きみのとなりにずっと新年オカモモ
出されたままの長卓袱台の周りに雑に敷かれた布団たち、しかしそれもジジやバモラ達のダイナミックな寝相のせいで役目を果たしていなかった。
そんな中でオカルンは縮こまるようにしてすうすうと寝息を立てていた。
(オカルン、オカルン)
誰かが小さな声で呼んでいる。しかしまだ眠っていたいオカルンは、少し眉間に皺を寄せて掛け布団に更に包まる。そうすればすぐにまた夢の世界へと誘われるが、再び呼ぶ声と共に身体をユサユサと揺らされた。
「オーカールーン、起きろー」
眠気で重い瞼を上げれば既にメイクも服もばっちり決めたモモが覗き込んできた。おはようを言うよりも先に「かわいい」と心の声が漏れたが、掠れた寝起きの声だったためかモモの耳には届かなかった。
「おはようございます…綾瀬さん」
「おはよう、あけましておめでとうオカルン!」
そうだ、今日は元日だと布団に埋もれたメガネを探し出す。
──みんなで綾瀬さんの家に集まって年越しパーティーをしていたんだった。いつの間に寝ちゃったんだろう。
やっと見つけたメガネをかけ、掛け布団を剥いだオカルンは改めてモモに挨拶し直した。
「あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします」
「今年もよろしく〜、てことで初詣行こ」
「はい!じゃあみんな起こして」
「みんなとも行くけど!先にオカルンと初詣したい」
照れながらも真っ直ぐ見つめる彼女の瞳に心奪われながらも、そう言うのならばとオカルンは急いで身支度を初めていく。時計を見ればまだ朝の6時半、いつもならば星子が起きていてもおかしくないのだが年越しで就寝が遅かったのだろうまだ起きてくる気配がなかった。
皆を起こさぬようそろりと静かに玄関を開けて2人は朝の冷たい空気に身震いしつつも歩き始めた。
「後でみんなで行くとこはさ、大晦日からずっと1日屋台やってて甘酒も飲めるんだって」
「白鳥さんとジジが行きたいって言ってた神社ですよね」
「そうそう、今から行くとこはこの時間でもおみくじ引いたりお守り買ったり出来るくらいなんだけど…おばあちゃんと毎年行ってたとこなんだ」
「へぇー…じゃあもしかすると力を借りてるって言ってた神様のとこなんですかね?」
「多分ね、なぁんも聞いてないけどさ」
モモは懐かしい祖母との思い出を話しながら、オカルンの手を繋いでくる。きっと昔はこうして御参りに毎年行っていたのだろう。
「あれ…星子さんと行かなくてよかったんですか?」
「昨日遅くまでジジたちに付き合ってたみたいだし、後でターボババアと行くんだってさ」
「なるほど」
星子がそう言うということは相当夜更かししたのだろうなと想像するのは容易かった。あとで戻ったら食事の準備や片付けをしっかり手伝おうと心に決めた時、御焚き火の匂いが鼻腔を刺激する。
角を曲がると小さな神社の鳥居が2人を出迎えた。一礼してから鳥居を通り、参道を歩けば手入れの行き届いた手水舎がありそこで手と口を清める。
当然だが湯ではないので一瞬にして手がキンキンに冷たくなった。
「超冷たい〜!!いつも思うけどなんで水なんだろうね」
「さぁ…?温泉が出てるとこもあるらしいですけど」
「なにそれ羨まっ」
冷水で悴んだ手をハンカチで拭いながら再び参道を進めば拝殿にすぐ着いた。モモに言われて事前に用意していた賽銭を取り出し、賽銭箱に入れてから鈴を鳴らす。
2人は深く二度礼をして、ゆっくりと二度拍手をして両手を合わせて祈願する。
祈願が済んだモモは一礼し、横を見るとまだオカルンが両手を合わせていた。懸命に何を願っているのか気になるが、他の参拝者が数人程順番を待っていたのでモモは邪魔にならないよう近くの御焚き火で暖を取ることにした。
「あったか〜い…」
すっかり冷えて赤くなった手を御焚き火で温める。昔は星子に危ないからと後ろから抱えられながら火に当たっていた気がすると思い出に浸れば、ようやくオカルンが「お待たせしました」と言って合流した。
「随分長いことお願いしてたじゃん」
「ちょっと、色々…」
「ね、何お願いしたの?」
「それは、こういうのは言っちゃあダメでしょ!」
オカルンはメガネを弄りながらそっぽを向いてしまった。頬が赤いのは寒さのせいだけではない。
ぐぅぅぅ〜。
モモの腹の虫が鳴ると、釣られてオカルンの腹の虫も同じように鳴った。
「何も食べずに出てきたからお腹すいたね」
「綾瀬さんも食べてなかったんですね」
「うん、だって早くしないとみんな起きちゃうしと思って」
「そういえば、なんでみんなとじゃなくてジブンと2人…だったんですか?」
オカルンはずっと抱いていた疑問をモモに投げかける。初詣で何ヶ所も行くのは珍しくはない、だが朝早くに2人だけで何故行きたかったのか気になっていた。
「だってオカルン年越す前に寝ちゃったし…一番にあけましておめでとうって言いたかったのに」
モモは前髪を指でくるくると弄びながらオカルンをジト目で見ながら答える。
「す、すいません」
「このままみんなと初詣行くってなったら絶対オカルンとそんな喋れないままお参りして解散!ってなりそうだったし…だから先にオカルンとお参りしときたいなって」
オカルンはモモの言葉に胸がときめいて苦しくなり思わずぎゅっと下唇を噛み締めた。それ以上可愛いことを言わないでほしい。
もう一度腹の虫が空腹を訴えてくる。2人は顔を見合せ笑うと御焚き火から離れ、また手を繋いで神社を後にした。
「寒い〜!早くばあちゃんのお雑煮食べたい」
「ジブンお雑煮初めてなんで楽しみです」
「えっ、食べたことないの!?」
「なんか昔雑煮の文化の違いで大喧嘩したらしくて…毎年おせちと普通の餅食べてるだけっす」
地域によってすまし汁か味噌か、き餅か煮餅か、挙句の果てには角餅か丸餅かと全く違う。生まれも育ちも違う者同士が家族ともなれば食べ物ひとつで喧嘩も生まれる。
されどオカルンの家のように雑煮自体を封印してしまってる家庭は珍しい気がした。
「ウチんちは日によってお雑煮が関東風だったり関西風だったりだなぁ…」
「へぇ〜、今日はなんでしょうね?益々楽しみです」
想像すればするほど空腹感は増していく。そろそろ星子も起きて朝食として雑煮の準備をしているだろう。モモは具沢山のものだといいなと思っているとオカルンから「はい」と小さな紙袋を渡される。
「えっ、これって」
「お家に着いてからと思ったんですけど…バタバタしそうなので。お守りです」
繋いだ手を解いて中身を確認すると白とピンクが可愛らしい鈴のついた小さなお守りが入っていた。
「ありがとう…めっちゃ大事にする。てか、お揃いでウチもオカルンにお守り買いたかったぁ!」
「そう言うと思ってジブンのも買っちゃいました…色は違いますけど」
オカルンは上着のポケットから鍵につけたばかりのお守りをモモに見せる。翡翠色の同じく鈴がついたものがチリンと音を立てて揺れた。
本当はモモがオカルンに選んで買って渡したかったのだが、彼が自らお揃いで買ったのは初めてのことなのでそれがたまらなく嬉しかった。
モモは落とさないようにそっと手に持ったままポケットにその手を入れる。
「早く帰ろっ」
「はい!」
2人はまた手を繋いで歩く。その度にチリンと鈴の音が静かに鳴っていた。