進む先 カオスワールドの中、醜い雄叫びをあげてガオナクスが立ちはだかる。はぁはぁと荒い息を吐きながら、叢雲と戴天は身構えた。
カオスワールドの主の意思が強いのか、いつも以上にガオナとガオナクスによる妨害が多かった。目立った怪我は無いものの、連続して起こる戦闘に2人の息は上がっていた。
「……ふぅ、まだ行けるか?戴天」
「無論。叢雲さんこそ大丈夫ですか?」
「もちろんだ。……来るぞ!」
ガオナクスが繰り出す攻撃を叢雲が防ぎ、戴天が光線で焼き尽くす。お互いが次にどんな動きをするのか、目を見るだけで分かった。
後方にいた戴天の後ろに新たなガオナが出現するのを叢雲が目の端に捉えた瞬間に叫ぶ。
「戴天ッ!」
鋭い声が戴天の鼓膜を揺らすとほぼ同時に、叢雲の剣が戴天の背後にいるガオナに突き刺さった。戴天は考えるよりも先に叢雲の動きを予想し、半歩身を引いていた。音もなく消えていくガオナに安心する暇もなく、剣を突き出した腕を戴天が軽く引く。引かれた動きに抗うことなく身を翻すと、戴天がふわりと浮遊して前方のガオナを破壊した。
「助かった」
「お互い様です」
砂埃が戦闘の余韻で舞っている。しばらく息を潜めて辺りを伺うも、新たな敵が出現する様子は無かった。
開け放たれた扉の向こうに人影が見える。きっとこのカオスワールドの扉を開いてしまった人物だ。
叢雲が変身を解き、その人物へと近づこうと一歩踏み出すと、戴天が手で制する。
「私が先に」
戴天も変身を解き、歩き出す。その後ろを叢雲が静かに追った。
カオスワールドの主の説得に成功し、出口の扉をくぐる。カオスワールドの扉が完全に閉じたことを確認し、扉を開いてしまった男に帰路を促す。何度も頭を下げて謝る男に軽く手を振り、2人で見送る。
その姿が完全に見えなくなってから、戴天がエージェントへ調査完了の報告を送信する。
「報告は終わりました。さぁ私たちも帰りましょう。……ふぁ、失礼しました」
戴天があくびをする。昨日の仕事終わりにエージェントからの連絡を受けて2人で扉へ入り、出て来くるともう真夜中だ。日中の仕事と激しい戦闘で、2人とも疲労困憊だった。叢雲も戴天につられてふぁ、とあくびを漏らした。
「……眠いな。今から迎えを呼ぶが、ここからだと俺の家の方が近いな。今日は泊まっていけ」
「良いのですか?」
「今更だろう。たまに来るから使用人もよく分かっている。それに雨竜もお前と話したがっていた」
「おや、それは嬉しいですね。……あなたは嬉しく無さそうですが」
「そんなことはない」
「“兄さん”も大変そうですね」
「戴天。からかうな」
そんな会話をしていると、迎えの車が近づいてくる。2人が乗り込むと、車はゆっくりと走り出した。
真夜中ということもあり、歩く人も車通りも少ない夜道を進む。窓から見える夜空には闇の中に星々の輝きが見え、家には所々明かりが灯っている。虹顔市という場所にはたくさんの人たちが暮らしている。その人々が幸福に包まれた人生を歩めるために、2人は日々を生きている。
「俺たちの力で虹顔市を守ろう」
「どうしたのですか、突然。当たり前でしょう。私たちが揃えばそれも不可能ではないはずです」
心地よい揺れと暗い車内にうつらうつらしながらも、使命を再確認する。2人揃っていれば、全力で駆け抜けることができると、そう信じていた。
◇
カオストーンと思われる石を持っている人物の情報がエージェントから届いた時、嫌な予感はしていた。なぜなら真っ先に反応したのが宗雲で、その現場の近くに戴天が居たからだ。
そのまま連絡を無視して多忙を理由に合流しないことも考えたが、第二世代のカオストーンが頻繁に発見されている以上、それがどんな情報をもたらすものか確かめたい。それが弟のものだったら、戴天は自らの手で回収しておきたかった。もう隠すつもりはない。しかし、雨竜が何かの記憶を取り戻すときは側に居たかった。
戴天が現場に到着するとほぼ同時に宗雲も扉に辿り着いたようだった。
「お前も来るのか?」
「ここまで来て、踵を返すと思いますか?」
「それもそうだな。……行くぞ」
躊躇うことなく扉へと足を踏み入れた宗雲に続いて、戴天も扉をくぐった。
今回のカオスワールドは廃工場のような場所で、服装が変わっていないのを見るに、第二世代のカオストーンではないようだった。
エージェントからの情報によると、今回カオストーンを所持しているのは20代前半の男性だが、辺りにはそれらしき人物は見当たらなかった。
周りを警戒しながら歩き出すと、グオオオ……という声と共にガオナが出現する。
宗雲と戴天は言葉を交わすこともなく左手にカオスリングを嵌めて変身する。
6体ほどのガオナに囲まれた状態で、先に宗雲が動き出した。それを見て、戴天もまた、敵を殲滅させることに集中する。
お互いに背を向けた状態で戦闘を続ける中、安否を確認するようなことはなかった。実力はお互いが分かっている。ガオナ数体に囲まれたところで怪我を負うこともない。
スピード重視の戴天の戦闘スタイルでは、一度光線を放つと瞬きの合間に敵はいなくなる。軽く裾を払い、背後を振り返ると宗雲もまた、敵を殲滅し終えたところだったようだ。
「ここにカオスワールドを開いた主はいないな。場所を移そ──」
話し出した宗雲の背後からガオナクスが音もなく攻撃を仕掛ける姿を見て、宗雲が言葉を終える前に戴天が無言で光線を放つ。つい1秒前まで宗雲の顔があった場所をライズの光が駆け抜けた。
「……声くらい掛けろ」
宗雲の鋭い目線が戴天を射抜く。しかし戴天は表情ひとつ変えなかった。
「おや、すみません。つい体が動いてしまいました。商売道具のお顔に傷が付いたら大変ですもんね?宗雲さ──」
戴天が言い切る前に宗雲の剣が戴天の顔目掛けて飛んでくる。避けきれなかった長い髪が数本、はらはらと地面に落ちていくと同時に背後から呻くようなガオナクスの声が響いた。
「すまない。世間で噂のイケメン社長の顔に傷を付けるところだったな」
「……」
「……」
両者ニコリともせずに睨み合う。もはや敵は出てくる気配が無いというのに、今にも戦闘が始まりそうな雰囲気が流れる。
その時、ザリ……と足音が奥の扉から聞こえ、同時に2人は素早くそちらに警戒態勢をとる。
「ヒッ……」
2人が纏う怒りにも似た圧に、扉からこちらを覗く男から情けない声が漏れる。
「……あの男が」
「……そのようですね」
ひとまず威圧感を与えてしまっては説得などできないと2人は深呼吸をする。先程までの昂った気持ちはいくらか落ち着き、冷静に男と話ができそうだ。
宗雲が足を踏み出すのを見て、後ろから戴天も歩き出す。
最初はこちらを見て怯えていた男も、宗雲と戴天の説得に応じて、カオスワールドから出る決心をしてくれた。3人で扉をくぐると、男は半分泣きそうになりながら2人に背を向けて去っていった。
「エージェントへの報告は」
「俺からしておく」
短い会話だけをして、宗雲が背を向けて去っていく。その後ろ姿を見送ることはせずに、戴天も背を向けた。
やがて到着した車に乗り込み、帰路につく。窓から見える夜空は星々が綺麗に輝いている。
ふと、まだ宗雲が高塔叢雲と名乗っていた頃に同じようなことがあったなと思い出す。あの時虹顔市を守ると約束した叢雲はもう隣にはいない。しかし今は雨竜がいる。
「……守ってみせますよ。私たちの力で」
帰りを待っているであろう弟の姿を思い浮かべながら、戴天は目を閉じた。
完