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    coromorisio

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    創作お題メーカー(https://shindanmaker.com/242953)より「8月」「病院」「苦痛」
    創作BL、すべてフィクション
    微ホラーもどき

     妊娠中の妻が転んだと連絡を受けた時は、目の前が真っ暗になった。
     職場を早退して病院へ向かった。眩暈がしそうなほど暑い。
     幸いにも、母子ともに影響はないらしい。念のため、1泊だけ病院で休むこととなった。白いベッドの上で申し訳なさそうに微笑む妻を見て、やっと呼吸ができたかのような心地だった。
     彼女が入院する大部屋を後にすると、もう夕方が近かった。廊下には、8月のきつい西日が差している。窓は閉められているのに、蝉の声がジワジワと聞こえる。安心したら、急に外の音や温度を意識して、どっと疲れた。
     顔を上げると、向こうで誰かがうずくまっているのが見えた。はっとして駆け寄った。入院着を着ている。
    「大丈夫ですか」
     点滴スタンドをぎゅっと握ってしゃがんでいたのは、高校生くらいの少年だった。顔色は真っ白で、苦痛に歪んでいる。ふさふさとしたまつ毛を震わせて、何かに耐えるように眉を寄せている。
    「あの、誰か看護師さんを、」
     とにかく俺では対処しきれない事態かもしれない。そう言って周囲を見回すも、廊下には俺しかいなかった。
     手首を掴まれて思わず肩が跳ねた。少年の手が氷のように冷たかったからだ。
    「……、あの、大丈夫……です」
     彼がそう言って立ち上がろうとする。慌てて背に手を回して支える。とても細かった。
    「でも、」
    「ちょっとふらっとしただけで」
     彼は気まずそうにこちらを見て、頭を下げた。耳にかかっていた、伸びっぱなしの前髪が揺れる。
    「すみません」
    「いや、いや、大丈夫ならいいんだけど。でも誰かに伝えたほうがいいと思う、」
     言いかけたところで、少年が困ったように薄く笑みを浮かべた。先ほどまでの苦痛に満ちた表情とは異なり、穏やかだった。
     本当にもう平気なのだろうか。しかし、心配だ。
    「あの」
     どうしようかと悩んでいると、彼が口を開く。
    「ご迷惑でなければ、部屋まで送っていただけませんか」
    「っ、もちろん」
     ほっとした。一人で歩かせて、倒れでもしたら心配だ。でも、俺から彼の行き先を聞き出すのは、よくないことだと思っていたところだった。
     彼が点滴スタンドを引いて、ゆっくり歩き出した。その背を、少し距離を取って、しかし注意深く追う。
    「トイレの帰りだったんです」
    「そうか、」
     彼のスリッパの音と、俺の靴音、スタンドの車輪が回る音。少し長い髪に覆われた、丸い後頭部を見つめる。
    「お兄さんは、どこか具合が悪いんですか?」
     前を歩く彼が顔だけ振り返る。話しかけてくる様子を見ると、体調は少し良くなったのだろうか。
    「ああ、妻が……家族が少し怪我をして。その様子を見に」
    「そうなんですね」
     西日がひどく眩しい。彼の表情が見えなかった。
     それから少し歩いて、長い廊下の端にある部屋の前で彼が立ち止まった。
    「ありがとうございました」
    「うん。お大事に」
    「はい」
     お互い頭を下げて、彼が中に入っていったのを確認して踵を返す。
     少し歩いて、急に気づいた。
     あれは彰人だ。

     彰人は、俺の幼馴染だった。
     体が弱かった彼は、17歳の夏、卒業を待たずして亡くなった。
     茹だるような日差しの中、彰人と同じ制服を着て葬儀に参列した。俺の母は、彼の両親とともに肩を震わせて泣いていた。
     振り返る。
     オレンジ色の西日に照らされて、俺の影が長く長く伸びている。
     そして、影だけがそこにいた。
    「なんだ」
     廊下の突き当たりには影だけがある。
    「僕のこと、ちゃんと覚えてるんだ」
     真っ黒な影がある。
     それはゆらゆらと揺れていた。
     いつまでそれを見ていたのだろう。突然、面会終了時刻を知らせる放送が流れた。
     廊下の反対側を、書類を抱えた看護師が、俺の顔を見ながら歩いていった。
     もう、16時だった。
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