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    kipponLH

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    ラブレター第三弾です。戦後です。

     こんにちは。最後にお会いしたのはいつだったでしょう。ああ、そうだ。式典の時でしたね。連合国から第三次和平派遣大使を招いた時の、それを記念した式での席でした。港での開催でしたから天気が心配でしたが、終日晴れで本当によかった。
     あの日は賑やかでした。マーレからいつもやって来るアルミンやジャン、コニーたちだけじゃなく、兵長も来ていました。兵長はあの時、天と地の戦い以来初めてこの島に戻って来たんでしたね。そうそう、それでコニーなんかえらくはしゃいじまって......コニーはマーレで兵長と仕事してるんでしょう?それなのにあんなに喜んで......兵長がこの島に戻って来られたことがよっぽど嬉しかったんでしょうね。
     あいつらもマーレにいて、身の安全は保証されているとは言え、色々気苦労が絶えないのかもしれません......そりゃそうですよね。彼らは大陸側の人間にとっては、地鳴らしを止めた英雄で、同時に地鳴らしを止めた奇怪な悪魔なんだから。
     俺も似たようなもんですよ、同じような立場だ。ははっ自分とあいつらを「同じだ」と思う日が来るなんて、初めて会った頃には想像さえできませんでしたよ。

     え?ええ、ヒストリア女王が声明と取り決めをしてくれたおかげで、随分と暮らしやすくなりました。天と地の戦いの後、この島には多くのマーレ兵捕虜と義勇兵たちが残された。この島を牛耳ったのはイェーガー派だ。ヒィズル国と条約を結び、キヨミ・アズマビトらが常駐するまで、ヒストリア女王の立場もなかなか危ういものでした。
     いえ...今だって薄氷の上にいるようなものだ。従来の兵団組織は壊滅、残ったのは過去4年間の積み重ねがあったとは言え、未だ地盤の固まりきらない新王家、イェーガー派、そして地方貴族たちでした。三者が睨み合うなか、絶妙な均衡関係の上で舵をとり続けるヒストリア女王は......いやはや考えられないくらいの手腕です。

     はい、ご存じの通りです。ヒィズルの線から連合国と連絡をとったヒストリア女王がまず着手したことは、パラディ島に残されたマーレ兵捕虜と義勇兵の身の保障と大陸への返還でした。実際その時に多くの兵たちが大陸へ、故郷へと帰って行きました。一部の兵は未だ故郷の地を踏むことが叶いませんが......ええ、根強い問題です。天と地の戦いからもうすぐ10年ですが、10年という期間は問題解決にはあまりに短い時間です。差別と抑圧の歴史と、地鳴らしの生々しい記憶は未だ世界を支配しています。
     
     ......ええ、それはもっともな疑問だと思います。自分でもなぜこの島に残ったのか───たまにわからなくなります。そこに明確な答えはないのかもしれません。ただ、俺が残った理由、それがこれからお話することと関係があるのは確かです。俺がここパラディ島にやって来て天と地の戦いまでに過ごした3年間、それはとりわけ調査兵団と多くを過ごした時間でもあります。お話ししましょう。あなたが知りたいと言う、俺が知る調査兵団団長ハンジ・ゾエの姿を。

     
     ハンジさんはおよそ組織の長らしからぬ人でした。何てったって俺たちの出会いは最悪でしたよ。あの人とリヴァイ兵長は、先遣隊として上陸した俺の背後から忍び寄り捕らえたかと思うと「やあマーレのお方。パラディ島にようこそ」って言うんですから。それもこっちの首筋に刃を向けてるくせに、どこか震える声で。後でその人が三つある兵団のうちの一つの長であることを知った時には、それは驚きました。
     マーレじゃ考えられませんよ。軍のトップが自ら敵勢の前に交渉に現れるなんて。......まあ後々ハンジさんは兵団の中でも異彩を放つ存在で、あの時も自分が行くと言って聞かなかったことを知ったんですが。アルミンたちが止めるなか、最初は苦言を呈していた兵長も自分が護衛につくことを条件に頷いたそうです。
     アルミンが言ってました。兵長はハンジさんが一度言い始めると聞かないことを知っている。でもそれが全然的外れじゃないどころか局面を突破する手がかりになることもわかっているから、お互いに信頼し合っているから、隣で全力でサポートしてるんだって。俺もあの二人の近くにいてそれは感じていました。あの二人はそういう二人だった、そうとしか形容できない関係だったと思います。

     はい、イェレナはじめ義勇兵と兵政権との交渉の結果、俺はレストランで働くことになりました。マーレ兵の人権問題に関してはハンジさんもよく働きかけてくれました。政治的感覚と、それとは別に立場や所属が違っても人を人と捉えること、考えを実行に移す行動力、これらは常人には持ち得ないものです。ハンジさんは一方で至って普通の人の感覚を持ち、一方で人とは違う感覚を持つ人だった。その微妙なバランスの上でハンジさんという人は成り立っていた。その不思議な印象に人は惹きつけられたんでしょう。

     
     ハンジさんをはじめ調査兵団の面々はよく俺のレストランを利用しました。たまには出張とか言って海沿いに呼ばれたりして───リヴァイ兵長も今はマーレの海沿いに住んでるそうですね。何だかわかるような気がします。俺が海岸に呼ばれて料理を作ってる時なんか、若い奴らがはしゃいでるところから少し離れて、兵長はよくハンジさんと二人で海を眺めてましたから。

     エルヴィン団長のことも伝え聞きましたよ。時々二人の口からも、その名前を聞きました。大抵ハンジさんが「エルヴィン、エルヴィン」って言いながら色々話をして、兵長はそれをじっと聞いてました。たまに「わかんねぇよ」って言ったりして。でも、何だかそう言う兵長が一番その名を懐かしんでいるように見えました。
     兵長もハンジさんもエルヴィン団長に海を見せたかった、一緒に海に来たかったんだろうと思います。長く時を過ごすにつれてだんだんわかってきたんですが、あの二人はお互いにはっきり言葉にはしないんですね。二人の間には暗黙の了解があるように見えました。

     
     はい、ハンジさんにはとても良くしてもらいました。サシャ......サシャ・ブラウスはご存じでしょうか。そうです、調査兵団の団員でした。レベリオ襲撃の際亡くなった8名のうちの一人です。今私がお世話になっているブラウス厩舎の主人の娘さんでもあります。
     彼女に......サシャ・ブラウスに、私は特別な思いを抱いていました。はは...おかしいでしょう。海の向こうには悪魔がいると教えられ、島の悪魔どもを殲滅するためにやって来た私がですよ。マーレ兵の私が、その悪魔に恋をしたんです。
     
     ハンジさんもそのことに気がついた一人でした。このことが本を書く上で役に立つかはわかりませんが......いや、もしかしたら地鳴らし含め、その後のハンジさんの行動は今からお話しすることと繋がっているかもしれません。そこはピュレさん、あなたの判断にお任せします。ひとまずお話ししましょう。

     
     あれはそう、開港式のパーティーの下見に同行した時でした。調査兵団の主だったメンバーはみんな来ていました。それこそハンジさん、兵長、サシャ、コニー、エレン、ミカサ、アルミン、ジャン......この島と世界とを結ぶことは、それほど重要なことでしたからね。
     あれやこれやと見学や打ち合わせをした後、104期は先に戻り、俺と兵長、そしてハンジさんが港に残りました。兵長は馬の準備をするか何かでその場を離れていたと思います。俺はハンジさんと二人きりになりました。
     
     ハンジさんは尋ねました。
    「ここでの暮らしには慣れてきたかい?」
    「ええ......まあ。マーレにはあるのにここにはない、逆にここにしかない食材なんかもあって四苦八苦ですが、料理人としてはそれも楽しいです」
     俺が答えると、ハンジさんは一瞬戸惑ったようでした。
    「どうしたんですか?」
    「いや......ちょっと意外な答えが返ってきたから。違うんだ、別に悪い意味じゃなくて。だけど何というか......ほら、私たちはあくまで君たちを抑留してる立場だろう。だから君の口からそういう返事があって、少し驚いたんだ」
     そう言われて、俺はやっと気がつきました。当時調査兵団の奴らだけじゃなく他の人々とも交流が始まっていた頃で、まさにちょうど島での生活に慣れてきたところでした。
     
     俺は決して故郷のことを忘れたわけではありません。マーレには、親も親類も友だちも馴染みの人間もたくさんいます。ただ、島のことを知って、そこで生きる人々のことを知って、楽しいと思う瞬間が多くなっていたことは確かです。マーレにいた頃、俺はこの島のことを何ひとつ知りませんでした。
     
     言葉に詰まっていると、先に口を開いたのはハンジさんでした。
    「いや、何て言えばいいかな。本当におかしな意味で言ったんじゃないんだ。君がここでの暮らしに慣れてきたのなら、それほど喜ばしいことはない。調査兵団の彼らとも仲良くしてくれているようだね」
    「......ええ、あいつら食い意地張ってて、食わせるのも大変ですよ。この間なんか試作ができたからって呼んだら、もっと食いたい、もっと食いたいって結局他のものも作るはめになりましたよ。サシャなんか」
    はっとして思わず口に手を当てると、ハンジさんは「気にすることはない」というふうに笑いました。本当に.....ははっ。鈍いんだか鈍くないんだか、よくわからない人でしたよ。

    「ニコロ。これは出過ぎたことだとわかっているが、聞いてもいいかい」
    「......どうぞ」
    ハンジさんはしばらく逡巡した後、続けました。あの人は考えごとをする時、顎に指を当てる癖がありました。あの時もそうしていました。一生懸命言葉を選んでいたんだと思います。

    「サシャは......サシャは良い子だ。君の言う通り、食い意地を張っているのが玉に瑕だけどね。でも......とても良い子だ。それは君の方がよく知っているかな」
    「食い意地どころの騒ぎじゃありません。作ったそばから平らげて、サシャがいるといくら食材があっても足りませんよ」
    「ふふ、それは迷惑をかけたね。ところで」

     ハンジさんはぐるりと辺りを見渡しました。誰もいないことを確認しているようでした。
    「君は......そうだな。たとえばサシャのことをどう思っているのかな」
    「......ひたすら食って、食い方が汚くて、でも世界一美味そうに俺の料理を食ってくれる。......だから次も作ってやってもいいかなって、サシャといるとそう思います」
    「そうか......ありがとう。君がこの島にいてサシャのことをそう言ってくれること、心から感謝する」
     ハンジさんは視線を俺から海に移しました。
    「さっきも言ったことだけど......私たちこの島の人間と君とは、難しい関係だ。そこから目を背けていては進めないと思う。でも......君はその中で調査兵団の人間たちと関係を築き、きっとこれからもその範囲を広げていってくれるんだろう。だけど、いつかズレを感じることも出てくるかもしれない。こんなことを言えた義理じゃないことは十分承知しているが」
     そして、再び俺に視線を移しました。
    「その時にはどうか私たちを頼ってほしい。この島で、私たちの関係は不均衡だ。だからこそ、私たちは必ず君の言葉を聞くと約束しよう」
    「ハンジさん......それは約束できません。あなたが言ったんじゃないですか。俺は捕虜ですよ」
    「ニコロ。対話を重ねて理解しようとし続ければ、何かが変わると私は思う。難しい関係だからこそ、私たちの間では言葉を尽くすことが何より大切だ」
    ハンジさんがひと呼吸置いて「考えておいてくれ」と言ったくらいに、ちょうど馬の蹄の音が聞こえてきました。兵長が俺たちの馬を連れて来たところでした。
     
     ハンジさんは一歩前に進み出て、兵長に向かい「オーイ」と大きく手を振ると、今度は俺の方を振り返っていたずらな笑顔を浮かべました。
    「そうだ......さっきのサシャが食材を食べ尽くしてしまう話だけど、今度私の奢りで選りすぐりの食材をレストランに届けよう。心配はいらない。商会にはちょっとした伝手があるんだ」

     
     ハンジさんは不思議な人でした。人のことを見抜いているのかいないのか......だけど、やっぱりよく人を見ている人でした。多分それはハンジさんの信条通り、対話に対話を重ねてきた、その人のことをよく知ろうとしてきた結果なんだと思います。
     
     俺はこの日のことを今でも思い出します。いえ、今だからこそ思い出すのかもしれません。
     
     ピュレさん......俺は今まさに、あの日ハンジさんが言っていた状況にあります。
     ここで暮らしていると、サシャを近くで感じられるような気がします。あそこの席で彼女が俺の作った飯を食っていた、美味いと言ってくれた、ここの道は二人でレストランへと帰った道だ、道すがら色んなことを話した......ここでは小さい頃、サシャが家の保管庫から盗んだ肉を食ってたところを見つかったらしい......そしてあそこで俺は、レベリオ襲撃に行くサシャに声をかけた......そこかしこに思い出が溢れています。
    「帰ってきたらロブスターを食べさせてくださいね、なかなか食べられないんですから。約束ですよ、ニコロさん」
    そう言って、笑ってました。サシャの笑顔を見たのはそれが最後でした。

     この島には数えきれないくらいの思い出があります。思い出に触れるたび、心が温まったり、悲しみに胸が詰まったり......時々、やっぱりちくしょうと思うこともあります。なんでサシャが、何が悪かったんだって。つい悪者探しをしちまう。誰かのせいにしたいんだ......。
     だけど......心のどこかでわかってるんです。それを続けた結果がこの世界の現状なんだって。そんな時に港でのハンジさんの言葉を思い出します。
    「難しい関係だからこそ、私たちは言葉を尽くすことが大事なんだ」
     
     かつてブラウスさんは言いました。
    「世界は命の奪い合いを続ける森の中。過去の罪や憎しみが渦巻く森を出なければならない」
    誰の心にも悪魔はいる。俺の心にもいる。森から出られなくても、出ようとし続けたいんです。
     でもふと心が弱くなって、やっぱり誰かのせいにしたくなる......ずっと迷ったままだ。だけど、どんな時にもサシャのことが、ブラウスさんの言葉が頭を離れない。だからここにいる。俺を支えてくれるのもここなんだ。

     
     ピュレさん......ハンジさんの言葉は届くかな。あなたがハンジさんのことを本にして、ハンジさんがやったこと、俺たちが経験したこと、それらを世に伝えれば、世界はほんの少し変わるだろうか。調査兵団の少し変わった団長さんと、敵国マーレの一兵の物語は、世界に届くって信じてもいいかな。
     ......そうですね。同じ職業人として、その誇りを信じます。ありがとう。


      ああ、そういえば取材ノートを兵長に送るんですって?マーレにはどのくらいで届くのかな。物の行き来は幾分楽になりましたね。前は申請やら何やらで時間がかかって仕方なかったけど......えっ今はそんなもんなんですか?驚いたな。じゃあ兵長の元に届くのもすぐですね。
     ピュレさんからの荷物、喜ぶんじゃないかなぁ。兵長はきっとパラディ島のことを、今でも心に思っていますよ。この間も、そうそう最初に話した第三次派遣記念式典の時にも、ずっと海を眺めていましたから。式はまだ日が高いうちに終わりましたが、兵長はその後も、夕暮れ時までその場を離れませんでした。海を見て、何を思い出していたんでしょうね。
     
     兵長によろしくお伝えください。それではこれで失礼します。これから帰って明日の料理の仕込みをしなくちゃ。ピュレさんも今度ぜひ食べに来てくださいね。


    ─────ブラウス厩舎従業員兼料理人ニコロ


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