800字小説練習(SB69) 秋は別れの季節と呼ばれるだけあって物寂しい時季だ。秋雨前線が空を刺激し、此処最近降らせている大雨もそんなノスタルジックな感情を加速させた。
そんな哀愁めいた季節の訪れた街中を隣り合って進む、赤い傘とピンクの傘。その下ではクロウとシアンが仲良く手を繋ぎ合っていた。
今日は珍しく、彼の方から手を繋ごうと言い出していた。
『わ、分あってるよ、こんな台詞似合わねえの!』
と、つっけんどんに口へ出していたがもしかしたらクロウも、永遠にはぐれてしまうような切なさをこの季節から見出したのかも知れない。
雨に冷える手指に重なる彼の手はとても暖かい。柔らかくて、それでいて男の人ならではの強さも感じられる。
不意にシアンは、雨にまつわる童謡をゆっくりゆっくり歌い始めた。
傘に反響してクリアに聞こえるためか、その声は鈴の音のようにころころととても可愛らしい。
それを聞いたクロウはふ、と微笑み、輪唱でその声を追い掛けて行く。
切ない時季の雨中で行われる、心地好い二人きりの小さなリサイタル。とても心が躍り、怖いくらいシアワセ。
握り合った手が熱く熱く二人の心を繋ぐ。傘の間を縫って時折雨粒が手に落ちるが全く気にならない。
雨の童謡は二曲目に入って追いかけっこの歌はまだ続く。
曲調に合わせて歩くスピードを変えているので、途中で踏む薄い水溜まりの音も彼らの歌唱を楽しく彩った。
歌っている途中で彼が握る手の力を強める。口ずさみながらシアンが隣を見ると、クロウも同じようにシアンの方を向いた。
『何処にも行くなよ?』
口では歌を遊ばせながら、目はそう語っていた。
『何処にも行かないにゃ』
シアンは安心させるように目を思いっきり細めて笑みを見せる。彼は安堵したのかその頬を緩めると、少し声に張りが出て来た。
シアンも握る手に力を込める。
今が物悲しい季節なのは変わらないが、この手と彼の歌があればちっとも寂しくない。そんな事を考えながら、雨の中歌と遊び続けた。