キャット・ファイトin まっする「九月の二十三と二十四で東京行ってくるから」
「……っえ、東京?……東京ですか」
「ん?なんか約束してたっけ」
東京の大叔母の家で法事が入った。特に約束していた予定もなかったよね、と修くんに話すと一瞬ギョッとした顔をしたものだから。なんか予定あったかなあ、オレ結構忘れちゃうからな、と思ったけどそうじゃないっぽい。
「ちょうど俺も東京で同窓会の予定できたんで、よかったら行きだけでも一緒に」
引っ越しの時礼服どこしまったっけなーとクローゼットをモソモソしていると微妙に言いにくそうにモゴモゴしながら背後に立たれる。え。なに…後ろめたいことでもある?もしや…元彼でもいるとか…いや、修くんの元彼はすでに天の都。ならさみしんぼの修くんを慰めたワンナイトボーイでもいるとか……いやだけどな〜そんなのほんとはいやなんだけど〜〜〜……でもオレも結構セフレだった人とかいる集まりに行かざるを得ない状況あるし一方的に咎めるのもね。
「オレと飲む方が絶対に楽しいのに」
「何言ってるんですか」
素で返されましたけど。
☆★☆
「なあ〜〜〜〜んでいるんですかねェ」
「ア……ア…ワアッ…」
帰りは別々だね、なんて笑って駅でバイバイしたのが半日前の話。昼間から夕方まで法事と親戚の集まりに顔出して、夜からは昔馴染みの友人数人と飲みに出かけた。オレが男もいけるって知ってる連中で、最近付き合ってる子が筋肉ムキムキのマッチョだーなんて話の流れから昔はマッスルスナックでバイトしてたらしいよ〜と話した結果、じゃあ元バイト先の店行ってみようぜ!と。他のマッチョに興味はそんなにないけどあの子の元職場がどんなかはちょっと興味があった。別にやましいこと考えてないから本人の許可も何もいらないだろうと軽い気持ちで店の中に入ると、なんかね。いるんです。知ったマッチョ。見たことある筋肉。見たことある闇色の目。「いらっしゃいマッ…ハーーーーッ!」そんなでかい声出るんだ。超元気よく声かけたマッチョは振り返りざま、オレの顔見た瞬間オバケでも見たかのように飛び上がって持ってたおぼんに乗っているものを床にぶちまけた。見知ったマッチョ…もとい、津島修治氏はいつぞやうちにあるのと同じ、筋肉酒屋と書かれたTシャツを着てジーンズの上から見えるパンツにお店のチップを挟んだ出で立ちでオレたちを迎えていた。それからというもの、ちいきゃわのような声しか出さずプルプル震えている。
とりあえず友人を先に返し、オレだけ店に残って席に通してもらった。
「同窓会は?」
「ア……ワワ…」
「そこから嘘?も〜〜!」
「ご、ご、ごめんなさい…ごめんなさい彰利くん怒らないで…!」
「怒らないでほしいなら説明して!」
パーリィーピーポーマッチョ略してパリピッチョがわいのわいの盛り上げている中でべそべそマッチョちゃんはどう見ても浮く。
「すごく…お世話になった先輩がいまして……今日実はこの店のスタッフがテレビに出るってスタジオに呼ばれてるんです。あ、テレビはテレビでも地上波じゃないんですけど」
「へえ、すごい」
「それで結構スタッフ取られちゃって…臨時休業でも良かったんだけど、予約が入ってて…りゅう先輩が、どうしてもって…」
「公務員〜」
「あ、あ、あの、賃金は無しで!副業じゃないんで!えと、実家の手伝いみたいなものだから!」
「ふしだらな家業ですこと〜〜」
「あきとしぐん〜〜〜〜〜!」
それならそうだと最初から言えばいいのに。頼まれたから手伝いに行くのだと言われれば怒ったりしない。嘘ついてきたのが嫌で…むつっと顔を背けると何かヒソヒソ話す声がして目線だけ修くんに向けた。
「こんにちマッスルー!初めまして、りゅうマッスルでございマッスル!」
「ひ、ひえ……」
ぼんやりしてたらパリピッチョがきてしまった…圧倒されるほどの陽の圧におされてたじろぐ。
「すみません、修治誘ったのぼくなんです。修治だったら今でも絶対体作ってるだろうから…それにお願いしたらきてくれそうだなって。だから怒るんだったらぼくにしてよ。ねっ」
…ああ、この子が例の先輩か。修くんと似た系統のハンサムだな…顔のパーツのひとつひとつが整っている。けど…なんだろう。本能が叫んでる。修くんとこの子、ただの先輩後輩じゃないという…そういう空気。オーラ。
「初めまして。修くんの旦那の、牛尾彰利です」
「………」
旦那の、を強めにして。大人気ないかな。でももし万が一穴兄弟だったらイヤじゃん。
「…ホォー……ぷいってしてたからわかんなかったけど…ほお…」
「な……なんなの…こわ…」
キラキラを通り越してギラギラした目が近寄ってきた。
「超美形。ダウナー系セクシーでもろタイプ…いや十年!もう十年かな!うん!」
「はい?」
「修治のこと修くんって呼んでるんでしょ。ぼくのこともりゅうくんって呼んで。ぼくも彰くんって呼ぶから」
「えっ…い、イヤだよ。なんで…」
「っあーーー侍らせてぇ〜〜〜っ!彰くんとなつめさんでぼくをマッスルサンドしてほしい!はああ〜ん」
「ほんとになに…怖い…し、修く…」
恍惚と身をくねらせる不審者にビビって修くんに助けを求めたが、彼は「先輩と彰利くんが仲良しになって嬉しい!」と全面に滲むような満開スマイルで見守っていた。コラ!
「お詫びにチップ奢るね、彰くん。使い方教えてあげる〜」
「きゃー!イヤー!」
チップはここにいれて(はぁと)あん、もっと優しくしないと破けちゃう(はぁと)とセクハラかセクハラじゃないのかわからないいや明らかなセクハラを受けるという悲劇に見舞われつつ、半ば逃げるように会計をお願いした。会計に来たのは修くん…ではなく先輩だったけど。
「もうピーク過ぎたし、修治も上がっていいよ。今日はごめん、喧嘩しちゃだめだよ」
「はい。ありがとうございますりゅう先輩!」
珍しくキラキラしちゃって、まあ…修くんが着替えに下がったところで先輩がずいっと近づいてきた。
「彰くんさ、ぼくと修治のこと疑ってるでしょう」
「………」
「うふふふ。大丈夫、穴兄弟じゃないよ」
「…あ、そ」
「きみがぼくと寝たら、わからないけど」
「………はあっ?」
「なーんてね。今度金沢遊びに行くね、なつめさんと」
オレが先輩と寝たら穴兄弟になるって…もしかしてそっち?冗談?ほんと?ウキウキで出てきた修くんをもう一度叱りつつ探りを入れたけど真相は分からずじまい……オレ先輩嫌いかも!