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    ranilzale

    @ranilzale

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    ranilzale

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    「遊園地」がテーマの企画参加作。CPなし。
    騒ぎを起こしている悪霊を除霊するため、さびれた遊園地に向かう師弟の話。

    めぐる「おい、なんだこりゃ」
     デスクに目を落とし、ただでさえ苦そうな色の顔を更に苦くして、エクボが霊幻に言った。
    「金運上昇だぁ? しかもなに目立たねえとこに貼ってんだ。二重にセコいぞ」
    「うるせーな。今月カツカツなんだよ」
    「あの、霊幻さん。俺の給料もう少し先でもいいですから」
    「いや流石にそれは大丈夫だから! 気にすんな」
     そんな風に、茂夫が期末テストを終えて久しぶりに相談所に訪れると、なんとも不安になる会話が繰り広げられていた。
     モブは霊幻の座っているデスクに近寄り、覗き込む。たしかに客からは見えないところに、力強い毛筆で金運上昇と書かれた札が貼ってあった。よく知らないけれど、こういうのは風水とかも考えて貼らないといけないんじゃなかったか。
    「師匠、この札どうしたんですか?」
    「常連さんに貰ったんだよ。繁盛してほしいからだってさ。皮肉じゃなくて完全な善意なのがなぁ……ま、何かの効果があれば儲けもんだろ」
     モブにはなにも感じられなかったが、自分の目が読み取れないだけで効果はあるかもしれない。霊幻の言う通り、貼っておくことに反対はなかった。
    「まあ商売繁盛とは書いてないから、宝くじ1等が当たるとか埋蔵金を発見するとかになるかもしれんな!」
     ハハハと軽い調子で笑う霊幻に、モブはつい先日「徳川の埋蔵金の地図を手に入れたぞ!」と宝探しに連れられたことを思い出す。結局その地図は迷惑な歴史マニアが面白半分に考えた偽物だった。あの時は何も考えていなかったけれど、もし本当に見つけていたら、霊幻はどうしたのだろう。一生働かなくても済むような大金を手にしたら。この事務所もあっさり畳んでしまっていたのだろうか。
     それは少し嫌だ、とぼんやり思う。でもクーラー代はケチらないでほしいし、難しいな。そんなことを考えながら、高めの設定温度を勝手に下げようか迷っていた時だ。
    「あのー、今、予約って空いておられますか」
     頭の禿げあがった男性が、ドアを開けて入ってきた。
    「はい、空いていますよ。おはいりください」
     霊幻が良く通る声で答えると、相談所の空気がぴしっと締まった。芹沢は依頼人を席へ案内し、モブはお茶を煎れに給湯室へ向かう。そういえばまだトメの姿を見ていない。モブと同じように今日がテスト最終日のはずなのだが。
     依頼人の男性がソファに腰掛ける。モブがお茶を渡すと、「ありがとう」と礼を言ってくれた。小柄だが背筋は伸びて、いかにも人が好さそうな顔をしている。
    「それで、どういったお悩みでしょう?」
     依頼人と同じようにソファに座り、向かい合って霊幻が尋ねる。
     依頼人は真面目な顔で切り出した。
    「除霊をしていただきたいんです。私の、遊園地の」

    「こりゃまた……見事な廃れっぷりだな」
    「そう、ですね……」
     ジーワジーワとセミが遠くで鳴いている。
     霊幻とモブは調味から電車とバスを乗り継いで、幽霊が出るという山の上の遊園地にやってきていた。門を入ってすぐに出迎えてくれたマスコットキャラクターの銅像は、足元のペンキが剥げたままになっている。夏休みだというのに園内に客はほとんどいない。
     ふたりは悪霊の手がかりを探すため、園内を見て回る。
     どのアトラクションも待ち時間ゼロなばかりか、観覧車に至っては誰も乗るものがいないので停止している。メリーゴーランドもコーヒーカップも寂しげだ。がらんとしたゲームコーナーからは楽しげな音楽が騒がしく、空虚に響いている。
     道中、売店でカラフルなアイスを売っているのを見つけた霊幻が、「おっ懐かしいもん売ってる。遊園地と言えばこれだよなー」と近寄っていく。
    「お前も食うだろ? 味選べよ」
    「あ、はい。ありがとうございます」
     注文すると店員はにこやかにアイスを手渡してくれた。二人で日陰のベンチに座り、しばし休憩する。帽子を脱ぐとほんの少しだけど頭が涼しい。色とりどりのビーズのような粒状のアイスをプラスチックのスプーンですくって口に入れた。夏の山の暑さにアイスはぴったりだった。
     ちなみに、今日は芹沢とエクボは別の依頼に向かっている。トメはというと、テストで赤点をとってしまったらしく、今ごろ学校で補修を受けているはずだ。依頼に同行できなくて地団駄を踏んで悔しがっていた。
     白い入道雲と眩しい青空を背景に、ジェットコースターが走っている。一番先頭の座席にひとりだけ男の子が乗っていて、楽しそうに叫び声をあげている。まるでアニメ日本昔ばなしの龍の子太郎だ。
     男の子は乗り終わると、降り口からまた乗り口に向かって駆けていった。飽きるまで乗る気らしい。保護者であろう女性が日傘をさして、優しく笑みを浮かべながらずっとその子を目で追っている。賑やかではないが、微笑ましい風景だった。
    「もう来月には、あのジェットコースターもなくなるんです」
    「園長さん」
     依頼人の男性が、この遊園地の園長が、汗を拭きながらモブたちの前に現れた。相談所に来た時とは違い、今日は作業着のようなものを着て暑そうにしている。
     先日相談所で聞いた話によると、最近の幽霊騒ぎとは関係なく、とうの前にこの遊園地は閉園が決まっていたらしい。少子化で地域の子どもの数が減ったのに加え、交通の便が悪いのも客足が遠のいた原因だったようだ。
    「それがこの幽霊騒ぎで、ほんのちょっとだけですがお客さんが増えたんですよ。皮肉なもんでしょ」
     依頼人は複雑そうに微笑んだ。増えてこれなのか、とモブは呆然とあたりを見回す。確かに閑散とした園内の中には、アトラクションを楽しんでる様子もない若者のグループや、大きなカメラで写真をとっては何かをノートに書きこんでいる怪しげな男性が歩いている。彼らがおそらく幽霊目当ての客なのだろう。
    「こう言ってはなんですが……どうせ閉園するのならば、除霊を急ぐ必要もなかったのでは?」
     霊幻が依頼人に尋ねる。依頼人はあはは、と朗らかに笑い声をあげ、「そうかもしれませんね。でもやっぱり、お客さんには最後まで笑顔で楽しんでほしいですから」と、園内を見やった。人数は少なくても、彼にとって大事な客であることに変わりはないのだろう。
    「それに、これ以上悪い噂をたてたくありません」
     ふと真剣な顔になって、園長は声のトーンを落とす。
    「この土地は売却しますから、全部更地にする必要があるんです。幽霊騒ぎで工事の着工が遅れてしまってはますます赤字が膨らんでしまう。遊具も全部解体して、」
    (だめ!)
     ズン、とどこかから強い思念を感じると共に、地面が揺れた。イルミネーションが点灯し、スピーカーから大音量で音楽が流れ出す。かつて公演していたパレードの曲だ。
     うわあ、と叫び体勢を崩した依頼人を支えながら霊幻が「来たな、」呟いて唇をなめる。
    「モブ!」
    「はい」
     両手をかざしてモブは念じる。とたん、バチバチと光が散って、禍々しく鳴っていた音楽は途切れた。悪霊は決まって解体の話題を口にしたときに現れるのだという。遊園地の閉園を拒む悪霊。その正体が、モブの力に押さえつけられ、遊園地の上空に露わになる。
     見上げて、園長が呆然と口にした。
    「ミクルくん……?」
     そこには、入り口で迎えてくれたこの遊園地のマスコットキャラクターがいた。
     クルミの殻をかぶった、リスの男の子。
     イタズラが好きで、子どもが好きで、お客さんが来ることをいつも楽しみにしている。
     ミクルくんは、ぽろぽろと涙を流している。
    (こわさないでよ)
     幼い声が、頭の中に響く。
    (なんでなくしちゃうんだ。大切な場所なのに。みんなここにいたのに。楽しい思い出も、悲しい思い出も、みんなここにあるのに)
     モブは目を見開く。込めていた力が揺らぐ。
    「モブ!」
     霊幻の声にハッとする。遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。彼女が見上げる先ではジェットコースターが緊急停止して、一番先頭に男の子を乗せたまま、高いレールの上に取り残されている。
     モブは悪霊に向き直り、力を込めなおす。
    「ごめん。たくさんの人が考えて決まったことなんだ。僕にはどうにもできない」
    (イヤだ!!)
     ミクルくんは叫ぶ。家に帰りたくない、まだ遊んでいたいと泣く子どものように。
    「ミクルくん!」
     霊幻が声を張る。
    「ここは無くなるが、新しい遊園地ができる! 園長さん、そうですね?」
     呆然としていた園長に向かって霊幻は強く呼びかけた。
    「あ、ああ……そうだ」
     園長は、意識を取り戻したように瞬きをして、すっと息を吸った。それから、ミクルくんに向けて語りだした。
    「ミクルくん。遠い遠い海の向こうの国にね、遊園地を作るんだ。そこには子どもたちが、お客さんが待っているんだ。自分の街に遊園地が出来るのを待っているんだ。君のことも」
    (……ぼくも?)
     ミクルくんは、しゃくりあげながら、園長に尋ねる。
    「うん、そうだ。観覧車もジェットコースターもメリーゴーラウンドも、一度みんなばらばらにするよ。でも船で運んでいって、また組み立てて、新しい遊園地になるよ。君の像も一緒に連れて行くよ。それは、イヤかい?」
    (……イヤじゃない)
     ぐすん、とミクルくんは鼻をすする。
    (でも、……この遊園地は無くなっちゃうんでしょう)
    「うん。ぼくも頑張ったけど、ダメだった。でもね、ここがあったことも、ここで皆が遊んでくれたことも、ちゃんと覚えてるよ」
    (ほんと?)
    「本当さ!……いや、やっぱり嘘かな。いつかは忘れてしまうかな。でも、忘れてしまったとしても、なかったことにはならないよ。これは本当だ。ミクルくん、」
     今までありがとう。
     園長がその言葉をかけると、悪霊だったミクルくんは、涙を浮かべ、笑った。笑って、光になった。カラフルなアイスみたいに、色とりどりの光の粒はきらきらと輝いて、ぱちんとはじける。
    (パパとママに連れて行ってもらったの)
     ミクルくんのものではない、幼い女の子の声が、あたりに響いた。
    (学校の遠足で、初めて遊園地に行きました。お父さんもお母さんも連れていってくれなかったから、嬉しかった)
    (中学生のとき友達と来た。アトラクションはショボかったけど、ゴーカートはけっこう盛り上がったな)
     ぱちん、ぱちんと光がはじける度に、声が響く。
     きっとかつてここを訪れた人たちの想いだ。閉園を惜しむ想いが力となり、ミクルくんに集まっていたのだろう。
    (開園したばっかりのとき、おじいさんとデートにきました。あの人ったら恥ずかしがってメリーゴーラウンドに一緒に乗ってくれなかったのよ、でも私が手を振ると絶対振り返してくれた)
    (身長が伸びてジェットコースターに乗れるようになったときすごく嬉しかった!)
    (近くに住んでるからもう何回来たか覚えてない。ゲームセンターのシューティング、敵が出てくる位置とタイミング全部覚えちゃったよ)
    (観覧車。好きなひとと二人きり。高所恐怖症だから外も見られないし早く降りたいのに、ずっと乗っていたかった)
    (ヒーローが来てくれた!握手してくれた!)
    (嫌だって言ったのに無理やりジェットコースターに乗せられて泣いた。そのあとめちゃくちゃ喧嘩したけど、今となってはいい思い出)
    (コーヒーカップ。調子に乗って回しすぎて吐きそうになった。でもそれも楽しかったな)
    (楽しかった)
    (楽しかったな)
    (ありがとう)
    (ありがとう、園長さん。……ぼくの、おとうさん)
    「こちらこそ、」
     園長は声を震わせ、目を優しく細めた。
    「……長い間、ありがとうございました」
     消えていく光に向かって、園長は深くおじぎをした。

     それから、その遊園地の来園者は急増した。スタッフの発案でホームページで思い出のメッセージを募集し公開すると、大きな反響があったらしい。中には、あの日聞こえてきた声とそっくりそのままのメッセージもあった。
     光るミクルくんの姿が遊園地に現れたことも話題になった。あの日訪れていたわずかな客のうち、目撃していた何人かがSNSに出来事を綴ったらしい。その投稿は拡散され、ネットニュースにも掲載された。最後にもう1度訪れてみたいという客で溢れた遊園地は、アトラクションも遊具も連日稼働中だ。
    「それでもやっぱり、閉園するんですね」
    「まあ、いっときのブームだろうからな」
     相談所は今日も人がこない。モブは夏休みの課題を机に広げながらスマホをいじって、霊幻は麦茶をすすりながらネットサーフィンをしている。弱いクーラーがぬるく風を吹かせて、扇風機はそれをかき回す。
    「師匠も、……いつかは、相談所を辞めるんですよね」
    「ん?」
     霊幻はノートパソコンから顔を上げて、モブに視線を向けた。弟子はなにやら考え込んでいる。
    「僕にとってはここは大切な場所で。いろんな経験をしてたくさん思い出があって。でも経営がうまくいかなかったり、そうじゃなくても師匠が怪我や病気になったりしたら」
     なるほど。霊幻は机に貼られたままの金運上昇の札に視線を落とす。最近浮かない顔をしていた理由はそれか。
    「そりゃ、いつかはな」
     あえて軽く霊幻は答えた。
    「俺もずっと生きてるわけじゃないし」
    「そう、ですよね……」
     ネットニュースの見出しには、「マスコットキャラクターの旅立ち。最後の卒園式」と書かれている。旅立ち。卒業。お前だっていつかはここを離れるんだろうに、と霊幻は考える。
    「でもまあ、やれるだけやるつもりでいるぞ。もっとデカい事務所になって、支店が出来る可能性だってあるしな」
    「ええ?」
    「芹沢が支店長になって。経営が得意なヤツが入社して順調に店舗を増やし続けば、あの遊園地みたいに海外にも店舗が出来たり」
    「さすがにそれは夢でしょ」
     モブは呆れたように言ったが、声は少し明るくなっていた。それでいい、と霊幻は思う。たとえ馬鹿馬鹿しくても一時的なものであっても、夢を見ているとき人は元気になれる。
    「でも、そうですよね。一人で悩んで、誰かの助けを必要としている人は、きっとどこにだって居る。師匠はそういう人たちの話を馬鹿にせずに聞いてくれるから、ここは居心地がよくて、皆来るんだ」
    「……おう」
    「だからもしここがなくなる時がきても……師匠がいなくなっても、誰かがきっと後を継いで、新しい場所をつくると思います。僕もその時には頼れる大人になっていたい」
     ……前は、就職する約束は出来ないと言ったくせに。
     霊幻はひっそりと笑う。
     でもそうか。お前にとって大切な場所になったか。俺の嘘が作り上げたこの事務所は。
    「ま、未来のことは誰にも分からん。お前はお前のやりたいようにやれよ」
    「はい。頑張ります」
     もう弟子の卒業を迎えたような気分で、霊幻は「でも、ありがとうな」と小さく付け足した。
     
    「あ、じゃあもし新しい事務所が出来た時はどっかに俺の銅像立てとけよ。この偉大な初代所長に優しく見守られてる気分になるだろ」
    「いやそれはいいです」


    おわり。
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