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    アマリリス

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    アマリリス

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    凪椛 ラッキースケベ

    ##eitr二次創作
    ##凪椛

    アゲラタム ――唐突だが、オレは幸福にも不幸にも揺り戻しってものがあると思っている。あ、心の中の一人語りで誰も聞いちゃいないんだから前置きなんていらないか。
     とはいえ諸事情により続けさせてもらう。つまり、悪いことが起きたら次はいいことが起きるし逆も然りってこと。これは前に主任が要約してくれた説明を拝借してる。オレの説明よりずっとわかりやすい、流石主任だ。
     で、なんで今そんなことを振り返っているかっていうと。

    「……な、凪くん? 大丈夫?」

     目の前には主任がいて、しかもそれが恐らく着替え途中だったりするんじゃないかって格好で、オレは非常に動揺しているからだ。
     違うんだ堂々と覗きをしているわけじゃない、現にオレの両の目はそれはもう強く強くギュッと閉じている。一瞬見えてしまった光景が目に焼き付いて離れないって事情はあるけど、オレは他のことで頭がいっぱいだったというかいっぱいにしようとしているのかもしれない、それはどっちでもいいか。

    「おーい、凪くーん……?」

     主任が困っている、うん当然だよね。オレなんかが脱衣所に急に入ってきた上にギリギリ謝罪を絞り出してからは目を閉じて黙りこんでるんだから。
     疲れているだろう主任を一人にして早く風呂に浸からせてあげたい気持ちは山々なんだけどその前に一つだけ整理させてほしいことがある。

    「主任」
    「うん、なに?」
    「本当に申し訳ないんだけど、一回服を着直してもらっていいかな」
    「大丈夫、凪くんが目を閉じてくれた時にもうそうしてるよ」
    「あ、そうなんだ。よかった、さすが主任だ」

     目を開いてみると、確かに主任はしっかり服を着ていた。これで一安心、ではないけどひとまず迷惑を重ねることは避けられた。一歩前進だ。
     よし、これで目を閉じたまま部屋を出ようとして更なる大惨事を引き起こす可能性はなくなった。

    「よし。できるだけ急ぐから、少し待っててもらっていい? ちょっと今、主任に渡したいものができた」
    「うん、構わないけど……」
    「ありがとう。じゃあ、行ってきます」
    「行ってらっしゃい……?」

     しまった、こんなところで主任の「行ってらっしゃい」をもらってしまった。予期せぬ幸福だ。足元には十分気をつけよう。
     夜も遅いからなるべく大きな音を立てないように小走りでオレと夜鷹さんの『塗れ鼠、乾く』部屋まで向かう。夜鷹さんは夢十夜の仕事で遅くなると言っていたから、今はいないはず。
     部屋の扉を開けてそれが合っていることを確認してほっと息をつく。夜鷹さんは大人だから追求しないでいてくれるだろうけど、それでも今の状況はあんまり人に見られたくない。

    「あ……あった」

     自分の荷物というか花を確認して、さっと目的のものを手に取る。部屋を出てまた小走りで風呂場に向かっていると、ひどく怪訝そうな顔でオレを見る琉衣とすれ違った。今のオレはだいぶ不審な男に見えるだろうから怪しまれているのかもしれない。警戒を解くために友好の証としてピースしておいた。

    「いらねぇよバカ蜂乃屋!」
    「そっか。ごめん琉衣、急いでるから行くね」
    「うぜぇ……!」

     よし、オレにしては珍しく風呂場に戻るまでなんのアクシデントにも遭わなかった。なんて幸運なんだろう。これも主任のクローバーのおかげかもしれない。念のためノックをして主任の返事を聞いてから脱衣所に入る。

    「お待たせしました」
    「おかえり凪くん。……あ、ひょっとしてお花を取りに行ってたの?」
    「うん。今日の分、受け取ってほしい」
    「もちろん。……わぁ!」

     オレが手渡した花――バラの生花を見て、主任が明るい声をあげる。

    「綺麗なバラ……あ、お風呂に浮かべてバラ風呂にしていい、とか?」
    「うん。オレはやったことないけど、リラックス効果があるらしいから」
    「へぇ……! ありがとう凪くん。なんだ、そのために急いで取ってきてくれたんだね」
    「……」

     主任に真っ直ぐな笑顔を向けられて、ちょっと言葉に詰まる。そうだってことにしてもいいんだろうか。あ、今の理由だって嘘をついてるわけじゃないんだ。いつも忙しい主任にリラックスして欲しいのも本心。
     ただそれだけで済ませるのはカッコつけすぎっていうか、いや着替えを覗いちゃった時点でカッコつけられてはないか。でも主任にはちゃんと説明した方がいい気がする。

    「えー、っと。それだけじゃなくて」
    「え?」
    「……見ちゃった、ので。その分のお詫び」
    「えぇっ!?」
    「と、幸福分……」
    「み、見ちゃったのは……凪くんにとって、幸福なの?」

     主任が真っ赤な顔でオレを見る。上目遣いで見つめられるとこんな状況にも関わらず勘違いしそうになって危ない危ないと首を振った。
     これは照れなのか怒りなのか、優しい主任のことだからきっと照れなんだろうけど湧き上がってくる罪悪感が半端じゃない。

    「本当にごめん怖いよねセクハラで訴えてくれても構わない。潔く出頭して罪を償ってくるよこんなオレでももし邪な心を入れ替えることができたらまたここに帰って来てもいいでしょうか」
    「待って待って、訴えないから!」

     主任は脱衣所の出口に向かおうとするオレを引き留めて、ふぅと息をついた。心労をかけてしまって申し訳ない。

    「驚きはしたけど、凪くんはわざと覗いたりする人じゃないってわかってるよ。たぶん、入り口に掛けておいたドアプレートがひっくり返っちゃってたんじゃないかな」
    「……うん」
    「じゃあやっぱり凪くんは悪くないし出頭する理由もないよ。ね?」
    「でも、オレの下心が……」
    「そ、それはいいから。凪くんだって男の子だし、しょうがない……と、思います!」
    「ありがとう主任。健全な男の子でごめん」

     無事に花を贈れたしわかってもらえた。総合的に見るとさっき以上の幸福を積んでしまった気がする。部屋に戻ったら追加の花を用意した方がいいかもしれない。
     主任に迷惑をかけてしまった不幸と取るべきか自分の気持ちに正直に幸福と取るべきか悩んだけど、判断を間違えなくてよかった。

    「じゃあ、お騒がせしました」
    「いえいえ。お花ありがとう、凪くん!」
    「こちらこそ。受け取ってくれてありがとう」

     主任の笑顔に手を振って脱衣所を出る。そうだ、表側の『使用中』が見えるようドアプレートをひっくり返すのも忘れずに……と。

    「……よし」
    「何が「よし」だ、変態野郎……ッ!」
    「えっ、わ、あぁぁ」

     視界がぐらぐらする。どうやら首根っこを掴まれているらしく、揺れに揺れる視界の中で人影が見えた。

    「く、苦しい……」

     なんとか意思表示するとぱっと解放される。まだ世界はぐらついてるけど、目の前の琉衣くらいはちゃんと見えるようになった。

    「……はぁ、助かった……」
    「オイ蜂乃屋。言い訳はあるか」
    「えーと、言い訳というのは」
    「あぁ? あいつ……主任が使ってるはずの風呂場から出てきた言い訳に決まってんだろ」
    「あぁ、なんだ。それか」
    「それしかねぇだろうがッ!」
    「あわわわ揺れる揺れるごめんね」

     ガクガク揺さぶられながら考える。こんなに怒ってるってことは、琉衣は主任を心配してくれているのだろうか。それは嬉しいことだ。それに、オレのことも道を踏み外してはいないかと気にかけてくれているのだろう。また新しい幸福を積んでしまった。

    「うーん」
    「なんだよ」
    「いや。……幸せだなって、思っただけ」
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