800字小説練習(ワルロゼ) 薄ら覚醒した意識と耳にだんだん大きくなる形で、小鳥のさえずりが鼓膜を揺らす。
朝が来たのか、と若干寝惚け気味の脳みそを働かせた。
次に感じたのは額を中心とした頭の軽い鈍痛。激痛ではないものの内側からじんわりと纏わり付き、振り払えない嫌な感覚。そういえば全身が怠っぽい。それに妙に火照っている。
そうだ、自分は昨日熱を出して――。それで、どう帰って来たんだっけ?
『んー……』と不調の溜まった嫌な空気を吐き出すように間延びした呻き声を出す。
朝の日差しに目がやられないようにゆっくり瞼を開けて行った。
すると、
「おはようございます。体調はいかがですか?」
ベッドの横から突然の声。想定外の出来事にドキッと心臓が跳ねた。ワルイージは驚いて目を見開き、慌てて首をそちらに傾ける。
そこには星の煌めきを溜め込んだような美しいブロンドの髪と碧色の流れるようなスレンダーなドレスが眩しい麗美な姫君――ロゼッタの姿が。いつもの冷静そうな表情に若干の心配をエメラルドグリーンの瞳に乗せ、こちらを見ていた。
そうだ、と思い出す。足元も覚束なくなってしまった自分を、颯爽と現れた彼女が助けてくれたのだ。
家まで送って貰い、ベッドに寝かされたまでは何処となく記憶にある。
まさか、あのまま泊まって行ったのか?
男としては情けないわ、恋人でもない女性を野郎一人暮らしの家に泊めてしまうわでもやもやしてプライドが瓦解してしまいそうになるが、取りあえず声を出す。
「あんた……泊まってったのか?」
「ワルイージさんが眠っている間にチコたちの様子を見に帰らせて頂きましたが、すぐ戻って来たのでそうなりますね」
手を額に充て、自分へ呆れる溜め息を吐いてから『わりぃ』と謝った。直後に感触から冷却シートが貼ってある事が分かった。本当になにからなにまで世話になったらしい。
「お気になさらないでください。私より貴方の方が心配です。それで体調は?」
「少し鈍い頭痛と体の怠さ、後熱っぽい。どれも昨日の時点よりマシだ」
「ではまず熱を確認しましょう」
てっきり体温計が出て来ると考えていたワルイージは『ああ』となんとなしに返事をする。
ロゼッタはすっかり乾いて薄くなった冷却シートをペリペリ額から剥がすと、ワルイージの前髪を掌でかき上げた。
外の小鳥が一際大きく鳴いた次の瞬間だった。彼女が腰を折って身を屈め、彼の額に自身の額をくっ付けた。
突然のナチュラルな触れ合いに、ワルイージは息を呑んだ。その後暴れ出しそうな呼吸を抑えるのに必死で身動ぎ一つ出来ない。
シャンプーなのか香水なのか、花なのか果物なのか分からないが、さまざまなものをすっ飛ばして良い香りが接近し鼻腔を心地好く刺激する。その匂いと現状と頭痛と熱が相まってくらくらと気絶しそうだった。
やがて彼女が元の体勢に戻る。
「確かに熱がまだありますね。取りあえずなにかお召し上がりになった方が良いです。キッチンお借りしますね」
そう言い残して彼女はキッチンの方へ移動して行った。
意中の彼女の肌に触れ、手料理まで振る舞って貰える? これは夢?
情報過多で頭が混乱する。
さっきから脈が速いのも、顔が異様に熱く真っ赤なのも、たぶん風邪のせいじゃない――。
それだけは頭痛と錯乱でドンキー並に低下した思考力でも理解出来た。