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    square_osatou

    @square_osatou

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    square_osatou

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    完結しなかった……
    今回も途中まででお許しください。

    憧れた人魚〜人間になるビーム〜「じゃあ明日は、ダンスと食べ物と、リボンの結び方、教えてくださいね」

     キラキラと瞳を輝かせながら、人間の世界のものを要求する人魚に惹かれているのだと自覚するのに、そう時間はかからなかった。
     ヌキジマは生まれて初めて誰かに期待された。誰かに必要とされた。また会いたいと言われた。キスをされた。カクザトウとのやりとり一つ一つが、ヌキジマの色のない人生に彩りを添えた。

    ――カクザトウも、同じ気持ちだろうか。

     こんな風に思うのは、人生で初めてだった。
     勉強も手につかず、そわそわとして落ち着かない。貰った髪と鱗を眺めては、カクザトウと過ごした時間に思いを馳せる。
     カクザトウに会いたい。あんな一瞬の出来事だけでは満足できない。ずっと一緒にいて、人間の世界を見せてやりたい。いっそ、自分のものにしたい――。
     そんな感情が際限なく湧き上がっては、ヌキジマを苦しめた。
     居ても立っても居られなくなったヌキジマは、カクザトウに食べさせる為にサンドイッチを作ってやることにした。
     このぐらいの軽食なら、家の使用人に作らせて持っていけばいいのだが、カクザトウの口に入れるものなら自分が作りたいと思ったのだった。
    ガドルの肉で作ったハムとチーズの入った簡単なものしか作る事ができなかったが、手作りにしては上出来だろう。
     少し多めに作ってしまった。
     一緒に食べたら、こんな自分の作ったサンドイッチでも、美味しく感じるのだろうか。

     そんなことをしているうちに、昼過ぎになってしまった。
     今日は勉強のない時間に抜け出したいのだ。急いでリボンと出来立てのサンドイッチをバスケットに詰めて、海岸へ向かう。
     いつもの岩場へ行き、ヌキジマは水面を叩いた。
     すると、水面に大きな影が現れて、カクザトウが顔を出した。
    「ヌキジマさん、こんにちは。今日もいろいろ見せてくれるんですよね!」
    「ああ、持ってきた。サンドイッチ……えっと、人間の食べ物が冷めないうちに、早く食べよう」
    「わあ、人間の食べ物って本当に暖かいんだ……!」
    「まあ、冷たいものもあるけどな」
    「人魚はエネルギー源になる液体を飲んで暮らしてるんです。美味しく感じる温度とか、そういうのはなくって。味もそんなにしないんです。誰でも好き嫌いなく飲めるように。あーっと……たしか……いただきますって言うんですよね!」
    「そうだ。挟まってるガドル肉も、黄色いやつも、挟んでるふわふわのやつも、全部他人の命から出来てる。だから、それに対して頂きますって言うんだ」
    「へえー。じゃあ、改めて! いただきます」
    「いただきます」
     カクザトウはヌキジマ手製のサンドイッチにかぶりついた。初めて固形物を受け入れたカクザトウの胃がびっくりして、今にも戻してしまいそうだった。
    「んぇっ……、お腹にくる……! でも、すっごく美味しい!」
    「慣れてないんだから、あんまりがっつくなよ」
    「この伸びるやつはなんですか!? ネチョネチョしてて変な感じ……。匂いも強いし……。でも、このピンクのやつと食べると美味しい」
    「チーズだ。発酵……って分かるか? 牛乳って液体を人工的に腐らせて、固形物にするんだ」
    「発酵なら水中でもできるんですよ! 物好きな人魚しかやりませんけど……」
    「人魚も発酵食品を作るんだな」
    「ええまあ……。アタシは食べなかったですけどね。こっちのピンクの薄いのはなんですか?」
    「ガドルの肉を燻製……えっと、煙で香りをつけて塩漬けにして、薄く切ったものだ」
    「がががガドルの肉ぅ!?」
    「そうだが……? 人魚はガドルが海にいるのに、ガドルを食べないのか?」
    「たっ、食べませんよ!」
    「そいつは損だな。美味いのに」
    「確かに美味しいですけど……これがあのガドルの肉だなんて……」
    「貴重なタンパク源だ。食っとけ」
    「はぁい……。じゃあこのふわふわしたものは?」
    「小麦っていう植物の粉と、水とか牛乳とを混ぜて捏ねて、発酵させるんだ。そのあと形を整えて焼くとこれができる。パンっていうんだ」
    「パン! これがパンなんですね! 人間のオキソンだ! 文献で読んだことがあります。やっぱり読むのと見るのじゃ全く違うなぁ! とっても柔らかくて、いい香りがして……!」
     カクザトウはその場でサンドイッチを持ってくるくると回っていた。
     色々と説明しなくてはならないのは少々面倒だったが、カクザトウの新鮮な反応は面白い。
    「うぅ……回ったら気持ち悪く……。おぇええ……!」
     慣れない固形物を入れただけでなく、激しく動いたために、カクザトウは食べたサンドイッチをオキソンごと戻してしまった。
     ヌキジマは背中をさすって介抱してやる。
    「あーあー、はしゃぐから……。ほら、残りはあたしが食べるから寄越せ」
    「うう……。はぁい……」
     カクザトウは渋々食べかけのサンドイッチをヌキジマに手渡した。少し湿ったそれは、塩味を帯びていた。
     カクザトウは申し訳なさそうに、その場でぶくぶくと泡を立てている。せっかく作ってもらったものを台無しにしてしまったのを悔やんでいるのだろう。
    「ほらカクザトウ、リボンの結び方教えてやるから。機嫌直せ」
    「……いいんですか?」
    「こんなことでカクザトウを嫌いになったりしない。慣れないものを口に入れたんだから仕方ないだろ。あたしも、もっと食べやすいものにすべきだったよ」
    「そんな……! アタシが悪いんです、アタシが、調子乗ったから……」
    「遅かれ早かれ吐いてたろ」
    「ああ、ひどい!」
     ヌキジマは久しぶりに笑っていた。
     カクザトウは頬を膨らませて怒っていたが、ヌキジマの笑顔に釣られて次第に笑顔になった。
     ヌキジマがこんな風に笑うのはいつぶりだろうか。いつも眉間に皺を寄せるような表情をしていた気がする。カクザトウといる時は、自然と表情が豊かになった。
    「……ほら、これがリボン結びだ」
    「うーん、難しい……。うまく結べないです」
    「お前、思いの外不器用だな……!?」
    「だってこれ難しいですって! ……って、ああ!? 手首がー!」
    「なんで自分で自分の手首を縛れるんだよ……。貸せ、解くから」
     仕方なく、カクザトウに絡まったリボンを解いてやる。どうもこの人魚はなかなかの不器用らしく、リボン結びを教えるのも一苦労だった。何度も失敗しながら、ようやく結べるようになった。
    「結べました! わあ、可愛い!」
     カクザトウは満足そうに自分で結んだリボンを手にとっている。
    「カクザトウ、ちょっと」
    「? なんですか?」
    「……あたしのリボンだ。使わないから、カクザトウにやるよ」
     そう言って、カクザトウの頭にリボン飾りをつけてやった。何かの贈答品で貰ったものだったが、ヌキジマの趣味ではなかったので仕舞い込んでいたものだ。確か、貰ったのは十何年も前のことだったが。
    「わぁ、これ、すっごく可愛い……! いいんですか!? えへ、えへへ……!」
    「この間の髪と鱗のお礼だ」
     鏡を覗きながらうっとりとしているカクザトウを見て、ヌキジマはこんなにも可愛らしい生き物がいるのかと思った。機嫌取りのように与えられた好みでもなんでもない髪飾りで、こんなふうに喜ぶ人魚が愛おしかった。
     ふいに頭を撫でてみる。
     濡れた銀色の髪は太陽の光でキラキラと煌めき、青みがかった肌に赤みがさす。鮮やかなピンク色の瞳がこちらを不思議そうに見つめていた。
    「……いや、思わず……可愛いな、って……」
    「……これ、似合ってます?」
    「ああ、似合ってる」
    「やったあ! 嬉しい、ありがとうございます! これ、ずっと大切にします!」
     髪飾りなんかなくたって、カクザトウは――……。
     そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。カクザトウといると、自分らしくもない事を次々と言ってしまう。人魚の魔力だろうか。きっとそんなものはないのだろうが、そう思わないと自分が納得できなかった。
    「ヌキジマさん、ダンスも見せてください! アタシとっても楽しみだったんです」
    「それなんだが……」
     ダンスは基本的に二人で踊るものだ。一人で踊れなくもないが、できる事ならカクザトウと一緒に踊りたい。
    「えー! じゃあ、今日はダンス見られないって事ですか?」
    「すまない」
    「そんな! いいんです。無理を言っちゃったアタシが悪いんですから! じゃあ今度は……」
    「なぁ」
    「はい?」
    「あたしはカクザトウに会えるだけでもいい」
    「え?」
    「何を見せるとか、教えるとか、そういうのがなくても、カクザトウに会いたい」
    「え……じゃあ」
    「うん、明日も来るよ。なにも無くても、会ってほしい」
    「アタシも……! アタシも、ヌキジマさんと会いたいです。こうやってお喋りして、ずっと、ずっとこんな時間が続けばいいって……! あっ」
    「どうした」
    「ずっとだなんて、そんなの、迷惑でしたよね。すみません……」
    「そんな事ない。あたしも一緒だ。カクザトウとずっと一緒にいられたら……って、思うんだ」
    「ヌキジマさん……! 明日もきっと来てくださいね、明後日も、その次の日も!」
    「行く。いつか一緒に踊ろう。教えてやる」
    「はい!」
     カクザトウは溢れんばかりの笑顔をこちらに向けた。こんな顔をするのは、自分の前だけであってほしいと願ってしまう。
    「……じゃあ、また明日」
    「はい、また明……んっ」
     カクザトウが言い終わらないうちに、ヌキジマが口づけた。これで三度めだ。驚いている隙に、小さな舌をカクザトウの口に滑り込ませる。
     潮の味がした。
     逃げようとするカクザトウを抱き寄せて、頭の後ろに手を回し、潮の味を薄めるかのように自分の唾液を流し込んだ。こちらからねじ込んだ舌を押し戻すように動くカクザトウの舌と自分の舌を絡ませて、いつもより長く深く口づける。
     カクザトウは目をぎゅっと固く閉じていた。いつもは澄ました顔で口づけてきたのに、今日は小刻みに震えながら必死になって目を閉じている。そんなカクザトウの姿に、つい追求を激しくしてしまう。
     時折カクザトウの苦しそうな声が聞こえたが、それすらもヌキジマを満足させる要素にしかならなかった。
     たっぷりと時間をかけて味わったあと、ゆっくりと唇を離す。改めてカクザトウを見ると、青いはずの肌を真っ赤に染め上げていた。
    「……っ!」
     抱き寄せていた腕を放すと、カクザトウは何も言わずに海へ戻っていった。なんて可愛らしい反応をするんだろう。
     ヌキジマはびしょ濡れになりながら、カクザトウの影が見えなくなるまで岩場でしゃがみ込んでいた。
     

    「ヌキジマさんのばかぁあッ!」
     カクザトウはあんなに激しく口づけられたのは初めてだった。柔らかい舌同士が絡み合う感覚も、飲まされた唾液の感覚も、何もかもが初めてだった。
     それでもヌキジマを拒否しなかったのは、彼女のことが好きだったからであるが、カクザトウは自分の気持ちに気がつく事ができなかった。
     先程のやり取りを思い出して、急に恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。カクザトウは一人、珊瑚礁で悶えていた。
    「うぁあああーッ! 恥ずかしい、恥ずかしいぃー!」
    「何がそんなに恥ずかしいのよ? 人魚のくせに人間と会ってイチャイチャしてたのが恥ずかしいの?」
    「め、メユリーッ!? み、見てたの!?」
    「全部」
    「キスしたとこも!?」
    「それは見てない」
    「なぁんだ良かっ……」
    「良くないわよ! 人魚が人間とキスまでしていいと思ってんの!?」
     いいわけがない。
     本来、人間と人魚は交わらないはずの存在である。それなのにカクザトウは、ヌキジマとの関係を友人のメユリに見抜かれてしまった。
    「あんた、やっぱり地上に興味あったんだ」
    「メユリちゃん、ごめん……」
    「そんな事じゃないかってみんな言ってるわよ。最近地上についての文献漁ってたでしょう。ヨツカイドウなんか、お兄ちゃん心配でどうにかなりそう! って喚いてたわ」
    「だからお兄ちゃんじゃないって……」
    「とにかく! 地上は危険なんだから、近づいたらダメ! いい!?」
    「……は、はぁい」
     それを伝えると、メユリは去って行ってしまった。口では地上に行くなと言うメユリだったが、こっそりとメモのようなものを手渡してきた。

    『人間に興味がある人魚がいる
    ここに相談しに行ってみて』

     メモには地図のようなものが添付されていた。
     手書きの地図で分かりにくかったが、なんとなく場所は把握することができた。
     人間に興味があるという人魚は、珊瑚礁から離れた沈没船の奥深くに住んでいるらしい。
     人魚の生活圏から離れたところで引きこもっているなど、相当な変わり者に違いなかったが、今はこの人物しか頼る者がいない。
     カクザトウは海流に逆らうようにして、沈没船の方へ向かっていった。

     この沈没船は何百年も前に、人魚の住まう海域を探し求めてガドルに沈められた船だという。確か、歴史の授業でそんな事を習ったような気がする。
     まさかこんなところに人魚が住み着いているなんて、誰も思わないだろう。
    「……すみませーん……。どなたかいらっしゃいますかー……?」
     呼びかけてみたが、特に反応はない。本当にこんなところに人魚がいるんだろうか。
     仕方がないので、船室の方へ行ってみる。窮屈であまり入りたいと思わなかったのだが、地上に行きたいという気持ちには変えられなかった。
     確か、メモにはこの沈没船の奥深くに人魚はいるとあった。カクザトウはため息混じりに決意を固めると、船の奥深くへ潜っていく。
     船の中を探索していると、乗組員の使っていた船室の他に、大きな食堂を見つけた。奥にはバーカウンターまで備え付けてある。
     よく見ると、バーカウンターには真新しい瓶が並べられていた。
    「こんな古い船なのに新しい瓶……ってことは本当にここに人魚がいる……!?」
     バーカウンターの奥へ入ろうとした時、吸盤のついた長い脚がカクザトウを捕らえた。
    「ぎゃぁああッ! ん! んんぅう!」
    「ったく、やかましいですね。こういうところでは大人しく店主を待つのがマナーですよ」
     脚が絡みついて身動きが取れないカクザトウに、見慣れない姿の人魚が姿をあらわした。
    「こんばんは。アナタはなんの御用ですか? 初めて見る顔ですねぇ」
    「ぷへぇッ! あ、アタシ、カクザトウっていいます。ここにいる人魚が人間に興味があるって聞いて来ました。あなたがその人魚ですか」
    「確かに。私は人間に興味があります。そのために研究をして、地上に悩める人魚に薬を売っています」
    「薬……」
    「そう、薬です。ああ、自己紹介が遅れましたね、私がこの店主のジルです。以後お見知りおきを」
    「ジル……さん、単刀直入に言います。人間になる薬は、ありますか」
    「残念ですが、そんな薬はありませんねぇ」
     カクザトウは表情を曇らせた。やはり、人魚が人間になるなどと言うのは御伽噺の世界なのだ。
    「ですが、ビームなら……私が持ってますよ」
    「そ、そのビームを私に使ってくれないでしょうか……!」
    「ここは薬屋ですよ。タダで、とは言えませんね」
    「い、いくらで……」
    「お金じゃありません。アナタのその“恋心”。その心を代金として払っていただきます」
    「恋……心……?」
    「アナタ気づいてないんですか? これだから鈍い人魚は! アナタは今、立派に好きな人がいるでしょう? その想いを代金として支払ってくださいと言ってるんです」
    「この気持ちを……代金として……」
    「ええ。恋心は私の研究の中でも興味深いジャンルの一つですから。どうです?」
    「……お願いします」
    「では、この契約書にサインを」
     ジルはその言葉と共に、カクザトウの拘束を解いてペンと紙を手渡した。
     カクザトウは恐る恐る、契約書へサインをした。
    「契約成立です」
     ジルが満足そうに微笑んだ。
    「ではまず、代金の恋心を頂きます。このビームを浴びて頂ければ大丈夫です。自動でこのビームがアナタから恋心を抽出しますのでご心配なく。それから、このドレスに着替えてください。人間になった時、真っ裸ではいられませんからね」
    「はぁ……」
     カクザトウは言われるがままにドレスに着替え、手渡されたビームを浴びた。
     恋心の抽出と言われても、特に実感はなかった。
     着替える際に外した髪飾りは、貰ったドレスに似合わなかったので、更衣室に置きっ放しにしてしまった。
    「準備はいいですか? 今からアナタは人間になります。しばらくは水中で呼吸ができますが、次第に出来なくなりますので早めに水面に出てくださいね」
    「分かりました」
    「では、よい人生を」
     そう言い放つと、ジルが下半身に向かってビームを放つ。眩い光と共に、ヒレだったものが次第に足となり、泳ぎが不自由になる。
    「わあっ、あ、足だ……っ! ごぼ……! 早く水面に出ないと……! あ、ありがとうございました!」
     カクザトウは必死で沈没船から出て、水面を目指した。
    「……ぷはぁッ! えっと、いつもの岩場は……あっち! 人間の身体って、泳ぐのに不便だなあ……」
     慣れない身体で波と闘いながら、ヌキジマと会う岩場に泳いでたどり着いた。
     その頃にはすっかり疲れ切っていて、全身びしょ濡れのまま、岩場で眠ってしまった。

    ***

    「……おい! 起きろ、おい!」
    「んあ……。……っくしょん!」
    「そんな格好して寝てるからだ。風邪でもひいたんだろ」
    「かぜ……?」
     自分の声がまるで別物のようになっていた。身体が重く、寒い。意識がはっきりせず、目の前の人間がヌキジマであると気づくのにも時間がかかった。
    「あ……ヌキジマさん……。『かぜ』って……なんですか……?」
    「あ? お前、なんであたしの名前を知って……。まさかお前カクザトウか!? っでも、でも……!」
     カクザトウはこくんと頷き、再び眠ってしまった。
     ヌキジマは慌てて上着を被せ、屋敷まで戻ってサンジョウやニカモト、イチノセを呼んできた。
    「大変、かなり熱が出てます。このまま放っておいたら……」
    「ジャア、早くお風呂に入れてちゃんと暖かい布団で寝かせてあげないとね」
    「お嬢、知り合いか?」
    「まあ……、そんなところだ」
    「お嬢様のお友達!? なんで教えてくれなかったんですか!」
    「私達がお嬢様の友達を追い出したりすると思うかい?」
    「そういうわけじゃないんだが……」
    「とにかく運ぶぞ。サンジョウ、頼んだ」
    「アノネ、これでも私の方が立場が上なんだけど? イチ。まあ私が運ぶことになると思ってたけどね! ニカ、悪いけど先に戻ってお風呂沸かしておいて貰える?」
    「はい!」
     素直なニカモトは、走って屋敷の方へ戻っていった。屋敷に着いてからもてきぱきと指示を出すサンジョウを見て、ヌキジマは一安心した。
     しばらくして、風呂で洗われたカクザトウが使用人用のパジャマを着せられて、使っていないベッドルームに運ばれたと聞いて、ヌキジマは勉強を放り出してカクザトウの様子を見に行った。
    「大丈夫か?」
    「うーん……。なんか色々あって、よくわからないですけど……とりあえず生きてます」
    「ひどい声だな……。はちみつ入りのホットミルクを作ってくる。少し待ってろ」
     来てくれたばっかりのヌキジマがすぐに出ていってしまったのが寂しかったが、我慢した。
     人間になったのはよかったが、すぐにこんな病気になるとは思ってもいなかった。使用人たちは暖かくして寝ていればすぐに治ると言っていたが、本当かどうかわからない。このまま死んでしまうかもしれないと思うと、涙が溢れた。
    「カクザトウ、待ったか? ってなに泣いてるんだ」
     ヌキジマに思っていたことを告げると、ヌキジマはくすくすと笑いながらカクザトウの頭を撫でた。
    「それはない。だから安心して寝てろ。何かあったらすぐあたしを呼べばいい。はちみつ入りのホットミルクはよく眠れる。今日は一日寝てろよ」
     カクザトウの額に口づけると、ヌキジマは出て行ってしまった。残されたカクザトウは、しぶしぶホットミルクに口をつける。
     優しい甘さが口に広がり、苦しかった喉の痛みを和らげてくれた。
     風邪のせいだろうか、先程ヌキジマから口づけを貰ってからなんだか変だ。そわそわして落ち着かない。ヌキジマが居ないことが寂しくて仕方がない。これを風邪のせいにして、カクザトウは眠ることにした。
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