悲鳴嶼は夏が嫌いだ。
夏生まれだが、暑さに強いわけではないしマリンスポーツが好きなわけでもない。筋肉量が人並み以上にあるために体温は高く、暑さを感じやすい。
ここ最近、より一層夏が嫌いになった一番の理由は悲鳴嶼の愛しい恋人のせいである。
紆余曲折の末にお互いの気持ちを知って晴れて恋人になり、そして今現在同棲するまでに至った。自分で言うのもなんだが、うまくいっていると思う。
だが、しかし、だ。
一緒に暮らしていて夏が嫌いだと悲鳴嶼は何度も思った。
実弥は暑がりである。
暑がりだが夏が嫌いなわけではないらしい。
悲鳴嶼はスキンシップが好きだ。よく言えば構いたがりで悪く言えば束縛しがちなのだと思う。小さい頃、家で飼っていた茶トラの子は母のことが一番大好きで、よく悲鳴嶼の手からするりと抜け出し母の膝の上に行ってしまっていた。母にお前は構いすぎなのよ猫は自由が好きなのよと言われて、幼い悲鳴嶼はショックと共に動物との距離を学んだと思う。
学んだとは言え本心はやっぱり撫で回したいし抱き締めたい。それは猫相手だけではない。自制しているが、愛しい恋人が側にいたら腕の中に閉じ込めて触れていたい。再度言うが、精神物理共に重くて嫌われたくはないからこれでも自重しているのだ。
話を元に戻そう。
悲鳴嶼は夏が嫌いである。
それはひとえに悲鳴嶼の暑がりな恋人が悲鳴嶼のスキンシップを暑くて嫌がるからであった。
一緒に暮らして初めての夏を迎えた時、最初はなにか違和感があるなと思っただけだった。しかし、それはすぐに確信に変わった。明らかに実弥に避けられている。
家に帰ってきてただいまとハグしようとするとするりとかわされたり、テレビで映画を一緒に見ようとしてもソファに離れて座ってしまったり。極めつけは、夜寝る時にはいつもは悲鳴嶼が背中から抱え込んで腕枕で眠っていたのに、暑いんでと言って悲鳴嶼の腕から抜け出してベッドの端に行ってしまったことである。
なにか彼を怒らせるようなことをしただろうかと焦った。もんもんと考えても答えは出ない。そもそも夜の行為は今まで通りで拒否されることはないから余計混乱した。それとなく実弥に聞いてみるも、彼はあっけらかんとなにもないと言う。それに実弥はなにかあればはっきりと言ってくれる人だ。
しかし、いよいよ夏の盛りに差し掛かると言う時、実弥にしばらく離れて寝ませんかと言われてとうとう悲鳴嶼の涙腺は決壊した。
だばーっと無言で涙を流した悲鳴嶼に実弥はぎょっとした表情を浮かべて、そんなに泣かなくてもと言って悲鳴嶼の涙を拭いてくれた。
「すまない……、なにか私が君を怒らせているなら教えてほしい……」
怒らせている原因すら気付けていないと言うダメさ加減に呆れられるかもしれないが。
「え、別に怒ってないですけど」
実弥は今度はきょとんとした表情を浮かべた。
「でも、私とは一緒にいたくないのだろう?」
自分で言って自分にダメージが入る。
「君が少し前から私を避けているのは気付いていた……」
「え、俺避けてました?」
驚きの声に悲鳴嶼の方が驚いた。
「抱き締めようとするとかわされるし、一緒に寝てくれないし、キスの回数も減った」
「ああ、たぶん。悲鳴嶼さんに抱き付かれると暑いからです」
「え?」
「悲鳴嶼さん体温高いでしょ。俺、暑いの苦手なんですよ」
と、これまたあっけらかんと言って、それから申し訳なさそうになんか誤解させたみたいですみませんと謝ってくる。
どうやらこれまでのことは無意識の行動だったらしい。それはそれでちょっぴり傷付いたが口にはしなかった。
しばらく離れて寝ようと提案してきたのも夏の間は暑いからだけのことだった。それならエアコンの設定温度を下げればいいと悲鳴嶼が言ってみても、エアコンの風あんまり好きじゃないんですよと返されてしまう。
結局、夏の間はベッドの端と端で寝るはめになったし、満足に実弥に触れることもできなかった。
そんな恨めしい夏が終わって悲鳴嶼待望の秋が来た。しかし季節はすぐにまた夏になってしまう。
悲鳴嶼は夏が嫌いだ。
実弥に思う存分触れられない夏が。
でもかわいいものには触れたいし愛しいものは抱き締めたいじゃないか。それは宇宙の真理だろう。