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    yagi_no_2zi

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    yagi_no_2zi

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    わたるの見張りのゆうとのはなし

    勤勉シンデレラコツ、コツ、ペン先が机を叩く音は、規則正しい。
    この正確な音を奏でているのがうちのバンドのベースとは、安定感抜群、頼もしい限りだと常々思う。

    もう他のメンバーは寝静まっている頃。
    時計はあと数秒で一日が終わることを知らせている。
    あと、30…20…10…。…ゼロ。

    「航海!」
    「ん、…はいはい、分かってるよ、ユウ」

    ペン先が刻むリズムは途切れた。
    言葉を紡ぐ道具たちが、爪の丸く整えられた指によってしまわれていく。

    「スロースターターだったけど、やっと最近慣れてきたよ。最初から浮かぶようになってきた」
    「お、いいじゃねーか!航海、頑張ってるもんな」

    航海が夜更かししすぎないように、俺が見張る。
    俺と航海の間で、これは決まりごとみたいなものだ。

    定着したのはまだ函館にいるときのこと。

    メンバーが集まったスタジオに、航海がふらふらでやってきたことがあった。
    無理に練習をし始めようとするのを制して触ってみると、ものすごい高熱を出していた。

    すぐに病院に連れていって、点滴を打つことになった。
    蓮は心配からかいつも以上にやらかしまくり、万浬と凛生さえ心ここにあらずで、もちろん俺も心配でしょうがなくて、全員何にも手につかなくなったのを覚えている。

    一晩入院して帰ってきて、落ち着いてから問いただすと、筆が乗ってうっかり徹夜、そのまま飯も食わずに大学に行って課題をこなして、練習をして、なんてことが続いていたと白状した。
    そんな生活をしていたら、体調を崩すのは当たり前だ。

    けど元はと言えば、航海の頑張りがギリギリの状況下のものだったことに気づけなかった俺の責任。

    航海は俺の大切なひとでもある。

    バンドメンバーというだけでなく、航海は俺の恋人だ。
    恋人を気遣うのは当然のこと。

    そこから、航海がきちんと睡眠を取っているか確認することが俺の日常に組み込まれた。

    航海が俺の部屋に来たときはもちろん早く寝かせるし、航海が家にひとりのときは必ず一言メッセージを送る。

    東京にみんなで暮らすようになってからは、航海が12時には終わらせるように見張るのがもう習慣になっている。

    「さ、寝るぞ!」
    「…ユウ、今日も僕の部屋で寝るの?」
    「当たり前だろ!」

    この頃、航海は今までよりも作詞作業に集中している。
    東京にきて、対峙するバンドの演奏を聴き、刺激されたんだろう。俺だってそうだ。
    でも、だからこそ、無理させるわけにはいかなかった。

    航海が根を詰めて作詞しているときは、航海の部屋で寝起きすることにしていた。
    そういう状態の航海を放っておくと、また徹夜続きなんて無理をしかねない。
    航海がきっちり睡眠を取っているか、確認させてもらう。メンバーの健康面に気を遣うのも、恋人でありリーダーである、俺の役割だ。
    ちなみに、航海の部屋には私物の敷き布団も枕も持ち込んである。

    最初に航海の部屋に押し掛けたときは、呆れ顔をしながらも受け入れてくれた。
    のに。

    「当たり前じゃないでしょ、」

    最近は気が進まないらしい。
    俺は航海の部屋で眠る気満々なのに。

    「…あのねえ、ユウ…僕たち一応、もう大人なんだから。…気を使ってほしいんだけど」
    「…なんの気だよ、俺と航海の仲なのに」

    俺たちはバンドメンバーで、しかもメンバーの中ではお互い一緒にいる時間が一番長くて、それに恋人同士で。
    なんの気兼ねもなく過ごせる時間が好きだ、なのに。

    「…別に、分からないならいいけどさ」
    「よくないだろ、航海がよくないなら、俺がよくてもよくない」

    食い下がると、航海はため息をひとつついて、分かったよ、と呟いた。

    「……ユウはすぐ寝れるんでしょ。先に部屋行ってて、僕は歯磨きとかまだしてないから」

    航海は洗面所に向かっていった。
    ……釈然としない。

    とりあえず航海の部屋には行くものの、布団は敷く気にもなれずにどかっと床に座り込む。

    …もしかして、航海は迷惑しているのだろうか。
    考えてみれば、そりゃそうだ。子どもでもないのに勝手に時間を管理されて、見張られて…。
    大人なんだから、航海はそう言った。航海だって、なにかひとりでしたいことがあるだろう。
    いやでも、それが作詞だったら、俺は航海に無理して欲しくないわけで……。いやでも、趣味の範囲か?ひとりで没頭することでリフレッシュになるとか…。でもそれで休まらなかったら、本末転倒で…。

    「何、眉間に皺寄せてるの」

    ぐるぐる思考を巡らせて、気づくと航海が目の前に立っていた。

    「…航海」
    「布団、敷かないの。もう消すよ、電気」
    「なあ、航海」

    航海の目がゆっくりと俺を捉える。逸らしたりしない。向き合ってくれる目だ。
    名前の呼び方ひとつで、俺が今話したいというのを感じ取ってくれる。だから、腹割って話すのが苦手な俺でも、きちんと話すことができる。

    「俺のこと、…航海を管理するようなこと、迷惑なのか」

    切り出すと、眉が困ったように下がった。

    「…なんでそうなるの」
    「航海が言ったんだろ、気を遣えって」

    航海は、深くため息をついた。

    「ユウ、…ごめん、ちょっと言い方、きつかったね」

    ベッドに座って、隣をぽんぽん叩くから、隣に腰を下ろす。

    「迷惑だなんて思ってないよ」
    「そ、そうなのか…?」

    うん、と航海はゆったり頷いた。

    「寧ろ、時間を管理してくれる点は、ちょっと楽しんでる」
    「嘘だ」
    「本当だよ」

    そうだなあ、なんて呟いて、視線をついと空に向ける。

    考えながらひとつずつ、言葉を紡いでいく。
    航海のおもいが、航海の中にある言葉たちによって形作られていくその瞬間が、俺は好きだ。

    「…ユウは12時を教えてくれるよね、…それ、シンデレラみたいだなって思ったんだ。迷惑と思ってる比喩じゃないだろ。僕が気を遣ってって言ってるのは、」
    「……シンデレラ…」

    航海にしては珍しい、ファンタジックな単語に、思わず繰り返した。

    「…そこ掘り下げるの?」
    「だって気になるだろ」
    「特に深い意味はないんだけど。12時を告げるといえばシンデレラかな、って思っただけ」

    航海は考えながら、ゆっくりと語り続ける。

    「でも、そうだなあ…普段は見向きもされなかった女の子が魔法をかけてもらって、王子様と出会うことができて…、魔法が消えても、王子様は見つけてくれて、着飾った姿じゃなくそのままの姿を迎え入れてくれる…うん、本当に、シンデレラみたいかもね」

    苛められていた女の子は、舞踏会に行くこともできなくて。けれど彼女は魔法使いのおばあさんにより、魔法でドレスアップされ、舞踏会へ行くことになる。そこでめでたく、王子様の目に止まるんだ。
    ただし、魔法は12時で解けてしまう。
    魔法が解けてしまえば、煤だらけの女の子に戻ってしまうんだ。

    12時を告げるのが、俺。
    俺が、航海の魔法を解いているなら。

    「…それって、俺、だめだろ。魔法が解けるのを教えるって、魔法が解けたら、シンデレラはきれいなお姫様じゃなくなる」
    「うん、鐘が鳴ったから魔法が解けたわけじゃないでしょ。教えただけ。12時を告げる鐘がなければ、時間に気づかなかった。王子様の目の前で灰かぶり姫に戻るのは、探し当ててもらうのとわけが違うだろ」

    確かにそうか。

    じゃあ、航海はシンデレラ。
    かと思うと、うーんと航海は首を少し傾げた。

    「魔法にかかるのって、大変じゃない?きれいになってる分、解けたら、自分のみすぼらしい姿を見せることになるでしょ。僕は気が気じゃなくなると思う」
    「確かに」
    「僕にとって、歌詞を書く僕、ステージに立つ僕は、魔法にかかってるんだ。ファンのみんながかけてくれる。でもさ、魔法にかかり続けてるって大変なんだよね。無理やり自分でリミットを延長しようとすると、ボロが出るし、ただ解けるんじゃなくて、無様に解ける。そう思うと怖くなるんだけど」

    シンデレラは、本当の自分を晒すことが心配じゃなかっただろうか。
    きれいに着飾った自分が、本当はいつだって汚れて、理不尽な環境の中を必死に耐え、いつか報われると、小さな望みを夢見て。

    もしも、鐘が鳴らなくて、シンデレラが時間に気がつかなかったら。
    シンデレラは多くの人の前で、灰で汚れた姿を晒すことになっただろう。もしかしたら、王子と結ばれることにならなかったかもしれない。
    もしも、航海が休息を取らずに色んなことをこなしたら。また倒れるかもしれない、ライブに影響を与えるかもしれない。
    リミットを伝えるのが俺だとしたら。

    「ユウが教えてくれるでしょ。ユウの声で、僕は…アルゴナビスの的場航海から、ただの的場航海に戻る。魔法が解けたらなんてそんなこと、気にしなくてよくなるんだ。あの夢見たいな時間を糧に、また頑張ろうって思える。…ユウは、魔法にかかってない僕のこともみててくれるしね」

    ここで航海はまた考えた。

    「でもユウの、そのままの僕を見つけて好きだって言ってくれるところは王子様だよね。やっぱりシンデレラとは大分、違うかも。ライブとか、作詞の度に魔法を味わってるわけだから、シンデレラよりももしかしたら幸せかもね。大変だけど」
    「…じゃあ、シンデレラじゃなくてもいいだろ。航海は航海なんだからさ」

    シンデレラを重ねてなぞるのもいいけど、自分で筆を取って、真っ白のページに描いていく。
    航海にはそっちのほうが合っている気がする。

    「で、俺は鐘もいいけど、航海を迎えにいく王子様がいい!」

    失礼なことに、航海は盛大に吹き出した。

    「じゃあユウは、王子様なんて柄じゃないから別の役として描こうかな」
    「貶されてるか?俺」
    「うーん…見習い騎士ってとこかな。器用じゃないけど、僕のことを想って一生懸命動いてくれてるのが伝わってくるし、いざというとき守ってくれる」
    「褒めてる?」
    「褒めてるよ」

    するりと航海の手が俺の頬に滑った。顔にかかる髪を、航海の指が耳にかける。

    「ユウが、何も飾らない、何も頑張ってない僕を好きでいてくれるから、魔法が解けてもいいんだって思える。だから、迷惑なんて思ってないんだよ」

    あまりにも愛おしくて、胸がぎゅっとなって、勢いよく抱きしめた。
    あれ、でも、何か忘れてる気がする。
    ……そうだ。

    「…気を遣えっていうのは?」
    「ああ、それは…ユウ、今の僕たちの関係に名前を付けるなら、何?」

    名前を付けるなら?…それは、単刀直入に、

    「恋人?」
    「うん、僕もそう思ってる。それでね、ユウ」

    航海は、継母よろしく優雅に、それでいて意地悪に笑った。

    「恋人と、夜同じ部屋にいて…それも一日二日じゃなくて毎晩、一緒にいて…平常心を保てるかな。僕は保てないんだけど」

    言葉の意味を理解するまでずいぶんかかった。
    じわじわと、頬に熱が集まっていくのがわかる。

    「…ねえ、どうしても起きていたいときもあると思うんだけど」
    「…うん、」
    「ユウ、僕はもう少しゆっくり、ユウとの時間を過ごしていたい。明日は休みだし、夜更かししたらだめ?」

    再び思いきりだきしめて、 その勢いのままベッドに倒れた。

    「……いい!」
    「はは、ありがと」

    魔法が解けると教える役は休憩。今度は王子様として、魔法が解けても大丈夫、そのままが好きだってことを、嫌ってほど伝えよう。

    次に鐘を鳴らすのは明日の朝だ。
    たっぷり休んだ航海に、日常の、煌びやかではないけど、着飾らないそのままで過ごせる一日が始まったことを教えてやるんだ。
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