レンコンをなんかしてなんかヤツとピザとからあげの話。「あ、ヤッベ、クーポンの期限今日じゃん 」
溜まっていたメールをチェックしては、ゴミ箱へ移すという簡単な仕事をしていたロナルドは独りごちる。
食べ物のデリバリーサービスはとても便利で、月イチで事務作業をすると決めた日の自身へのご褒美として良く利用していた。好きではない作業を捗らせるには、積極的にご褒美を与えるべきだと誰かが言っていたような気がする。
目前にあるノートPC内のメーラーに表示されている本日期限のクーポンもその名残だ。
名残というのもこの数ヶ月、色々生活面に変化のあったロナルドはデリバリーサービスを利用することがなくなっていたからだ。
事務所から見えない居住部の冷蔵庫が脳裏をよぎる。常に空っぽに近かった冷蔵庫は、この数ヶ月で“常備菜”なるいわゆる『作り置きのおかず』というものや、これからロナルドが食べるであろう食事になる予定の食材で満たされている。
あのレンコンをなんかしてなんかしたヤツ、シャキシャキしててめっちゃ美味かったんだよなぁ。
夜行性の同居人がなんやかんや文句を垂れながら作ってくれた作り置きのおかずで、今回一番気に入ったものを反芻しながらロナルドは呻いた。
別に必ず食べなければいけないという訳ではない。だがしかし作られたものを粗末にはしたくない。
因みに作られたものは同居人は手を付けることはなく、ロナルドともう1匹しか口にしないため、朝起きた時か昼のうちに食べるのが習慣になっていた。
ガチャリとドアの開く音がして、現れたのは作り置きのおかずを口にするもう1匹の小さな生き物であった。
「ジョン起きたのか 」
「ヌヌー、ヌヌァヌヌヌ… 」
少し眠たそうに目をこすりながらジョンと呼ばれた小さな生き物、同居人の使い魔のアルマジロは答えた。最近なんとなくだがジョンの言っていることがわかるような気がしている。
「あー、そっか。なんか配信?実況するっつってたもんな。付き合いお疲れ 」
詳しく聞いたわけではないので良くわからないところではあるが、同居人は夜行性だが使い魔のジョンは昼間も活動していることがあるので太陽も平気なのだろう。今度機会があれば聞いてみようと思った。
ヌヌー、と生返事を返しながらトコトコ歩くアルマジロの背中を眺めていると妙案が浮かぶ。
「なぁジョン、ピザ食わね ピザ 」
「ヌヌ 」
ピザと聞いてジョンは目を輝かせる。だよなー、やっぱピザって聞くとテンションアガるよなぁー。
「ピザの半額クーポンが今日までなんだよ。今日は事務作業の日だし、たまにはイイかなーって 」
ヌンヌンと同意するように頷くジョン。
ひとりだと後ろめたいような気がする時は共犯をつくれば良い。
今日食べなかった冷蔵庫の中身は明日の朝にでも食べりゃ良いだろうと、ロナルドはクーポンメールのURLからデリバリーピザのサイトを開き、どのピザにするかを決めるべくジョンと共にノートPCの画面を覗き込んだ。
デリバリーピザはひとりで食べるより、みんなで食べる方が美味しいし、何よりこうして選んでいるときが楽しい。
まぁ、この事務所にいる“みんな”の内のもうひとりはピザとか食わないけど。
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目覚めと共に鼻をくすぐったのは、ジャンクフード特有の油臭さ、ブラックペッパーにオレガノなどのハーブをこれでもかと効かせたスパイス、雑なトマトソースに安っぽいチーズ。
なるほどデリバリーピザと見た。
夜の帳が降りて、昼の棲家である棺桶から出てきたドラルクはスンスンと鼻を鳴らして臭いの正体を探った。
ツメの甘い5歳児の犯行を突き止めるのはいとも容易いんだよバカルド君。と、珍しく口を縛ってまとめたゴミ袋の中にデリバリーピザの箱があるのを認め、ドラルクは独りごちた。
隠すつもりがあるならさ、せめて箱を破くとか畳むとかそういう知恵は働かんもんかね。豆知識だが、ピザの箱は水で濡らすとめちゃくちゃコンパクトになるんだぞ脳筋ゴリラめ。
原型そのままの状態でゴミ袋に突っ込まれたピザの箱は特に何も応えない。
「うん、まぁ、別に必ず食べるのが決まりってわけではないしね 」
若造は得てしてジャンクフードが大好きだもんなと、嘆息しながら愛用のエプロンを身につけ、ドラルクは冷蔵庫の扉を開く。
塩麹と醤油、酒とみりんに、おろし生姜とはちみつくらいしか入っていないが、24時間漬け込むとなんと胸肉でも驚きの柔らかさ。これには未就学のゴリラも大はしゃぎ。本日はこちらの漬け込み胸肉をから揚げにしていきましょう。
ひとりで実況を始めながら、チルド室から前日から漬け込んでおいた鶏肉の入ったビニール袋を取り出す。
作業スペースに置きながら、これはこのまま常温に戻して…汁物はみそ汁が良いだろうか、それともコンソメスープみたいなのが良いだろうか。たまには気分を変えてポタージュとかも良さそうだと逡巡しつつ、シンク下から深めのボウルを取り出して米を研ぐ用意をする。
あまりにも同居人の食生活がみすぼらしく、人としての最低限度の生活を満たしていなかったので、このキュートでかつ完璧な存在であるドラドラちゃんの料理の腕を奮ってやったら、素直な反応にそれなりに畏怖心が満たされた。
以降、なんやかんや文句を言いながらも毎日のようにせっせと自分では食べない食事を作っているのは、傍から見れば滑稽な姿なのだろうか。最近では作り置きのおかずまで用意し始めてしまった。
きっかり3合分計った米が入ったボウルに水を注ぐ。手早く底から3回ほど米を泳がせるように混ぜて、米が沈むまで一瞬待ってから水を切る。
「めんどうだが、これをロナルドくんに任せると大惨事だからな 」
シャカシャカと力を入れすぎないように手早く米を研ぎながらドラルクは半眼になった。
先日米なら研げると豪語するので任せたところ、力任せにガシャガシャと米を研いで粉砕とまでは言わないが見事に割ってくれたのだ。割れた米は炊いてもうま味は半減する。
流石に割れた米と正しく研いだ米とでは、炊きあがりがまったく異なることを自身の身を持って体感したのか、それ以降米なら研げるとは言わなくなった。
「そりゃ『パックご飯の方が美味しくない?
』とか、わけわからんこと言い出すわけだよ 」
水を注ぎ、底から米を泳がせるように一度混ぜて、また米が沈むまでを一瞬待ち水を切る。
「はぁ~、浄水器が欲しい 」
浄水で研ぐと米は炊きあがりが変わる。ジョンが言っていたので間違いない。
クソ若造め、私の料理の真の味を知らんのだ。
冷蔵庫も欲しい。500L以上の最新モデルのヤツだ。冷蔵温度が適切なら肉も野菜も保存状態が良くもっと美味しい料理に仕上がる。オーブンだってガスオーブンとまでは言わないが、スチームオーブンにしたい。クッキーもマフィンもスコーンも火の通りが変われば仕上がりは変わる。
浮かんでは消える物欲は何度か米を研いではぬかで濁った2水と共に流す。
なんだかんだであの若造がこちらが作った食事をきれいに平らげる様を見るのは嫌いではない。
「しかしそろそろ無洗米にしないと、水が冷たくて私が死んでしまうな 」
流水をボウルに注ぎ、底から米を泳がせるように一度混ぜて、また米が沈むまでを一瞬待ち水を切ること3回。ボウルの水がほぼ透明になったのを確認してドラルクは米研ぎを終えた。
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からあげが山盛りになっている。
ギルドで行っている見回りの仕事から帰ってきたら、居住スペースには山盛りのからあげ。それにパッと見だと妙に上機嫌に見える同居人が待っていた。
プレートに盛り付けられたからあげには、作り置きおかずのレンコンをなんかしてなんかヤツと、ほうれん草をどうにかしたヤツが副菜として添えられている。
昼間ピザを食べたという後ろ暗さからか、心の端が妙にチリチリとする。
「えっとさ… 」
「あぁ、おかえりロナルド君。今日はからあげにしたからさ、先にお風呂入っといで 」
生返事を返し、気を落ち着けるためにひとまず麦茶でも飲もうと冷蔵庫を開けると、作り置きのおかずの入ったタッパーが増えていた。
ふと目をやるとまとめてあったゴミ袋も消えている。これは間違いない、バレている。
帰るなりいつもしないような気遣いの言葉をかけてくるドラルクと、現場状況的に浮かぶ名推理にロナルドは半眼になってうめき声を上げた。
「どうしたの? おなかでも痛いの? 」
「いや、そうでなくて 」
そう返してチラリと床の方を見やれば、バツの悪そうな顔をしたマジロがこちらを見上げていた。
だよな?
ロナルドとジョンは口パクとジェスチャーで、お互いに感じ取ったことが概ねイコールであることを確認しあう。
気まずい気持ちのまま勧められるがままにひとまず風呂に入るか迷ったが、こういうことは先延ばしにするとめんどうなことになるとロナルドは肚をくくった。
自分が悪いって思ったら先に謝れってアニキも言ってたしな。
「ゴメン、昼間ピザ食った 」
「唐突に何。ゴミ袋にピザの空箱が入ってたから知ってるが? 」
キッチンで作業をしていたドラルクはおたまを片手にそう返した。
「怒って…るんだろ? 」
「え? なんで? 」
心底キョトンとしか顔で言われるが、なんでと返されると難しい。
「えっと、お昼に作ってもらったの食べなかったから 」
もごもごと言うロナルドに、あーと何とも言えない生返事を返したドラルクは、手にしていたおたまで片手鍋の中で味噌をといていた。
「別に絶対食べるって約束でもないじゃない 」
それは確かにそうなんだが、妙に優しいの本当にめっちゃ怖い。
口に出せない言葉を飲み込み、いいからサッパリしておいでと再度促された言葉に負け、渋々風呂場へ向かうことにした。
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怒っていなかったといえば嘘になる。
正確には良くわからない苛立ちのようなものがあったわけなのだが、料理にぶつけている内にどうでもよくなったのだ。
「変なとこ察しが良いんだなぁ 」
自身へ向けられている好意の感情なんかもちゃんと気付けたら良いのにねと思ったが口に出していたようだ。世界一可愛い丸が申し訳なさそうに謝ってきた。
「すまないねジョン、もう怒っていないんだよ 」
ジョンを抱き上げて頭を撫でてやるとヌーと返事が返ってくる。
「人間の体を構成する細胞は60兆個だそうじゃないか 」
「ヌン? 」
「毎日そのうちの1%だか2%だかが入れ替わってるそうだよ 」
目まぐるしく生を歩む人の子は、私たちとは見た目は似ていても異なるいきものだ。
「この私が作るパーフェクトな食事で、健全な細胞に丸っと入れ替わった彼をちょっと見てみたいのさ 」
「ヌーヌ? 」
首をかしげるジョンをまた撫でてドラルクは言った。
「あのゴリラにはナイショだよ 」
ジョンはナイショという言葉にヌシシと悪い笑みを浮かべた。
とりあえず風呂から出てきたら、知性のレベルが5歳児のゴリラに覚えられるとは思えないが、レンコンをなんかしてなんかしたヤツではなく、レンコンの塩昆布和えというちゃんとした食べ物であることを説明してやなければなるまい。
そう言ってドラルクは柔らかく微笑んだ。
ロナルド吸血鬼退治事務所内に、経費精算をする日は特別にデリバリーを頼むという新しいルールが追加されるのは、また別の話。