模型日車が任務から帰ってくるとマンションのコンシェルジュから声をかけられた。どうやら自分たちが留守の間に荷物を預かっていてくれていたらしい。軽い挨拶とお礼を言い荷物を受け取ると自宅へ…玄関を開けて家に入ると靴を揃えてリビングに、受け取った荷物はテーブルへ…洗面台を経由してスーツを脱いで部屋着に着替える。
「さて、始めるか」
ソファーに座りコンシェルジュから渡された荷物の封を切る。箱を開けると色んな種類のパーツが出てくる。
「ただいま戻りました」
広げたところで恋人の七海が帰ってきた。
「おかえり」
「これは…何を?」
「テオヤンセンという芸術家を知っているか?」
「…すみません…知りません」
「オランダの芸術家でな、面白い芸術作品を産んだ」
スマホの画面を操作しながら七海に見せる。
画面の中で細かく骨組みが動かしながら前へ前へと進んで行く動画だった。
「これはどう動いているんですか?」
「ココの基点を固定して他の基点を遊ばすように動かして主に風を受けると自然に前に進む…と言ったところだろうか」
説明出来ているだろうかと目線で問いかける。日車の目線に気がついた七海は
「貴方の事だから的を得た説明をされてるんでしょうけど…私にそこまでの理解力が備わっていないようです…ただ、見ていて飽きないのはわかります」
と返すしかなかったのだった。七海の言葉に満足した日車は「そうか」と答えた後、箱を片付け始める。この動画と全く同じものではないがこの箱の中身がミニスケールの模型であること。七海が長期の出張で居ない時に作るつもりである事…など七海が居ない時に寂しさを紛らわすために買ったと言われている様でなんだか可愛らしい恋人の後ろ姿を眺めた七海だった。
ーだったのだがー
テオヤンセンの模型は説明書によると1時間程で出来上がるらしい。任務の合間にしているからかも知れないが、日車はすぐに作らずゆっくりと一つの構造を観察する様に取り掛かっていてあれから一ヶ月が経とうとしていた。
初めは七海のいない所で…しばらくすると七海が帰ってきたのを確認して片付け。最近は「おかえり」と言ってはくれるもののまた模型に視線を戻す。正直いって七海は面白くない。恋人を取られるなんで…自分がいないから寂しさを紛らわすためでは無いのか…責めそうになる自分にも呆れてくる。
任務を終えて帰宅しリビングのドアノブに手をかけた。在宅している恋人はまたあの無機物に熱心なのかとため息を一つ。
「ただいま戻りました」
相変わらず恋人は模型を手にしていたがこちらをしっかり見てくれた。
「おかえり。お風呂が沸いている。君が風呂から上がったらご飯にする」
「はい、お風呂もらいます」
「ん、着替えは置いてある」
「わかりました」と言うと浴室へ向かうが
ご機嫌取りをされてる様な気分になりモヤモヤしたままだった。
シャワーを浴びたが気分までは洗い流してくれず心が重いまま日車の待つリビングへ…
テーブルには七海の好物ばかりが並べられており、それがまた気分が沈んでしまう。顔には出さない様に気をつけながらテーブルに着いた。
「用意までありがとうございます」
「気にしないでくれ。一緒に早く食べたかっただけだ」
「「頂きます」」
今日の出来事、今度の二人が合う休みの計画。いつもなら楽しく弾む会話もどこか遠く感じてしまい、数少ない折角の恋人との晩御飯なのに味気なさを感じた七海だった。
「調子が悪いのか?」
無心で洗い物をして終わると日車が声をかけてきた。ひとりで勝手に拗ねているだけと理解しているから余計に指摘された様に感じグッと奥歯を噛み締める。
「…いいえ、すみません。調子が悪いように見えましたか?気をつけます」
「違う。調子が悪いことを注意しているわけじゃない」
「どうぞ私のことは気にせずに模型を作られては?」
「どうして模型の話がでてくるんだ?」
今更それを言うのかと負の感情が積み重なる。
ーパシン!ー
日車の手が伸びて掴まれそうになるのを思わず払いのけてしまった。
「っすみません。今は貴方に触られたくありません…頭冷やしてきます」
玄関に向かって歩こうとしたが日車に掴まれた。黙って睨み返す。
「そんな顔するな。落ち着け」
「…落ち着いてますよ。離してください」
「離すわけないだろう…俺は職業柄色んな人を見てきた。これは放っておいて良い状況じゃない」
「ハッ…いまさら…」
「なぁ、人はちゃんと言葉にしないと分からないんだ。それは俺も同じだ。話してくれ…頼む」
出来るとこなら「嫌です」と言いたい。だが目の前の男は心なしか不安そうに見ている。リセットする意味も含めてフーーと息を吐く。
「私が居ない時に作ると言ってませんでしたか?……模型を」
「…そうだな」
「なのに…最近は私が帰って来た時でさえも模型にご熱心でしたので」
「…」
「…その……面白くなかったんですよ。もういいですか?手を離して頂いても??」
吐き捨てるように言ったあと掴まれた手を振りほどこうとする。日車は振りほどかれそうになりながら七海に椅子の方を指さして答えた。
「言いたいことはわかった。とりあえず座ってくれ」
「……」
「…建人」
「…わかりました」
そばにあるテーブルの椅子に腰をかけさせて、七海が動かない事を確認すると「待ってろ」と言い何かを取りに行った。
戻って来た日車は例の模型を持ってきてそっと七海の前に置く。
「初めに君は「私にそこまでの理解力が備わっていないようです…ただ、見ていて飽きないのはわかります」と言っていた」
「ええ」
「その時俺の中で仕組みを理解すれば君も楽しく組み立てられるのではないかと考えた」
「…」
「俺がしてみて、その後勧めるつもりだった。だが聞かれたのに説明出来ないのも癪でな、どんな質問が来ても大丈夫な様にこの構造を考えていた…」
「ですが私はやってみたいとは言ってません」
「そうだったな」
「君もしてみるかと聞けばよかったのでは?」
「そうだな。確認と言葉が足らなかった」
「私より…熱をあげるものが出来たのかと…」
「建人…お前より愛しいものはない。これは2人で楽しむための手段に過ぎない」
七海に視線を合わせるため膝立ちになった日車。彼の愛の囁きに顔が熱くなりながら七海は見つめ返す。
「わかりました…ですが…この模型はしばらく見たくありません」
「わかった。君の目に触れないように仕舞って置く」
「はい…すみません」
「いや、君は悪くない。分かってなくてすまない…」
「寛見さん…私が貴方を独り占めしても良いんですか?」
「良いも何も初めからそうだろう?建人」
日車の言葉に安心したように手を伸ばす七海。2人はしばらく抱き合うとどちらからともなく笑い合う。
「なぁ、仲直りでハグとは」
「えぇ、青いですね…」
「建人…」
「寛見さん」
2人は愛おしそうに呼び合うとそのまま唇を重ねた。