6月某日 新東京市内ビジネスホテル504AM5:35
半端に開いたカーテンから朝日が差し込み、セミダブルベッドに柔らかい光を落とす。
横になっていた女は目を細める。
身動ぎすれば、白いシーツに巣を張っていたウェーブの金髪がするすると動き、少し汗ばんだ首に纏わりつく。
布が擦れる音。女は裸だ。
仕切りを隔てた向こうから、蛇口を捻る音が聞こえてくる。
「朝から忙しいのね、支部長様は。」
女が寝返りを打ちながら声を掛ける。
隣で寝ていたはずの"支部長様"は、洗面所を後にすると白いワイシャツに腕を通しながらベッドの方を一瞥した。
華奢な指先が手早くボタンをかけていく。
「すぐにでも片付けたい案件が山積みなんです。」
裾をスラックスにしまい込む。
「…先日保護した監視対象の状態も気掛かりですし。」
腰まで伸びた、重い後ろ髪をかき上げる。
その仕草を目で追いながら、そう、と視線で答える。
「ねえ、下着、透けてるわよ。」
「下手な嘘で引き止めないで下さい。」
カチャン。
女の目線の高さに配置されたサイドテーブルに、部屋の鍵が置かれる。
「チェックアウトは10時です。私は先に。一人の時間を楽しんで。」
そう言って身を翻し玄関先へ向かう”支部長様”の背中が、透き通ったカッパー色のホルダー越しにぼんやり映る。
女は、ふと鍵の隣に数枚の現金が置かれていることに気が付いた。
「———」
体を起こし、しっかりと視界に捉える。形容し難い苛立ちが込み上げてくる。
一、二、三、…四万円。
ぐしゃりとそれを握りつぶした。
「三条慧子……私をなんだと思ってるのかしら?」
「…貴女が一番欲しいモノはよく理解しているつもりですよ、安達伊予。」
ようやく二人の目が合う。
そしてその悪びれない——緩んだ口元に、女は心底腹が立った。
足元を見られるほど金銭感覚に差異はない。仕事で得られる相応の報酬こそが最大の生き甲斐であると公言したこともあるが、ならば昨晩私は貴女に奉仕したのか?と胸ぐらを掴んでやりたくなったのだ。こうなったらもう、彼女が今まさに履こうとしているシルバーのミドルヒールも、手に持った真っ黒なバーキンも全て癪に触るのだ。
「さすがは高・尚・な女ね。称賛の言葉しか持ち合わせていないわ。」
その背中に向かって言い捨てる。
静かにドアが閉まった。
どこかの男が、彼女を高潔な女性などと宣い、更には特別に目をかけ厚遇していたことを思い出す。
———ああ、全く、見せつけてやりたいものね!