ドクトーレとヒストーリエの出会いヒストーリエには、少しだけ気になる同級生がいた。講義中も目立たないのに、なぜか視線が吸い寄せられてしまう。そんな不思議な雰囲気を纏うドクトーレ。入学式の日から、彼はいつでも一人だった。
ヒストーリエと同じ生物学科生で、必修科目の講義がよく重なっていたが、ドクトーレは誰にも話しかけず、黙って講義に出て、黙って去っていく。
特別社交的というわけではないヒストーリエだが、その様子がどうにも気になって仕方がなかった。
---
ある日、ヒストーリエは大学内を散歩していた。南海岸大学は地方一の大学を誇るだけあり、敷地がとても広い。園芸学部の大きな温室の横を通り、道端にポツンと建っている東屋に視線を向けると──
「あれっ、ドクトーレくんだ」
そこにいたのはドクトーレだった。
春の日差しの中、ドクトーレは東屋のベンチに座り、机に資料を広げて勉強しているようだ。
話しかけて良いものだろうか。ヒストーリエはそう一瞬迷ったが、勇気を出して声をかけた。
「おーい!ドクトーレくん」
呼びかけると、ドクトーレは少しだけ顔を上げて会釈した。
「この学校広いですよね。俺、最近毎日探索してるけど、まだまだ全体は回りきれてないんだ」
ドクトーレは何も言わず、ただヒストーリエの方を見つめている。
「えっと…ああ、俺はヒストーリエ!君と同じ生物学科生で、同じ講義受けてて……」
少しの沈黙。そしてしばらくして、ドクトーレは初めて口を開いた。
「すみません、なぜ私の名前を知っているのですか」
しまった!とヒストーリエは内心焦る。
「ごめん、ストーカーとかじゃなくて……俺、人の顔と名前を覚えるのが異常に得意でさ。自己紹介の日に聞いたのを全部覚えてて……。昔からちょっと気味悪がられるくらいで」
言い訳じみた説明だったが、意外にもドクトーレは少し驚いた様子で呟いた。
「私とは逆だ……」
「そうか……!じゃあ、今度の講義で話しかけてもいいかな?何度も話したら覚えるんじゃないか?」
「いい、ですけど」
少しの手応えを感じ、ヒストーリエがぐいぐい話しかけると、ドクトーレは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「ありがとう!じゃあ、改めてよろしく!ドクトーレくん!」
「よろしく……ヒーストンくん?」
「あははっ、ヒストーリエだよ」
---
次の日。ヒストーリエはわざとドクトーレの横の席に座ってみた。
「おはよう!ドクトーレくん」
「おはようございます。ええと──」
「ヒストーリエだよ、昨日言った通り、今日も話しかけてみた!」
ヒストーリエがそう言って笑顔を見せると、ドクトーレは「そうですか」と呟いて視線を落とす。
嫌がってはなさそうだ。ただ、今までに出会ったことの無いタイプの反応。ヒストーリエは少し困ったが、とりあえず地道に、姿を見たら声をかけることにした。
そうして話しかけること1ヶ月。ドクトーレはヒストーリエと会話を続けてくれるようになった。
「ドクトーレ、おはよう!」
「おはようございます」
「今日もこの後は東屋か?」
「はい、あそこは大学内で一番落ち着く場所ですから」
「そうか……でもそろそろ台風の時期だろ?室内のお気に入りも探した方が良いんじゃないか?」
「まあ、検討してみます」
「そう言って探そうとしないだろ〜。先にドクトーレの好きそうな場所を見つけておいたんだ。この後一緒に見に行くぞ!」
「面倒ですね」
「まあまあ、静かで落ち着ける場所だから、そう言わずに見るだけでも!」
「うーん」
会話をしてみて分かったことが2つあった。まず1つは、ドクトーレは毎日のルーティンを大切にしているということ。空き時間は必ず東屋で勉強をしていて、昼食は必ず手作りのサンドイッチ。基本的に、このルーティン以外のことは乗り気じゃない様子だ。雨の日でも東屋で勉強している姿を見て「このままでは台風が来ても東屋にいるんじゃないだろうか」と、ヒストーリエはわりと真剣に心配している。今はドクトーレの第2の居場所を見つける計画を実行中だ。
もう1つは、ドクトーレは見かけ通りの不思議ちゃんで、かなりの世間知らずだということだった。