「黒崎一護?」
執務室で書類に目を通していた白哉がふと顔を上げてみれば先程まで長椅子に座っていた一護の姿が見えなくなっていた。
例え書類に集中していたとしても一護の抑えようともしない霊圧が出ていけば直ぐに分かる。
それに酷く弱くなっているが一護の霊圧自体は長椅子の場所の儘だ。
ならば理由は一つである。
「……此の様な所で寝るとは、神経の太い子供だ」
執務机から長椅子へと移動した白哉が見下ろして居たのは姿が見えなくなっていた一護だ。
呑気に寝こけ、時折気持ちよさそうにむにゃむにゃと何事かを呟いている。
新緑の頃の風は確かに昼寝するには心地いいであろうが、今いるのは厳格な白哉を部屋主とした六番隊執務室である。
恋次が居れば顔を青ざめさせ一護を叩き起こしていただろう。
しかし居ない今は白哉は柳眉を潜め長椅子の前に膝をつくと一護を揺り起こす。
「びゃくぁ?」
意外にも一護は直ぐに目を開けはしたが寝ぼけているらしい。
とろりとした舌っ足らずの声で一護が白哉の名を呼ぶ。
その声に、何故かぞわりと背の中心辺りが震え白哉は目を見開いた。
「びゃくや」
しがみ付く様に白哉の首に腕をするりと回した一護に対して白哉は無意識に支える為に一護の背に掌を当てる。
ふふ、と笑う一護の吐息が耳を擽る。
「……黒崎」
一護が呼んだ名に応える様に白哉は無意識に一護の名を呼んだ。
一護が白哉に対してこんな形で甘えた事など一度もない。
誰かと間違えているのか、とも思ったが一護はしっかりと白哉の名を呼んでいる。
一護の意図が分からず、抱いた背に僅かに力を込めた。
だが、次に白哉の耳に届いたのはゆっくりになった一護の吐息であった。
寝息であるのは一護の顔を見なくても分かる。
抱きついた儘寝るとは器用だな、と思いながら白哉は空いた片手を一護の膝裏に差し込んで身体を持ち上げた。
少ないとはいえ色々な死神が出入りする執務室より隊主室に運んだ方が良いだろう、と気を回した結果だ。
誰彼からも構われる一護の寝顔を見せたくない、や、寝ぼけた一護が誰に対しても先程のように甘えるのではないか、との感情が一瞬湧き上がったが思い違いだとして白哉は溜め息を一つ吐くことで追い出した。
良く分からない心持の儘、一護のぬくもりと思っていたよりも軽い身体を抱きしめ白哉は執務室を出たのであった。