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    kipponLH

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    ラブレター第二弾です。132後の話です。ご注意ください。

     お久しぶりです。いつぐらいぶりかな。煙草、吸っていいですか?近頃これがなきゃやってらんなくて......親父は酒も煙草もでしたが、俺はもっぱらこれです。まあ多少酒を減らしても、こんだけ吸ってりゃ大差ねぇ気もしますけどね。煙草吸ってりゃ偉そうに見えません?酒よりは頭働くし......俺が親父みたいになるためにはぼおっとはしてられないってことです。まあ頑張りますよ。
     仕事のほうですか?ええ、お陰様で順調ですよ。兵士たちは羽振りがいい。常に今が稼ぎどきと思ってやってます。
     
     はいはい、それで今回はハンジさんのことが聞きたいんですよね?なんかこうやって改まって聞かれると緊張するなぁ......うーん、そうだなぁ。
     俺はあの人とはそれなりに長い付き合いでしたからね。未だに色んな人らに聞かれますよ。実際どんな人だったかって。大抵興味本位、面白半分でね。別に本当に聞きたいわけじゃない。何か面白いネタ転がってねぇかなぁって、そのくらいなもんです。全く嫌になっちまいますよ。今日だってあんたの頼みじゃなきゃ来なかった。
     
     そうそう、それでハンジさん......あの人との出会いは十...二年だったかな、三年だったかな。それくらい前でした。先の王政が倒れた時......ってピュレさん、こんな話しなくても知ってるでしょう。あんたも一緒だったんだから。
     あの時は色んなことがあった......親父が殺されて、俺は中央憲兵に追われて......。あの人は滅茶苦茶な理由で俺を連れ出して「真実を明らかにしろ、自分の都合を押し通してみろ」って。全く......本当に滅茶苦茶ですよ。でも、あの時の俺はなぜか逆らえなかった。ついて行くしかねぇと思った。初めてですよ。俺もやってみようって、俺にもできるかもしれないって思ったのは。やるしかねぇって思ったんです。
     
     親父が死んで、そりゃもう大変でしたよ。右も左もわからねぇ。けどみんなが手助けしてくれた。あの人もその一人でした。自分だって色々大変だったろうに、俺とは比べ物にならねぇくらい大変だったろうに、よくうちに来てはあれをくれ、これをくれ、今日はどうだ、明日はどうだって。明らかに様子を見に来てくれてるのに、ついでに寄ってみたみたいな、それはもう芝居が下手で。正直に言ってくれりゃあいいのに、何なんでしょうね。
     ......でも嬉しかった。店からあのぴょこんとした髪が見えるたびに、大袈裟なくらいの声で「やあフレーゲル」って言ってくれるたびに。ああ今日も元気なんだなって思ってましたよ。そういう人だった。
     
     .......ええ、まあ、そうですね。雲行きが怪しくなってきたのはいつぐらいだったか。マーレから船を鹵獲して捕虜を連れて来て、この島は本格的に世界と向き合わなきゃならなくなった。それまではお偉方にとっちゃどうかは知らないが、俺みたいなもんにとっちゃ半信半疑だった。本当にこの海の向こうには別の国ってやつがあって、俺たちを滅ぼす機会を今か今かと窺ってるなんて。
     俺も商人の端くれです。マーレの捕虜から伝わってくる情報はそりゃおもしろかった。コーヒー、回転式シリンダーみたいもんから、それを運ぶ交通網、卸システムまで、そりゃあ色んなものを知りましたよ。俺がそうだったんだから、ハンジさんなんてもっとだったでしょう。リヴァイ兵長、あの人もちょくちょくうちに寄ってくれた。そん時に「やれハンジが、これハンジが」って言ってましたよ。よく覚えてる。
     ただ、あの人たちは兵団のトップだ。言えないこともあったでしょう。外に対して弱腰だっていう批判も強かった。こっちには必要な情報はなんにも寄越さず、金やら嗜好品やら独り占めしてるって騒ぎ立てる奴らもいた。これじゃあ先の王政権が兵団に成り代わっただけだって......正直言うとね、ピュレさん。俺も少なからずそう思った一人だった。あんただってそういう瞬間はあったはずだ。認めたくはないけどね。
     
     ......俺はね、時々わからなくなるんですよ。本当のハンジさんがどっちだったか。
     俺はハンジさんとともに戦ったと思ってる。王位が先の王からヒストリア女王に移った時だけじゃない。その後もずっとだ。親父が守り続けたトロスト区を、今度は俺が守りたいと思った。島の外のことを知った後は、それが島丸ごとに変わった。ハンジさんだって同じだったろう。あの人は昼も夜もなく働いてた。それもこれも島のためだ。そうだろう?
     
     ......でも俺は正直、自分が昔のままでいられないこともわかってる。ここは記事には書かないでくださいよ。
     俺はね、ピュレさん。今なら親父の気持ちが理解できるような気がする。親父は商会と街のために尽くしてきた。初めて壁が壊された時からずっと、自分や俺たち家族を守ろうと必死だった。2回目の襲来からはそこに街のはみ出し者たちが加わった。みんながみんな自分のことに一生懸命で、誰も助けてくれない地獄を知ってたからだ。
     その中で兵団と癒着して汚ねぇこともやった。全部知ってるわけじゃねぇが、俺だって色々とやり方を教わったし、現場に立ち会ったこともある。親父はお前が後を継ぐんだから、四の五の言わずに見とけって人でしたからね。
     
     今自分が親父と同じ立場になって思うのはね、どんな組織にだってそういう面はあるってことだ。組織だけじゃない、人だってそうだ。......イェーガー派、あいつらだって口では御託を並べるが、一皮剥いてみればそりゃあ見れたもんじゃない。俺は過去を美化するつもりはない。ハンジさんがいた時代の兵団にだって何かしらはあった。
     ハンジさん自身は潔白だったかもしれないが、知らなかった部分、もしかして操られてた部分はあったかもしれない。自分のことや自分の観測範囲を全部コントロールできるなんて、そんなことを思うのはおこがましいと俺は思います。誰もが知らず知らずのうちに自分の意図しないことをやって、やらされてる。自分がやったことが自分のあずかり知らないところで、自分の意図しない結果になってることだってザラにある。でもそのことには、渦中に居る時は気づかないんだ。
     今の俺だってそうだ。俺にはそれが怖い。自分が良かれと思ってやったことがまわり回って不本意だと思う結果を招いた時、もっと言やあこの世界の誰かを不幸にした時、その責任は自分にはないと言えるんだろうか?
     
     ......すみません、ちょっと色々思い出しちまって......。ハンジさん.......ハンジさんは立派な人だったと思います。あの人は一方では先頭に立ってああしよう、こうしようと言い、一方では明日を生きるためにどうすれば良いかを俺たちと一緒に考えてくれた。
     ......だけどやっぱりわかんねぇんだ。目を輝かせて俺の話を聞いてくれたあの人と、最後に「何も話せない」「憲兵に当たってくれ」と言ったあの人、どっちが本当のハンジさんだったのか。レベリオ襲撃の直後、兵団本部の前で話したのが最後だった......。「目を見て信じていいって言ってくれ」と言った俺に、あの人はそうは言わなかった。どこまでも真っ直ぐで、嘘のつけない人だった......嫌になっちまうくらいだ。

     ただ、この島の現状を見たらハンジさんがなんて言うだろうっていうのは、今でも考えます──イェーガー派は未だ強硬姿勢を崩さない。連合国との和平交渉は遅々として進まない。お互いがお互いの都合を主張してる。今まであった許せないことや、まだ起こってさえいないことにひたすら怯えてる......天と地の戦いから10年近く経つっていうのにな。でもやっぱり俺はそれを否定できねぇんだ。
     ピュレさん、あんたが記事を書こうとしてるのも10年っていう節目が近いからなんでしょう?年史とハンジさんの記事か......あの人は世間からどんな人だと思われ、どんな風に評価されるんでしょうね......多分それは俺たちが知ってるハンジさんとは違うものなんでしょう。


     これはね、ピュレさん。誰にも話したことがないことなんだが──俺が知ってるハンジさんについて少しでも多く話して、それをあんたが記事にして、巷に溢れるハンジさんの噂話がちょっとでも変わったらいいなって、そう思うから話そうと思う。

     あれは先の王政転覆時、中央憲兵の追っ手から身を隠している時だった。俺はハンジさんに匿われ、モブリット副長とともに3人で潜んでいた。
     隠れてる間もそりゃあ大忙しでしたよ。ベルク社の線から報道で事実を明らかにする、リーブス商会を通してトロスト区の住民を味方につける、なんせハンジさんとモブリットさんは二人でこの二つの可能性を同時並行して探ってたんだから。

     ......俺には今でも忘れられないことがある。中央憲兵にエルヴィン団長が捕らえられ、全調査兵団団員に出頭命令が下った日の夜のことだった。
     俺は匿われた部屋の隅で縮こまって怯えてるだけだった。言われるがままに連れて来られたがこれからどうしていいかもわからねぇ、このままここに居たって王政と調査兵団の争いに巻き込まれるだけだ。だけどここを出たって行くところなんてねぇ。そんなことが延々頭をぐるぐる回って、あんな絶望の底にいたことはそれまでもなかったし、これからもねぇと思う......いや、これからはわからねぇな。ははっ人間、大袈裟に言っちまうもんだ。
     そうだ、それでハンジさんは何でもエルヴィン団長から受け取ったっていう報告書を読んでからしばらく黙りこくった後、俺に言ったんです。「フレーゲル、穴を掘り続けた男の話を知ってるか?」って。

    「えっ?......何言ってるんだ、あんた......」
    「フレーゲル。私が受け取ったこれには、今の状況をひっくり返し、巨人の秘密に迫るチャンスがあるかもしれない場所について書いてある。でも全ては君のお父さんの死の真相を明らかにしないことには始まらない。そのためにいくつかの案がある。あとは私とモブリットの頑張り、そして君の決意次第だ。もう一度問おう。私たちについてくる気はあるかい?」
     しばしの沈黙の後、俺が俯いていると、ハンジさんが再び口を開きました。
    「......私の、幼い頃の友人の話だ」

     それはハンジさんの幼なじみにまつわる話でした。その幼なじみは活発で風変わりで、人形遊びよりは庭の植木鉢の下でダンゴムシ探し、戦いごっこよりは日がな一日本を読むのが好きだったと。土の匂いを吸い、風に吹かれてどこまでも風の行方を追っていくような子だったと。
     そんな幼なじみには、親にも先生にも友だちにも打ち明けたことのない秘密があった。壁の近くに住むおじさんが、自宅の庭に穴を掘っていたんだそうです。それは人一人分通れるくらいの穴で、幼なじみはある日偶然そのことを知り、時々こっそり様子を見に行っていた。おじさんが何をしているのかわからなかった、ただその穴を掘るという行為を続けるおじさんの真剣な姿に心奪われ、その先に何があるのかを知りたかったんだそうです。
     でも、その先を知る日は永遠に来なかった。ある日幼なじみがいつものように覗いてみると、家は閉鎖され、庭の穴は埋められていました。それ以来幼なじみがおじさんの姿を見たことは二度となかったって言うんだ。

    「幼なじみもずいぶん後になってから知ったんだが、穴を掘る男は、都市伝説のように巷に流布した噂話だったんだ。一目外の世界を見てみたいと思った男が壁の外へと続く穴を自宅の庭に掘り続けたが、それを快く思わない者たちに一夜にして消された、と。人はみな噂話だと思っていたが、幼なじみはその男が実在することを知っていたんだね。君、この噂話聞いたことない?わりと有名な話のようなんだけど」
    俺が首を横に振ると、ハンジさんはそのまま話を続けました。

     やがて幼なじみも成長し、訓練兵団に入団し、所属兵団を決める年になった。幼なじみは調査兵団入団を決めた。そのことを父親に報告すると、父親は一言「反対だ」と言ったそうです。そして続けました。私はお前が昔、壁の近くで穴を掘り続ける男の家に通っていたことを知っている、と。
    「大きくなった今となっては、お前もあの男性の身に何が起こったかを察しているだろう。壁の外には自由があるが、同時に危険もある。壁の外に夢を見て散っていった者はたくさんいる。世界と繋がるということは、怖いもの知らずではいられない。知りたくなくても知ってしまうこと、知らなければならないことがある。恐れを知ってなお、お前に進み続ける覚悟はあるか?」
     
     長いこと沈黙が続き、意を決して幼なじみが頷くと、父親は瞳を揺らしながら言ったそうです。
    「......そうか。夢を求めるならば、これからお前は多くの人と出会い、数えきれないほどの他人の夢を背負うことになるだろう。それはお前が望むと望まないとに関わらずだ。今は父さんの言っていることの意味がわからなくても、いつかわかる日が来る。その時にはお前の肩には無数の人の、無数の夢がのしかかっていることだろう。気が遠くなるほど厳しく、苦しい道程になる。だから私は反対だ」
     そう言って、父親は幼なじみを抱きしめた。
    「心の望むほうに行きなさい」
    その腕は温かったと、幼なじみは思ったそうです。

    「フレーゲル。君が望もうと望むまいと、今の君にはお父さんの、商会の人々の意志が連なっている。お父さんは自分たちだけじゃなく、街全部を守りたいと思った。なぜお父さんがそうしたかったか、君にはわかるはずだ」
    ハンジさんは俺の目を射抜くように見つめて言いました。
    「君の心は何を望む」

     何でも、親父は最初調査兵団と組むことを渋ったそうじゃないですか。それが、このままだと商会もトロスト区の住人もみんな潰れるって話を聞いてから翻したと......親父が本当は何を考えてたかなんて俺にはわからない。これからも多分知ることはできねぇ。
     だけど、初めて超大型巨人が現れて壁を壊した日から、俺たちはずっと混乱と迷いの中にいた。その中で親父が街を守りたいと思ったこと、俺に未来を残そうとしてくれたこと、そのことを大事にしたいと思ったんです。だから俺はあの時トロスト区の住民に接触して、憲兵を誘き寄せ全てを白日の下に晒すことに協力した。俺は選んだんです。
     あれから色んなことがあった。でも俺はあの日の選択を、自分で選んだことを、後悔したことはありません。

     
     ......ピュレさん。俺は思うんだ。ハンジさんが話した幼なじみって、本当に幼なじみの話だったんだろうか。それは例えばもしかして、ハンジさん自身の────いや、何でもねぇ......忘れてくれ。

     なあ......俺はさ、どうやってもハンジさんみたいに強くはなれねぇよ。ハンジさんは強い人だった。どんなに難しい状況でも、誰もが敵に思える状況でも、それこそたとえ自分が望む状況でなくても、ハンジさんは周りの奴らを信じ続けられる人だった。クーデターが起こって追われる身になっても、島中を敵に回してでも地鳴らしを止めようとしたのも、だからできたんでしょう。やっぱり俺にはできねぇよ......

     今も心の中で問いかけちまう。俺にはあんたがわからないよって。俺にとってハンジさんは強くて、優しくて、真っ直ぐで......どこか危なっかしくて放っておけなくて......でもそれだけじゃなかった。
     俺にはわからないことだらけだ。だから知りたいんだ。ピュレさん、あんた色んな人にハンジさんのこと取材して回ってるんだろ?記事が出来たら、俺にも見せてくれねぇかな。  

     うん。そうか......ありがとう。俺はありのままを話した。あの人のこと、俺はこの島の奴らや外の奴らにも知ってほしいし、俺も知りたい。人間の本当の姿を知ることなんてできなくても、知ろうとし続けたいんだ。頼んだよ、ピュレさん。



    ─────リーブス商会会長 フレーゲル・リーブス




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