『借りてきた猫』エリーが来てからかなり経った。エリーは、エリスじゃない。分かってても、理解出来ない。約束は?どうなるの?私には…って、考えても、意味、無い。エリスは、死んだんだ。‘’あーなってる‘’ってことは、確実に、死んだのか。諦めるしか、ないの?─いや、まだ手は…
「イスカ?大丈夫?」
声をした方を見ると、私のベッドの横に、手をちょこんと乗せて、チサトがしゃがんでいた。
「うん…あ、チサトの方も、大丈夫だったの?」
「何が?」
チサトはキョトンとした。あぁ、そういえば。と、チサトの代償は[忘れやすい]という事を思い出す。
「うんん、何でも無いよ」
「…‘’何でも‘’、では無いんじゃないの?」
核心を突いて来たチサトに恐怖を覚える。本当に、12歳なのか?って。チサトに隠し事は出来ない。あの小林でさえ、たまに意表を突かれるのだ。(あんまし分かんなかったけど)
「…や、‘’忘れるほどの記憶‘’って、何なのかな、って」
「…そんなの、皆同じ事言うと思うな。─イスカには、無いの?」
忘れるほどの記憶。それは…
「分からないよ、チサト」
「…イスカは、良いことしか、無かったの?」
「それは無いよ、ここに居る子達は皆…あ、」
チサトは、明らかに子供ではない、‘’大人‘’な笑い方をした。
「そ、忘れる…忘れたい─消したい記憶なんて、そんなもんなんだよ」
じゃあ、エリスが忘れたのは…
「…過去に囚われちゃ、未来に進めないよ?」
…なんだろう。チサトは、自分に言い聞かせるみたいに言った様に、聞こえた。
「─大事なのは、今。享楽なんかじゃないけどさ、勿体無いじゃん?」
勿体無い…考えた事もなかった。
「…ボクには‘’ここまで‘’しか言えないなぁ…」
「チサト?‘’ここまで‘’って…チサト一体どこまで…」
ふ、とチサトは先程の様に笑って、目を逸らした。…かと、思えば、ぐぅ~、と、お腹を鳴らした。
「ん、お腹空いたや…ドーナツでもつくろうかな?要る?イスカ?」
…さっきとはうって変わったチサトに、気が、抜けてしまった。
「あれ?材料は?」
「…あー」
キョロキョロと、チサトは周りに誰も居ない事を、(…他にも探してる?)確認した。
「内緒だよ?…たまーに抜け出して、買い出しに行ってる…」
抜け出して…ふふ、と笑ってしまった。
「うん─やっぱり、そっちの方がいいよ、イスカ。…じゃ、つくってくるね。できたらイスカ呼んで、皆も呼ぶ─いや、小林に持ってってもらった方がいい?」
…??!!
「皆で食べるよ?!」
「あはは、了解。…チョコはボクが好きだからあるけど、何か欲しいのあったりする?…って、イスカはザクロが好きだっけ?」
「あれ?よく覚えてたね」
「皆の料理メモみたいなのは暗唱できちゃうから」
「すごいや…」
「ん、ジャム…より、もうちょい固形状の…」
「ペースト?」
「そうそう!」
「楽しみにしてるね」
と言うとチサトは、
「あいあいさ!」
と、敬礼して、そそくさと走っていった。
…ていうか、あれ?猫がチョコ好きって…確か、前にも百合が好きだって言ってたっけ?…ま、本人の自由だし、いっか。