800字小説練習(ワルロゼ) マリオと出会って以来、ロゼッタは百年に一度でなくともあの蒼い星に降り立つようになった。最近の趣味は目的も宛もなくあの星を散策する事。両親と弟と過ごしていた時と同じ風を感じられて嬉しくもあったが、自分が来ていない間に変わった場所を訪れるのも、大人な印象ながら好奇心旺盛な彼女に享楽を与えた。
今日は“都会”の方に行ってみようと心の針が向く。都会は自分の少女時代にもあるにはあったが、現代とは意味に乖離があるように思える。そんな興味と共に、自分の時代にはなかった発達した文明の景色をこの目で見てみたいという冒険心も働いた。
やって来たのはニュードンク・シティ呼ばれる都市。天を突き破るのではないかと思うほどの高い建物が立ち並び、街は人の活気に溢れている。信号一つ取ってもデザインに優れているような気がして新鋭的な印象を与える。
彼女はのっぽな建物を見回し、口を開けて圧倒されたように感嘆の息を吐いた。
すごい。これが現代の“都会”。
彼女は取りあえず歩き始めた。コツコツとヒールの音が鳴るアスファルトのタイルもお洒落で、目を楽しませる。
そんなロゼッタへ困った事態が襲う。
辺りにあまり注目せず歩いていたためか、いつの間にやら大量の者が押し寄せる人混みの中に紛れ込んでしまった。
慣れない人の波。ヒールを履いているのも相まって覚束無い足腰。どんどん人の肩にぶつかっては溺れたようにもがきながら進む。焦りから息が上がり、涼しい秋なのに額に汗が吹き出した。
どうしよう。どうすれば出られるのか。
困りきって対処のしようもない。瞬間移動も力を溜める必要があるので次から次へと人が来る此処では無理だ。
――そんな時聞こえた声は、まさに救いの福音だった。
「……全く見ちゃいらんねえな」
片思いをしている彼の声が鼓膜を刺激し、斜め後ろから不意に右手を握られる。すかさず彼女の前に出た人影が『付いて来な』と手を引いた。見た目こそ女性のように細長い彼の手だが、握られた事による実のある感触としてはちゃんと広く大きく力強い“男の人”の手だった。
ほっと安心した息を秋の空気の中に流す。今の彼の手には焦りをも溶かす頼りがいのある安堵感が存在した。
繋がれていない方の手を軽く握り、口元に充てる。上がってしまう口角を隠す為に。
人を器用に縫って行く後ろ姿を見つめる。今はこの人波が終わらなければ良いのにと思う。
彼の手を独り占め出来るこの時間が、ただただ嬉しかった。