知己の戯談「なぁ、藍湛。これとこれ、どっちが良いと思う?」
魏無羨の目に留まった、髪紐を取り扱う露店。普段なら通り過ぎているであろうその露店に、ふらりと立ち寄れば、隣を歩いていた藍忘機も一緒に立ち寄る。
そんな彼に、赤い髪紐と白い髪紐を見せた。すると彼の視線がゆっくりと左右に動き、揺れる。
(さて、かの含光君はどちらを選ぶ?)
藍忘機の言葉を今か今かと待ち侘びていた魏無羨だったが、彼の言葉の前に、二人を見ていた女店主の声が響いた。
「お兄さん達、選ぶなら早くしておくれ。営業の邪魔ですよ」
その女店主の言葉に、藍忘機がゆっくりと口を開く。
「両方」
「……両方?」
藍忘機が財嚢を取り出し、髪紐の金額よりも明らかに多い銀子を卓に置いた。その銀子を目にした女店主が驚いて飛び上がったが、魏無羨は彼女の様子を気に掛ける事が出来なかった。
何故なら、これは日常茶飯事だからだ。営業の邪魔をしたお詫びと思ってくれ、と考えながら、魏無羨は強い力で腕を引かれる。
向かう先は今夜の宿。雲深不知処から連れて来た内弟子達は既に宿へ向かっているようで、少し前を歩いていた筈の藍思追の姿すら見えない。長時間、あの露店に滞在したつもりはなかったけどな、と考えながら、宿へと足を向けた。
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「含光君、結局どっちが良いと思うんだ?」
「……お前は赤色を好むだろう」
「うーん、好むって言うより親しみがあるんだよな。でも含光君は白の方を選ぶと思ったぞ」
「何故?」
髪の毛先をくるくると指に絡み付ける。そうして購入した二つの髪紐の内、白い髪紐を手に取った。
「この色は姑蘇藍氏の色だろ? お前、いつか俺に藍氏の衣を着せたいと思っているだろうからな」
「……」
すっと逸らされる瞳。その動きをじっと見つめた魏無羨は、上がる口角を抑え切れずにいた。そのまま表情が緩み、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてしまう。
「はは、可愛いな? 含光君は」
「……魏嬰」
「藍湛、俺の髪、これで結んでくれないか?」
ほら、と差し出せば、藍忘機がそっと白い髪紐を受け取る。そうして前を向くよう促され、魏無羨は大人しく前を向いた。
慣れた手つきで魏無羨の髪を結った藍忘機は、静かに魏無羨の前に移動する。そうして使わなかった赤い髪紐を手に取り、何やら考え始めた。
「……藍湛? 藍忘機? 含光君?」
「……お前にはやはり赤が似合う」
「あれっ」
予想していた反応と違っていた、と魏無羨は瞬いた。戯談で揶揄うつもりが、何だか、少し違ったようだ。鼻先を軽く掻きながら、差し出された赤い髪紐を受け取った。
「藍湛、俺はお前を揶揄うつもりだったんだぞ」
「そうか」
牀榻に寝転がり、天井を仰ぐ。丸窓からは月明かりが差し込んでいて、今夜の月を肴に酒を楽しんでも良かったな、と考えてしまう。一応、魏無羨は藍忘機と共に内弟子の引率で来ているのだが、藍思追と藍景儀が優秀な事もあり、殆ど出番はなさそうだ。──一杯なら、呑んでも構わない気がする。
「戯談で揶揄うつもりが……」
「それはまた今度にしなさい。……酒も、今夜は駄目だ」
「ええっ! 何でだよ含光君! それは戯談じゃないのか⁉」
それこそ戯談であってくれ! そう思いながら、魏無羨はがばりと起き上がり、藍忘機の袖に手を差し込んだ。
「魏嬰」
「……悪かったって」
藍忘機の袖の中に何もない事を確認した魏無羨は、がっくりと肩を落とした。――どうやら戯談ではなかったようだ!