俺の嫁さん主様の機嫌を損ねさせてしまった。原因は私自身にあるのを自覚をしている。
ほんの少し、少しだけイタズラ心を混ぜて「結婚を申し込まれた」と伝えたのだ。
申し込まれたのは事実で、これを伝えればどんな反応をしてくれるのだろうかと、気になってしまい、つい……。
しかし、相手は教え子で、まだ5歳の幼い子供であり、私はその気持ちに応えることは勿論できないので、断るつもりだったのだが、主様の反応は想像以上のものだった。
目を座らせた顔は、元来の……どちらかと言えば強面の分類に入ってしまわれる顔を、更に畏怖らせるようなものへとなり、いかにもなへの字口が薄らと開かれた。
「どこのどいつだ」
その問いかけは予想していたもので、これでどうにか笑い話として持って行けると安堵する。
あわよくば機嫌も直して貰えないだろうかと、そんな事まで考えてしまった。
「教え子だよ、5歳の」
ぱちり、と主様の瞼が数回瞬く。
眉を上げ、普段よりも開かれた瞳は驚き……いや、虚をつかれた色に塗られていて、少しばかり幼さが伺えた。
成人男性、更にはしっかりとした体躯を持つ彼に抱く感情としては不適切ではあるが、そう思っても許される関係でいさせてもらえてる私からしたら、随分と可愛らしく感じてしまう。
そうして次にはきっと、笑ってくれるのだろうと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。
「主、様?」
「そいつん所に案内しろや」
再び目を座らせてしまった彼は、今にも足を踏み出さんばかりの雰囲気で、私を睨み上げてくる。これは予想外だ。
燃えるような瞳に捕らわれ、思わず胸を鳴らしてしまったが、そうではない。
「主様、落ち着いて、相手は幼い子供だよ」
安易に触れない様にと配慮しつつ、体の前で歩き出しそうな彼を止めるように両手をかざせば、主様が一歩踏み出しその手に体を押し付ける。
思わず身を引こうとすれば、逞しい腕が私の腰へと回され、離れる事を阻止された。少しとはいえ私の方が背が高いのに、こうも体格に差が出るものかと、幾度となく思わされてしまう。違う、だからそうではなくてだね。
「んなの、関係ねえ」
「え……」
片腕は私を拘束したまま、するりと伸ばされた主様の右手が、私の左手袋を引き下ろす。抵抗する理由も無いため、身を任せていれば指を絡め取られて主様の口元に運ばれた。
何を、と声を出すより早く、ぐありと主様の大きな口が私の薬指を食む。
「ッ……!」
ビリ、とした痛みが一瞬。次いで、痛みのあった箇所をぬるりと舌の這う感覚に、思わず身を震わせてしまった。
あぁ、これは……。
「ミヤジは俺の嫁さんになるんだから、チビだろうがなんだろうが、誰にも渡す気ねえんだよ」
主様の口内から解放された私の薬指の付け根に、しっかりとした歯型が残っていて、それが何を意味するかなんて聞くまでもない。
私は確かめるようにそこを親指でなぞれば、つい口元を緩めてしまう。痕は時間が経てば消えてしまうというのに、どうにも嬉しく感じてしまうのだ。
「わかったか」
私達執事は、須らく主様のモノである。しかし、私と主様はそれにもう1つ特別な関係を持ち、主様が今確認させて来ているのは、そちらの方。
顔を寄せてきた愛しい彼に、応えるように私も寄せて額を合わせる。
「あぁ、私の身も心も、愛しい貴方のモノだよ」
満足そうに細められた、視界いっぱいに写る輝く瞳。余りにも眩しくて目を閉じれば、それが合図のように唇が触れ合った。
「明日、そのチビんとこに行くからな」
「えっ!?」
「ミヤジは俺の嫁さんになるから無理だって、ハッキリ言ってやんねえと」