恥ずかしそうに手で隠す息子に、ランドルの母は優しく微笑む。
「お母さんがやってあげるわよ」
母の手は器用に自分の髪を編んでいった。どこかムズムズとしながらも、ランドルは母の手の動きを鏡を通してよく観察した。
出来上がった三つ編みは自分の顔の横に落とされた。
「あら、良いじゃないの?かわいいわ!」
「これかわいい…のか?」
「とってもおしゃれよ、ランドル」
「………」
鏡の自分を見る。いつもと少し違う自分の顔。いつもイメージする強そうな自分よりちょっと浮ついて見える。でも遊びが出来たようで心が少し軽くなった。
「うん、悪くないかも…」
「編み方教えてあげるわね」
「ランドルのこれ、面白いな!」
会うなりフェザーが自分の編んだ髪を手に取ってじっと見つめながら言った。
「触るなよ、崩れるだろ。ようやくちゃんと編めるようになったんだから」
「自分でやったのか?すごいな!!」
最初はお風呂上がりに濡れた髪で練習して、慣れてきたら髪を乾かした後に練習して、毎日鏡を見ながらこれが出来た自分を想像するとワクワクした。
そしてようやく今朝、出掛ける前に編んでみたのた。ポニーテールと三つ編みなんて昔の自分じゃ信じられない格好だった。考えられないくらい浮ついている。
だからフェザーに会う日、何処かでこの髪のことに触れて欲しいと思ってたのかもしれない。
「これくらい普通に出来るぜ」
「ランドルっておしゃれだよな!」
フェザーの口から予想もしなかった言葉が出てきてランドルは驚いた。
「お前、そんなこと思ってたのかよ」
「うん、ランドルは器用だし、髪型も変えられるし、強いのに、いろんなことが出来るよな」
自分が強くなることしか見ていないと思っていたフェザーの口から出たものだとは一瞬信じられず、フェザーの中で作られる、自分という形の片鱗が見えたような気がしてランドルは心がざわめいた。
「お前が頓着しなさすぎだろ、もうちょっと気遣えよ」
「うん、でもよく分からないしオレは動きやすい方がいい!」
「そう言うと思った!」
昔はコンプレックスだったものが、自分の長所となった時、人は生まれ変わったように新しい世界を歩き出す。
フェザーは他を見ることを許さない。そこから自分が離れたとき、待っているのは別れだけだ。
限られた時間が自分を見つめた。
自分を磨くこと、それは自分の強さの一部となった。
「ランドルの髪…好きだ」
しつこいくらいにあちこち撫で回され、果てた身体には刺激となって伝わる。
「今あんま触んな…っ」
「うん…」
異様に髪に執着するフェザーを諦め、自分を鎮める方向へと意識をやる
「顔にかかる髪とかいつもきれいなんだ、ランドルは見えなくて残念だな」
「自分のツラなぞ見えてたまるか…」
どうしてこうも恥ずかしいことを言う。散々揺さぶられ声を枯らした状態で、蹴り返す体力などどこにもないと言うのに。
昔は髪がコンプレックスだったのだ。途中からこれが自信に変わった。
その間のフェザーの髪への何でもない感想が変わる一つのきっかけだったことは否めない。
それが今ときたら、こうだ。
一心に愛される髪に嫉妬心が沸く。
「じゃあ俺が髪切ったらどうすんだ」
「えっ嫌だ」
こうもはっきり言うだろうか。
「俺は、俺だろ」
「ランドルは、ランドルだけど、ランドルの一部だから、それは無くなったら嫌だろ」
髪ごとまとめて腕に閉じ込められた。拗ねた口調で駄々を捏ねる子供みたいだ。
剥き出しの所有欲に心の中でほくそ笑む。
嫌いだった髪がこんな存在になるなんて、誰が想像しただろうか。
フェザーの執着心を繋ぎ止めておく確実な物としてこいつを生かすのだ。
「髪型を変えるのは、いいのか?」
「うん、それは見て見たいな」
これは俺の戦闘スタイルだから簡単には変えられない。だから何かの機会があればいいと考え始めるランドルだった。
終