愛?「悠介、探したよ」
後ろからちょっと息を切らした声がした。
「あれ、監督。どうしたの……わっ!」
振り返ろうと思った瞬間、風がざぁっと音を立てて、視界一面の花たちが一斉に揺れた。揺れ方はバラバラで、ぐーっと横に広がるのもあればそよそよ揺れてるのもある。
キレイだなぁ。花の名前はほとんどわかんないけど、それだけはわかる。
「……綺麗だね」
監督は一言、それだけ呟いた。
オレがやっと振り返ると、恋するみたいなキラキラの目を、花の一つ一つに向けていた。
それがすぐオレに向いて、いつもの監督になる。いつもみたいな優しい目に。
「へへ。オレも見とれちゃってた」
「うん……なんだか、圧倒される」
そのまま二人で花畑を眺める。この時間がずっと続けばいいのに、なんて思いそうになった頃、風はやっと収まって花畑もいつもの顔になる。
よし。もう一度監督の方に振り返って駆け寄った。
「ごめん監督、オレに用だった?」
「ああ、用ってほどじゃないんだけど。姿が見えなかったから、なんとなくね」
すぐに見つかってよかった、と監督が笑う。
「へへ、ゴメン。ここの花畑ってすごくキレイだから、時間があるんだったらもう一回見ときたいなって思ってさ」
「そっか。じっくり堪能できた?」
「うん!」
「ふふ。それならよかった」
青空に、花に、蝶々に、今は監督の笑顔も。ここはキレイなものだらけで、どんなに長くいても飽きる気がしない。
「悠介」
「ん、何?」
「ん……はは、あー……そっか」
……さすがに監督にはバレるよなぁ。
「オレ、またカッコ悪くなってるなぁ」
「享介ってさ、すごいよな?」
「うん」
「隣で見てるとたまにびっくりするんだ。あいつの信じる気持ちっていうか、自信? にさ。そういうトコ、尊敬してるっていうか」
「それは、悠介にも言えることだよ」
監督が当然みたいに言った。向き直って顔を見ればわかる。本気で言ってくれてるんだってこと。
「へへ。監督はそう言ってくれると思ってた!」
眩しいな。こういうとこもあいつに似てる。
……なんか変な空気になっちゃった。なんとなく目を逸らす。
オレが何思ってるのか、きっと監督にはすぐバレちゃうから。いつもは心地いいけど、こういう時はちょっと困る。
「……悠介」
ほら。隠せないんだ、やっぱり。
「……ん」
「悠介、こっち向いて」
「……? って、わぁ!」
「……監督、怒ってる?」
「怒ってない。こっち向いてくれる?」
「顔が怒ってるんだってば! 向くけど!」
監督、顔に出やすいんだって!
「はい、向いたよ」
「ありがとう。じゃあ、また同じこと言うね」
「え〜? いいって、恥ずかしいし!」
「悠介がよくても言いたいから、言わせて」
「ヤダ! って言ったら?」
「頷くまで聞き続けるから、困ると思う」
そんなこと真面目な顔で言うから、思わず吹き出した。監督、ホントにやりそう。
「悠介は、ちゃんと信じられてるよ。享介も一緒がいいって、二人が望んで選んだんだって……私が言う前から、わかっていたんだから」
「ごめん。監督の言葉、信じてないわけじゃないんだ」
「うん。大丈夫、わかってるよ」
「うん……」
「……オレが思ったのは、監督のことでさ」
「……私?」
「うん。享介ってさ、監督のこと大好きだろ?」
「そう……だね、そう言ってくれるね。あはは、自分で肯定するのは、少し気恥ずかしいけど……」
「はは。言ってる方は堂々としてるんだよなー」
享介はすごいやつだ。生まれてからずっとそう思ってるけど、最近は今までより何倍もそう思うことが増えた。
だってオレ、好きとか大好きとか、あんなにまっすぐ伝えられる自信ない。照れるし……ちょっと怖いから。
しゃがみこんで足元の花に手を伸ばしてみる。監督はこの花も綺麗って思ってくれるかな。
「あいつ、監督のこと信じてるんだ。本当に」
「うん」
「あっ、オレだってそうだよ。信じてるし、尊敬してるし……」
「ふふ。大丈夫、伝わってるよ。ありがとう」
監督がいてくれるから今のオレがいる。……それ以外の気持ちも、いろいろある。気持ちの強さは誰にも、享介にだって負けてない。
でも、監督のことをよく理解してるのはあいつの方だ。
「監督、聞いてる?」
「うん。」
「んー……ん〜〜……」
「ちょっと不安で、ちょっと心配になっただけだよ。監督がいなかったらきっと、すぐに忘れるようなことっていうかさ」
下を向く。
ホントはこんなの比べるものじゃない。そんなのオレだってわかってるよ。わかってるけど。