頭上の会話 カラン、とバーの扉が開く音がする。店内も席が埋まりつつあり、さすが金曜日の夜だなぁと考えていた静流の右隣の椅子が引かれる。
「おや、君ですか」
聞き覚えのある声に、視線を向けると高塔戴天が椅子に座ったところだった。ふわりと良い匂いが漂い、長い髪が揺れた。
「わぁ、高塔さんじゃん」
「今夜もたくさん飲んでいるようですね」
「そんなことないですよ〜!まだ飲み足りないくらいです」
「程々になさい。そのうち呂律が回らなくなってきますよ」
「よくご存知で〜」
高塔さんとはたまにバーで会うことがある。潰れたところも何度も目撃されている。こうやって一線を引きながらも忠告してくれる存在はなんだか嬉しい。そういえば同じような存在がもう1人いるな…と左の席を見たところで
「……高塔か」
お手洗いに席を立っていた宗雲が帰ってきた。
「宗雲さん……」
驚いた声で戴天が返す。そういえばこの2人が揃うところはあまり見ないなと静流は目の前の酒をあおる。
「お2人が揃うのは珍しいっすね」
「「……」」
気まずい。どうしてか2人が揃ってから左右が静かだ。気まずさに耐えかねて、バーテンダーに追加のお酒を注文する。
「……飲みすぎるなよ。そのうち呂律が回らなくなるぞ」
「あはは、高塔さんと同じこと言ってる〜」
宗雲が言ってくる言葉が先程戴天が言ってきたことと全く同じでおかしくなる。
「ところで、高塔さんは仕事帰り?」
「そうですよ。珍しく明日が休みなもので」
「いいねぇ〜!じゃあ今日はとことん飲んじゃいます?」
「君のような飲み方はしませんよ。日付が変わる頃には帰ります」
「たまには付き合ってくださいよ」
「お断りします。一体君は何時まで飲むつもりなんですか」
「気が済むまで、かな」
「そんなに付き合って欲しければ、そちらの……宗雲さんに頼めばどうですか?」
「おい」
「え!宗雲さん付き合ってくれます?!」
「俺も日付が変わるくらいには帰るぞ」
「え〜!」
いつもは1人で飲むか知らない女の子と飲むことが多いが、珍しく見知った顔に囲まれて上機嫌になる。
それから少し経つと、段々と眠くなってきた。上機嫌に任せてお酒を頼みすぎたのかも知れない。左右の2人はよく話を聞いてくれて、悩みも真剣に考えてくれる。どんなくだらないことを言っても2人なりによく考えて答えをくれる心地よい空間だった。思考がふわふわしてくる。焦点も段々と合わなくなってきて、あぁ酔ってるなと思う頃には、両腕をテーブルに置き、その上に頭を乗せてしまった。
「寝たのか?」
「そのようですね」
頭の上で2人の声が聞こえる。カオスアカデミー2期生の静流にとって、唯一の先輩である2人。違うクラスのリーダーだが、あまり2人が一緒にいるところを見たことは無かった。過去に何かあったのか、それほど関係性は無かったのかは知らない。けれど静流にとっては2人とも何かあったときに頼れる人だなとは思う。
「……最近はどうなんだ」
しばらく続いた沈黙を破ったのは宗雲だった。
「雨竜くんは変わらず元気にやっていますよ。本当にあの子は吸収も早い」
「そうか。……お前は?」
「私ですか?それこそ何も変わりありません」
「相変わらず仕事一筋か。少しは休め。クマが酷いんだろう。化粧で誤魔化している」
「人を観察するのはやめてください」
「否定しないんだな」
「隠しても見えているのでしたら無意味でしょう」
なんだこの会話は。離婚した夫婦?だなんて突飛な思考になるのは酔っているからか、この2人の雰囲気に飲まれているのか。思考が更に溶けていく。
「ちょっと、触らないでください」
「手もこんなに冷えている」
「それはグラスを持っていたからで……!」
「手首も細い。きちんとした食事を」
「最近はきちんと食事も摂っていますよ」
なんだこの会話は。付き合ってる恋人?先程とは違った感想が出てくる。もっと2人の会話を聞いていたいが、どうも睡魔に抗えそうになかった。きっとこの2人なら自分を置いて先に帰るようなことはしないだろうと思いながら思考はそこで途切れた。
「おい、起きろ」
肩を強く叩かれて、意識が浮上する。
「んあ……あれ?リーダー?」
そこには同じ家に住んでいる我がクラスのリーダー、ルーイの姿があった。
「どうしてここに?」
「呼び出されたんだよ、高塔から」
ルーイが言うには、戴天から突然連絡があり、静流がバーで寝てしまっているから迎えに来てあげて欲しいとのことだった。
「ったくお前は…帰るぞ」
「うん、あ支払い」
「高塔が支払いも済ませた」
「え!?」
「一体何の話をしたんだ?高塔からお前と楽しい時間を過ごせたから支払いまで済ませた、ただ家が分からないから送れない、だとよ」
「そうだったんだ……」
宗雲の姿も既になく、どちらかが先に帰ったのか、はたまた一緒に出て行ったのかは分からない。
朧げな記憶の中で話す2人だともしかしたら一緒に出て行ったのかも知れないな、と思った。急かすリーダーの肩に腕を回して、上機嫌に静流はバーを後にした。