異端者の集い「お前、俺の家臣になるニャ!」
そう突然言われた数年前
半ば強制的に織田家の家臣となった私『明智光秀』は異端の新参として殿や織田家家臣らから目をつけられていた。
私の出自に関しても織田家と特に関わりはなく、斎藤道三、朝倉義景、足利義昭等以前すでに別の当主らを転々としながら仕えていたという立場となると、やはり異端者と見られて当然だろう。
もっとも、その程度のことは覚悟していたゆえ、特に問題はないのだが
しかし、殿…尾張の大名『織田信長』という、今が全盛期であろうお人から、名も知られておらぬただの武士である私が目をつけられるとは、やはり疑問だ。
しかし、まだお若い殿であれば、そのような唐突なスカウトも気にしていなかったのだろうか。彼が身分問わずの実力主義だという噂は、まことだったのだろう。
あの日から数年が経ち、織田家を観察してきたが、異端であったのは殿だけではないことがわかってきた。
殿が出陣するとなれば大抵の場合、謎の大きな動物を連れてくる。のちに、彼が農民上がりであるにもかかわらず気に入られ、墨俣一夜城以降勢いよく出世していったあの『木下藤吉郎』だと知ったのは、つい最近だった。いや…今は『羽柴秀吉』だったか。
殿が彼を「可愛い」と高らかに笑っているところを見れば、私に関してもただ「可愛い」という理由で勧誘した可能性が有り得るゆえ、良くも悪くも『異端児』で恐ろしい。
また、初期の頃は厳ついこわもての家臣に、すれ違いざまによく睨まれていた。彼は『柴田勝家』と言って、少々関わりづらいが良いやつなんだと、未だ家臣の中では若手で槍使いの『前田利家』が困ったように話していた。
異端といえば
以前、ある猫物に声を掛けられたことがある。
「明智光秀殿、でいらっしゃいますか」
振り返ればそこには、落ち着いた身なりに、丁寧な物腰で話す男がいた。
「…あなたは。噂には聞いておりましたが」
「ご存知いただけていたとは。光栄に存じますニャ」
目元は一本の線。まるで表情が変化しない。
「改めてご挨拶申し上げます。
私は『丹羽長秀』と申します」
___鬼五郎左。
噂には聞いていた。かつて六角家との戦にて、一日にして城を陥落させたとの勇ましい戦いぶりをしたあの男。
だが、それが彼なのかと誤認してしまうほど、目の前の男は至極冷静であった。
「明智殿、少々宜しいでしょうか」
「は、はい」
少し反応が遅れた。それほどまでに私は、彼の底知れぬ気配に圧倒されていた。
「殿の元に仕えて日も浅いと聞きます。ですが、すでに多くの思案をしておられるご様子」
「え、ええ。私も新参者ですニャ。殿に信頼していただけるよう、務めを果たすことに専心する所存で」
「…"務め"、と申されますか」
自然と彼のペースに引き込まれてしまう。彼は顔を上げ、真っ直ぐにこちらを"観察"するように顔を向けてきた。
「務めとは、猫を試すものですニャ。己の心に揺さぶられ、成すべき務めを見失う者もいる。
しかし、織田家においては、それは稀。何故か、わかりますか」
「…申し訳ございません。私には少々、理解しかねますニャ」
「…つまり。支える主への信頼を、絶やしたことがなかったからです」
「…」
「一見、乱雑な物言いで素っ頓狂な事を話しておられるように見えます。しかし、そのような者こそ、時代を変える素質がある。そう信じているのです。
ある当主はこう言いました。『たかが尾張の大うつけが』と。
しかし、その『大うつけ』こそ、今まさに天下を統一しようとしている。
猫の腹の内は、わからぬものですニャ。他であろうと、己であろうと」
そのとき、彼の糸のように細められた目が、一瞬開いたような気がした。
「…明智殿。貴殿の"焦り"が、どうか思わぬ方向に向かわぬよう、私はそう願っておりますゆえ」
そう告げると、彼は「では、失礼」と背を向け、静かに去っていった。
背筋が凍ったような感覚がした。私はしばらく動けなかった。
それからというもの、私は織田家の『異端さ』に意識を置くようになった。
織田家の家臣には、まだ多くの異端者がいた。
織田家の中でも高齢で、柔らかい物腰でありながら火縄銃を扱う技術は頭一つ抜けている『滝川一益』
己を鼓舞するかのように、毎日駆け回っている、暑苦しい男『佐々成政』
厳格でかつ堅く揺るがぬ意志を持った武士であり、殿の乳母兄弟である『池田恒興』
その娘婿であり、16つの時、初陣で27もの敵兵を単騎で討ち取った、鬼武蔵の異名を持つ『森長可』
そのどれもが、確かに『異端』だった。
類は友を呼ぶとは、こういうことだろうか。
しかし確かに、実力は申し分ない。殿の采配も見事なもので、無鉄砲に見える作戦でありながら、真の意味は情報が鍵を握っていた『桶狭間の戦い』から最近のものまで、すべて理に叶っていて、奇才であった。
私は正直、この男を見くびっていたのかもしれない。
今なら、丹羽殿が言っていたことにも実感が湧く。
「どうか思わぬ方向に向かわぬよう」
私はいずれ、壮大な危機に"焦り"で立ち向かってしまうのだろうか。