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    ひぐ/higurius

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    ミミコとゆきちゃん

    ##小説

    ミミコとゆきちゃんタイトル:ミミコとゆきちゃん
    お題:ホラー

     あるところに、ミミコという女の子がいました。
     ミミコは一年中病院で過ごしているような、とても病弱な女の子でした。ミミコは一度も学校にいけず、病院の中にある学習室でお勉強をするのがやっとでした。
    「ミミコちゃんは、病気が治ったらなにがしたいかな」
     学習室のたちばな先生がミミコに聞きました。たちばな先生は笑顔のやさしい男の人でした。
     ミミコはみつあみを指先でいじりながら、ぽつんと答えます。
    「友達がほしいな」
     たちばな先生はミミコの子どもらしい回答にほほえみますと、きっと出来るよと答えてプリントを差し出します。
    「プリントが終わったら、病室に帰っていいからね」
     と言って、学習室から出ていってしまいました。ミミコは誰もいない学習室でプリントを解くと、時間よりも早く学習室から出て行きます。
     学習室から病室に戻る道すがら、たちばな先生が中庭の喫煙所でタバコを吸っているのが見えました。ミミコはたちばな先生の後頭部をじっと見ながら、病室に戻る道をひょいと抜け出して、階段を駆け上がります。
     そう、ミミコはこれからひとつ悪いことをします。
     いつも、看護士さんやおかあさんには「お勉強が終わったら、まっすぐ病室に戻らなくてはだめよ」と言われていたのですが、ミミコはわざと遠回りして、屋上にある温室に寄り道するのです。
     健康な皆さんには想像もつかないでしょうが、ずっと病室で過ごしていると、外の世界の彩り──たとえば、草木の緑色、空の青色、虫や動物が見せてくれる鮮やかな色が分からなくなっていくのです。色が分からないことは、特別不幸なことではありませんが、ミミコにとっては、耐え難く寂しいものでした。週に一度お見舞いに来てくれるお母さんが家に帰ってしまうときのような、胸がきゅっとしめつけられるような寂しさを、もう生まれたときからずっと感じているのです。
    だから、ミミコは温室が好きでした。そこには様々な色があり、ゆきちゃんがいたからです。
    「あら、ミミコ。今日も来たの?」
     温室の横の破れたビニールの中に潜り込むと、そこにはゆきちゃんがいました。ゆきちゃんは、ミミコの初めてのお友達です。
    「ゆきちゃん」
     ミミコは花が咲いたような笑みを浮かべて、ゆきちゃんにちかづきます。温室は随分前に使われなくなっていて、誰も近寄らないせいか、荒れ果てています。唯一、隅っこの花壇だけはきれいに整頓されていますが、これはミミコとゆきちゃんが二人でせっせと片付けたのです。
     ゆきちゃんは二人の秘密基地のようなこの温室の花壇の脇で、いつものように何かを解体していました。
    「今日はなにをばらばらにしているの?」
    「今日は、雪のように真っ白なうさぎ」
     ゆきちゃんの左手に握られたナイフからは赤い血が滴っています。
     赤い滴がぽつぽつとナイフから落ちて、その下の、おそらくうさぎだったものに垂れていきます。
    「もう、真っ赤だから、わかんないね」
     ミミコはくすくすと笑うと、ゆきちゃんの隣に並んで、うさぎだったものに手を伸ばします。
    白い毛は血で毛羽立ち、バラの棘のようにとがっています。ゆきちゃんはミミコとおそろいのみつあみを揺らして、一言こう言いました。
    「ミミコはさわっちゃダメ」
    「どうして?」
    「前にさわったとき、熱を出したでしょ」
    「今度は大丈夫だもん」
    「それでも、だめー」
     ゆきちゃんはおどるようにそう言いました。ミミコはゆきちゃんに反対されると、くすぐったい気持ちになります。うさぎだったものの、ほのかな温もりを確かめたい気持ちをぐっとこらえて、ミミコはゆきちゃんの肩に頭を乗せます。
    「うさぎさんはあたたかった?」
    「とっても」
    「次はなにをばらばらにするの?」
    「まだ決めてないの」
     ゆきちゃんがばらばらにするものは、毎回違います。
     初めて会ったとき、ゆきちゃんがばらばらにしていたのは、小型ラジオでした。ワッフルみたいな緑色の板が入っていて、そこに砂のように細かい棒が刺さっていました。
     次に会ったとき、ゆきちゃんがばらばらにしていたのは、鮮やかなカマキリでした。両手と両足を針で留められたカマキリは、ゆきちゃんにチーズのように裂かれて、笹舟のように風に飛んでいきました。
     それから、ゆきちゃんはいろんなものをばらばらにしました。動物図鑑、総菜パン、ネズミ、白衣、ホルマリンに漬けられたナニカ、コウモリ、砂時計、そして雪のように真っ白なうさぎ。
    「次は」
     と、ミミコが目を閉じていいました。ゆきちゃんはミミコの頭に耳を寄せて、彼女の声に耳をすませます。ゆきちゃんのみつあみがミミコの頬を撫でます。温室の中に、ぬるい風が吹き込むと、錆びついた血の匂いがミミコを抱きしめます。
    「たちばな先生がいいな」
     ゆきちゃんは答えませんでした。ミミコはそれでいいと思いました。それから二人は、うさぎだったものを丁寧に植木鉢の中に土といっしょに埋めると、温室の破れたビニールから出てきました。
     ミミコはゆきちゃんとお別れして、自分の病室に戻ります。
     看護士さんが困ったような顔をして「遅かったね」と出迎えたので、ミミコはいつものように「めまいがしたから、座って休んでたの」とごめんなさいをしました。看護士さんはそれ以上はつよく言えず、黙ってミミコをベッドに寝かせました。

     翌日、たちばな先生はいつもの時間になってもミミコが学習室に来ないので、中庭の喫煙所に向かいました。
     中庭には泣きはらした女性と、唇を固く結んだ男性が立ち尽くしていました。女性の顔立ちに見覚えがあったため、たちばな先生は来た道を戻って看護士を捕まえると、そっとたずねます。
    「ミミコちゃんは」
    「今朝、亡くなったの」
    「そうなんだ。もう永くないって聞いてたけど……結構元気だったのにね」
    「お勉強の時間以外は、ずっと眠ってたんですよ」
     たちばな先生は、ミミコにもっといろんなことを教えてあげたかったなと思いました。
     両親に声をかけ、ミミコちゃんには学習室でいつも勉強を教えていたんですよとたちばな先生は挨拶しました。両親がどうしてもと言うので、たちばな先生はミミコにお別れを言いに病室に行きました。病室の中に入ると、女の子がベッドに眠るように横たわっています。顔には白い布がかけられていました。
     たちばな先生がそっと白い布を取り払うと、ミミコはしずかに目を閉じていました。不思議なことに、ミミコのみつあみは切り取られ、髪が短く切り揃えられています。たちばな先生は気づかずに、病室をあとにすると、中庭の喫煙所に向かいました。
     タバコに火を付け、煙を吐き出しながら、世の中の楽しいこともつらいことも、なにも知らずに死んでしまった一人の少女について思いを馳せ、空を見上げました。
     その時、頭上から植木鉢が落ちてきて、たちばな先生の真後ろに落ちました。びっくりしたたちばな先生が上を見上げると、そこには誰もいません。
    「あーあ」
     という、女の子の声が聞こえました。割れた植木鉢からは、ぐちゃぐちゃになった生き物と、切り取られたみつあみが土にまみれて飛び散っていました。
     たちばな先生はいやな気持ちになって、職員を連れて屋上に向かいました。ボロボロの温室の中に入ると、たちばな先生や職員は花壇の盛り上がった土の中から、様々なものを見つけました。
    「これは……」
     たちばな先生は、おそるおそる手を伸ばすと、切り取られたみつあみを見つけます。
     二人の秘密基地を荒らされて、ゆきちゃんは不愉快でしたが、ゆきちゃんにはもうなにも出来ません。
     なぜなら、ミミコはどこにもいないから。
     もう、おわかりですね。

    おわり
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