800字小説練習(SB69) Yokai streetの夏も他の地域同様暑い。朝には家の前で打ち水をする住民たちがちらほら見え、一日の始まりから蝉の合唱がわしわしと大雨の如く降り注ぐ。その鳴き声に起こされる事もしばしばだ。
自分の部屋で小説の海にどっぷり浸かって集中していたでゅらでゅらの元へ、打ち水を終えたまりまりが扉をノックして声を掛けて来た。
「でゅらでゅら、もうすぐ朝ご飯が出来るばい」
もうそんな時間か。まりまりの可愛らしい声に呼ばれたのなら行かねばなるまい。
本に栞を挟んで机に置いて、暑い夏なのでマントも外套を脱いだ腕を捲ったブラウスの姿で部屋を出る。
「お待たせ、まりまり」
「全然待っとらんとよ。あれ、珍しい格好ばしとっとね」
「今日は朝から暑いのでな」
「わあ、でゅらでゅらも男の人の腕しとっとねー。華奢な印象があったけん、驚きたい」
まりまりがそう楽しそうに明るい口調ででゅらでゅらの腕を取り、ぺたぺた触り始める。
「え、あ……」
突然の事で戸惑いが精神に広がる。白いでゅらでゅらの腕を、これまた白いまりまりの手が親しげに探る。
妖怪族の自分ですら奇妙に思うほど顔が熱くなった。
その間にもまりまりはぺちぺち腕を軽く叩いたり、もみもみと揉んだり、掌ですりすりと摩ったり。とても興味深げだ。
もんもんもそういう男の人の腕をしているだろうが、彼も普段自分以上の厚着をしている。まりまりにとっては珍しいのだろう。
ふと、まりまりの頭上のララさんと目が合う。
『ララさん、ワガハイは一体どうすれば……』
視線だけで訴えたところで、ララさんは両耳をぴくりとさせきょとんと首を傾げると『んなー』と間延びした猫声を出すのみ。
「まりまりー、でゅらでゅらー、ご飯だよー」
遠くから今日の炊事当番のもんもんの声が優しい調子で響く。
「しまったたい、すっかり時間を潰してしまったとね。でゅらでゅら、行くばい」
「あ、ああ」
正直助かったと内心からほっとする。と同時に手が離れて何処か名残惜しい気持ちも存在した。
まりまりに触られまくった腕はじんじんと熱い。今の自分の頬と同じ。
それを取りあえず夏の気候のせいにして、朝食を楽しみに前を歩くまりまりを後ろから追い掛けた。