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    square_osatou

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    square_osatou

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    サンプル

    星影の詩 サンプル人が死ぬというのは一体どういう時だろうか。
     剣で左胸を貫かれたとき。想像を超えた絶望を味わったとき。或いは、己というものを無くしてしまったとき――。
     かつてレイヴンと呼ばれていたその男は、今まさに「死」を迎えていた。
     レイヴンの全てを否定され、嘲笑われ、時に哀れまれ、踏み躙られた。彼が仲間と旅をしたかけがえのない時間と思われていた旅も、全てが無駄だったのだと思い知らされた。
     もはや、流せる涙などなかった。
     だが、この街に来たのはこんな事になるためではなかったはずだ。なぜこんなことになってしまったのだろう。それは確か、三日くらい前のこと――。

     ***
     
     黄昏と夜の街、ダングレスト。そこにレイヴンはいた。ギルド“凛々の明星”の一員として、レイヴンはこの街にやってきた。
     彼はかつて、“天を射る矢”のメンバーとしてこの街を拠点に活動していた。表向きだけではあったが。
     この街をまとめ上げていた人物、ドン・ホワイトホースの死を乗り越えた街は、より一層活気づいているように思われた。
    「……俺様の出番はなさそうねぇ」
     ぼそりと呟いた。手入れのされていない顎に手を当てる姿は、もはやお馴染みのポーズだった。
     そのままの姿で、レイヴンは考える。なぜ依頼人はこの街に自分を寄越したのだろう――と。
     何か嫌な予感がする。長年培ってきた勘がそう告げた。街が一見して平和に見えるのは、表向きだけなのかも知れない。かつての自分のように。
     とにかく情報が必要だ。情報を集めるには、酒場で盗み聞きするのが手っ取り早い。そう判断するや否や、彼は三羽の鳥が描かれた看板の下にいた。
     扉を開けると、そこは一段と賑やかな雰囲気だった。
     目立たないよう、極力どのテーブルの会話も聞こえるような席に滑り込む。酒は飲める方だったが、今日は酔うために来たわけではない。
     騒がしい店内で交わされる会話の中から、今回の依頼に関係ありそうな類のものを選び、その話に聞き耳を立てる。今回は最近ダングレストの街で噂される、魔物を街に仕入れているという人物の特定・排除が目的だった。
     ダングレストはギルドの作った街だ。一度はバラバラになりかけたところを、ようやく持ち直してきたところなのだ。それを面白く思わない者がいるとしても、不思議ではない。
     レイヴンはグラスを傾けながら、解決の糸口になりそうな会話を探った。
    「なぁ、最近このダングレストに魔物が運び込まれてるって噂知ってるか」
    「ただの噂だろ? 第一、魔物なんか集めてどうすんだよ。この街じゃ腕に自信のある奴ばかりだぜ? たとえ市中に放ったって……」
    「でもよ、もし……、もしもの話だぞ。あの“人魔戦争”の時みたいに魔物が統率とってきたら……」
    「誰かが魔物を躾けてるって? そんな訳があるかよ」
     人魔戦争。
     レイヴンは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。思い出したくもない、だが思い出さずにはいられない出来事だ。人魔戦争で彼は一度死んでいた。正確にはあの戦争で死んだのはダミュロンであるが、その話をするには、多くのものを失くしすぎた。好きだった上官や部下、戦友、自分の心臓――ありとあらゆるものを失った。
     悪夢のような惨状が思い起こされるのを必死に抑え込んだ。噂通りなら、このダングレストで密かに魔物を集めている者がいるという情報は本当らしかった。
     集めるとすれば、おそらくはあのユニオン誓約のある地下水道あたりだろうか。
     そんな事をぼんやりと考えつつ、この日は宿屋で休んだ。

     翌朝、レイヴンは噂を確かめる為に地下水道へ潜った。頼りない灯りを手に、注意深く進む。灯りを切らせばすぐに魔物に襲われてしまうだろう。
     緊張の面持ちを見せながら、周囲を観察していた。すると、地下水道では見ない魔物が数匹、塊となって蠢いているのが見えた。あの魔物は間違いなく、地上からこの地下水道へ押し込まれたものに違いない。
     どうやら噂は本当らしかった。
    「あーらら、本当に居ちゃったわねぇ。おっさん一人で片付けられるかぁ? これ」
     魔物に語りかけるにしては軽薄な口ぶりで呟く。彼らは一本の大きな水道管――もはやトンネルのようだった――にぎゅうぎゅう詰めとなっていた。
     こちらを見る魔物達の目に、レイヴンは見覚えがあった。あの時はこの何百倍の魔物がこちらを見ていたろうか、と思った。しかし、消したくても消せない記憶が蘇り、彼の足がすくむ。
     今、この魔物達が纏めて襲ってきたら、自分は生き残れるだろうか――。
     あの人魔戦争の時のように、自分を蘇らせる機械はもうない。そして、今の彼はここで野垂れ死ぬ訳にもいかなかった。
     魔導器の代わりに普及し始めたオイルランプが今にも消えそうなことに気が回らないほど、レイヴンは魔物達の群れに釘付けになっていた。
     本来の彼なら、ランプの残り油が少ない事になどすぐに気がつくのだが、いまの彼はレイヴンではなく、ダミュロン・アトマイスに戻っていた。あの臆病で、誰の役にも立たない放蕩息子に戻ってしまっていた。
     地獄の扉が開く時の音は、こんなものなのかとダミュロンは思った。カラカラとからくりが回り、ゆっくりと水道管の格子がひらく。
     最も恐れていたことが、いま、目の前で起こった。

     解き放たれた魔物は、一斉にダミュロンを目掛けて襲いかかってくる。彼は反応するのに一歩遅れをとった。
     ランプが手から叩き落とされる。唯一の灯りを失ったダミュロンは、目の前の魔物の群れと、地下水道に住み着く灯りを嫌う魔物の両方の標的となった。
     しかし、この暗闇が彼をレイヴンに引き戻した。今の彼は、魔物を目の前に慌てふためくようなヒヨッコではない。
     効率よく双方の群を鉢合わせにする形で、相手の戦力を削いでいく。運良くこの魔物達は統率の取れていないものであった。そうと決まれば、レイヴンは極力闘わないように逃げ回った。暗闇に目が慣れてくればそう難しい事ではなかったが、出口が分からなくなってしまった。
     ひたすら同じ風景の広がる地下水道を駆け回る。魔物の群れはほぼ散り散りになったが、ここに住み着く魔物は厄介だった。鉢合わせにする相手が居なくなり、執拗にレイヴンに襲いかかってくる。
     変形弓で遠距離と近距離を使い分けながら、襲いかかる魔物を蹴散らした。それでも、彼は徐々に奥へ奥へと追いやられていく。
     体力も無尽蔵にあるわけではない。だんだんと息が上がってきた。どこにいるかも分からないまま、息を潜めて魔物を躱し体力の温存を計った。それでも、魔物は次から次へと飛び出してくる。闘い疲れたレイヴンは、ここで終わってしまおうかと何度も何度も考えた。しかし、仲間の元へ帰らねばならないという気持ちが、彼を奮い立たせた。

     ***

     あれから何時間経っただろう。レイヴンはすっかり疲れきり、もはや立っているのもやっとの状態だった。
     とっくに弓は尽きていた。剣の形に変えた弓を左手に持ちながら、壁伝いに足を動かした。
     衣服はすでにぼろとなり、それなりに纏めていた髪もぐしゃぐしゃだ。
     何時間、何十時間と戦闘が続き、既に体内時計は麻痺していた。今が昼なのか夜なのかも分からない。時計は持っていたはずだが、どこかで落としてきたようだ。
     最後に取っておいたアップルグミを口にして、一息つく。あまりこの食感が好きではないのだが、文句を言っている場合ではない。
     あの頃はこんな食べ物はなかったなと、ふと思い出した。結局、あの時から何も変わっていないのかも知れない。ずっとずっと人魔戦争は続いていて、終わったと思っていたのは自分だけだったのかも知れない。アレクセイに良いように顎で使われ、何も考えないフリをしていた。その間にも人魔戦争は続いていて、今こうして自分を追い詰めているのだ。
     そう思うと悔しくてたまらなかった。空腹と疲労から、本来の冷静な思考ができなかった。
     今までの振る舞いや経験は何だったのか。あまりにも茶番ではないか。自分がただ不幸を振り撒くだけの存在に思えた。実家にいた頃からそうだ。自分ばかり助かって、周りの人間が割を食う。その繰り返しでしかなかった。
     その結果、故郷も友達も上官も部下も同僚も亡くしてしまった。一番最初に消えるべきは自分だったのだ。そう思うと吐き気がして、その場にうずくまった。空のはずの腹から胃液が迫り上がってきて、その場に吐き出す。
     ――なにやってんだ、俺は。
     自分は仲間と共にレイヴンとして生きることを選んだではないか。それすら、間違った選択だったのだろうか。自分の選択はいつもいつも間違えている気がする。やはり、あの時に裏切りの制裁として殺してくれと懇願しておけばよかった。そうすれば、きっと楽だっただろうに。
     今頃彼らはどうしているだろう。
     連絡の途絶えた自分を追って、このダングレストに来ているだろうか。もし、あの魔物の群れによって仲間が殺されてしまったら、どうしたって償いきれない。どうか無事であってほしい、そう心から願った。
     
     ぼんやりと暗闇を見つめていると、遠くに灯りが見えた。ついに幻覚も見え始めたのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
     用心深く灯りに向かっていく。月明かりに吸い寄せられる虫のように、自然と足が動いていた。
     これが罠かもしれないという事など、分かりきっていた。だが、今のレイヴンを誘き寄せるには、小さな松明一本で充分だった。

    To be continued….
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