タイトルは考え中 愛する人はさいごまでエゴイストだった。
蝉の声。
潔と歩くどこかの小道。
入道雲は空高く、どこまでも行けてしまいそうな気がした。
『もう疲れたんだ』
潔の言葉。
『じゃあ、全部捨てて、どっか行こう』
少年だった。
どこまでも行けると信じている、万能感に溢れた子ども。
必要最小限の荷物と、サッカーボール。
ドリブルをして、パスをして、どこかにあるゴールを探していた。
何もかも投げ出した自分達はどこまでも行けるって信じていた。
『蜂楽、ここまでありがとう』
潔は持っていたボールを蜂楽に渡した。
『潔?』
『ここまででいいよ。俺、ここから先は一人で行く』
そう言って潔は一人で走っていく。
『待って!』
蜂楽は追いかけた。
潔ってこんなに足が早かったっけ。
蜂楽は追いつけない。
崖の上、潔が振り返る。
笑ってた。
両手を広げて落ちる。
落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる。
崖の下に、広がる赤い彼岸花。
蜂楽は絶叫した。
「っは……!」
蜂楽はがばり、と起き上がる。
そこは自室。
日本のプロサッカー選手として生きている。
「夢、だよね」
もう少年とは呼べない。成人したのだから、あれは夢だ。
それでも、あまりにリアルな夏の気配がこびりついている。
今はオフシーズン。
夏じゃない。冬だ。
ベッドを降りれば、床がヒヤリと冷たい。
自室を出て、隣の扉をそっと開ける。
そこは一緒に暮らしている潔の部屋。
起きることのない潔は、静かに穏やかに眠っている。
蜂楽はほっとした。
良かった。やはりあれは夢だ。
「んん……」
潔が目をうっすら開く。
「ばちら……」
「あ、起こしちゃった? ごめん」
「ど、した」
「怖い夢見ちゃってさ。でも潔の顔見たら落ち着いたから、大丈夫」
笑ってみせたところ、潔は布団を持ち上げる。
「潔?」
「はやく、……寒い」
意図を察した蜂楽はそっと布団の中に入る。
潔の匂い、体温。
ほっと胸が温かくなる。
夏の残滓が剥がれて、どこかへ流れていく。
「どこにも行かないでね」
すっかり寝直してしまった潔には、言葉は届かない。
それでいい。それでいいんだ。
次に見た夢の中で、潔はコートの中、ハットトリックに喜んで、蜂楽はいつものように背中に飛びついた。
楽しい夢。
その後、久しぶりにかいぶつが出てきた。
大丈夫、と一言。
何が?
問いかけに答えることはなく、優しく笑っていた。
「潔」
キッチンでケトルがゴボゴボと鳴っている中、リビングでテレビを見ている潔に声をかける。
「どうした?」
潔がソファからキッチンにやってくる。
「ケーキ、どれ食べるの?」
「んー。ショートケーキかな」
「飲み物はコーヒーでいい?」
「うん」
貰い物のケーキは四つ。ショートケーキ、チョコレートケーキ、マスカットのタルト、ピンク色の何かわからないケーキ。
「じゃあ俺はこのわかんないやつにする」
「大丈夫なのか?」
「ま、どれでも美味しいと思うし、甘いもの好きだから大丈夫」
選ばれたケーキを皿に移す。
潔は皿とフォークを持ってリビングに持っていく。
蜂楽は潔用のコーヒーを淹れて、自分はココア。
両方を持ってリビングに行く。
マグカップを置くと、ありがとう、と言われる。
「じゃ、おやつ、いただきます!」
フォークを持ってケーキに切れ込みを入れて、口の中に運ぶ。
「お、これちょっと酸っぱいけど美味しい」
どうやらベリー系のケーキだ。
「いさぎー、はい、あーん」
声をかけると、潔がごく自然と口を開ける。
そこにケーキを入れる。
「じゃあ、こっちも、はい」
ショートケーキの乗ったフォークをぱく、と食べる。
「やっぱり、ケーキの定番って感じだね。美味しい」
蜂楽は機嫌良くにこにこする。
テレビでは、ニュースが流れる。
ニュースキャスターが遠くで起こった不穏な事件について、淡々と原稿を読み上げている。
オフシーズン以外は、日々のトレーニングと試合でニュースを見ることはあまりない。
元々、蜂楽はニュースなんてあまり見ないのだけど。
暗いニュースの次もまた暗い話。
あの夢が蜂楽の脳裏でリフレインする。
やめた、やめた。
蜂楽は頭を振って、楽しいことを探し始めた。