第五話 "爆弾軍曹"暗黒街 某日。とある暴力団の本拠地で銃声が鳴り響いていた。
「ノールックで撃ってくるとか正気かよ あの女」
一人の男が少し離れた所で青ざめていた。銃声とノールックで察する人もいるだろう。そう、本作の主人公なのに前回あまり出番がなかった百峰桃音だ。
「なぁ瑠花~、今回なんかチョロない?」
呑気に問いかけるその向こうには暴力団達を殴り蹴り殺していく女がいた。
「キャハハハそれな〜!でも超楽しい」
「おい…なんで"殺戮の悪魔"がそっち側にいるんだよ聞いてねえぞ」
パニックになっている男に"殺戮の悪魔"と呼ばれているその女は早乙女瑠花だ。先日、正式に殺し屋になった快楽殺人鬼だ。いつもは銃声だけが鳴り響くこの仕事場に彼女という怪力にの持ち主が加わると、聞きたくないような骨が砕ける音と悲痛な悲鳴が付き物になる。
「おのれ"人間兵器"めぇぇぇ」
「は〜っだーれが人間兵器やねん」
やけくそになって襲いかかるの言葉にキレた桃音は目を向けてその脳天に撃ち抜いた。風穴が開いた男は頭に血が昇ったまま重力に身を委ねた。
(桃音もそういう通り名ってやつ?付けられてるんだね)
瑠花はそのやり取りに耳を傾けながら敵をなぎ倒していった。"人間兵器"……桃音が暗黒街で勝手に呼ばれている異名だ。そりゃ桃音はノールックで的確に相手の脳天を撃ち抜く凄腕のガンナーだから言われても可笑しくはない。だが本人は全くもって気に入っていなかった。裏社会に可愛さを求めるのもどうかと思うが、全然可愛くないからだ。
バンッ!バンッ!
ゴキッ!バキッ!
銃声と骨が砕ける音が暴力団"だったもの"に敷かれた地獄絵図のようなこの場を響かせた。
暗殺組織"IBUKI"本部。店長室。任務を終えた桃音と瑠花は本部に戻り、報告書を店長の元へ届きに来た。
「お疲れ様です。百峰くん、早乙女くん」
そうデスクに座って言うのは暗い赤髪にスカル仮面の男。店長だ。
「はい!」
「全然!疲れてないです!」
二人はそう返事した。特に瑠花は元気が有り余っていた。彼女がタフなのもあるが、まだ殺り足りないと言いたいんだなと察した。
「はははっ、働き者で何よりです」
「思った以上に楽勝だったもんで!」
「それは同感」
微笑ましく言う店長に、瑠花は明るく言った。店長はつい最近採用した本来始末するべき人間に不安に思っていたが、少しづつだが徐々に安心してきたようだ。
「そうでしたか。しかし次の任務はまた後日でしょう。今日は休んでください。」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
本部を出た桃音と瑠花は中華街の裏道を歩いていた。なぜかって?思ったより早く終わって暇だからだ。
「あー!まだ殺りたい!」
「まあまあまあ〜」
背伸びをしながら言う瑠花にポンと肩に手を添える桃音。殺し仕事をしていた時は少しだけ忘れられたが、彼女のそこ発言でかなり殺人鬼らしさが伝わる。
「(殺し屋って)決められた奴を決められた時にやらなきゃいけないってことじゃん」
「うん、せやな」
自分が山ほど人を殺しているからか、「殺し屋」というワードを控えて言う瑠花。桃音はそれに少し呆れながら相槌を打つだけだった。
「なんか助っ人とかに行けたりしないかなー?」
「たまーにあるけどなソレ」
どれだけ殺りたいのかと言わんばかりの顔になる桃音。しかしそれに関しては同感だった。実は先程の任務は真昼間で早くも終わったため、余計に暇なのであった。
「てゆーか、どーする桃音~?」
「せやな〜、暇やし凜々愛ん家押しかけに行く?」
「あり!確か今日凜々愛休みだもんね!」
「決まりやな!手ぶらで行くのもなんやし、なんか買ってこや!」
「そーしよ!」
二人はそんな会話を繰り広げながら、今日は非番の凜々愛の家へ向かおうとした。その時だった。
ドカーン…!
「「」」
僅かに爆発音が聞こえた。
「え、今なんか爆発した?」
「した!けどなんか……近いような遠いような?」
瑠花の言う通りだった。その爆発音は近い所からした気がしたが、どこか目には見えない所から聞こえたような気がした。
「まぁ、この辺じゃ銃声以外でもそういうのはあるか」
「いやいや爆発音はあんまり聞かないよ?銃声はともかく!」
爆発音に疑問を抱きはじめる桃音と瑠花。この街は治安が悪すぎて、人気のない場所で日々銃声が鳴っていたり、ごく稀に流れ弾が飛んでくる時もある。しかし爆発音は滅多に聞かないかもしれない。
「てかさぁ、これ多分手弾じゃない?音的にそう!」
「なんで分かんねん。いやわかるっちゃわかるけど」
「あと、結構近くのような気がする!」
「せやろな」
それには桃音も同じ考えだった。確かに近くから音がした。でも周りには爆発したような物や火の付いたものは見たらない。ただ焦げ臭い匂いがする。
「そういや、なんか地面に響いた感じるしやんかった?」
そうだ。地面から聞こえたような気がした。
………地面?
「わかった!地下だ!」
「なるほど!でもどっから匂いが……?」
原因がわかった所で、桃音はふと下を見ると「地下通路」と書かれたマンホールがあった。どうやらここから匂いと音がしたのだろう。
「あれじゃん!」
「いやでもなんで地下なんや?」
「地下になんか組織みたいなのがあるんじゃない?」
「なるほどね〜、殺し屋とかが下で頑張ってはるんやな」
桃音は瑠花の考察に納得した。これだと全て辻褄が合うからだ。
「殺し屋アタシ!ちょっと見てくる!」
桃音の呟きを聞いて瑠花は興奮しながらマンホールを開け、飛び降りるように中へ入っていった。
「え、ちょっ、マジで待って!」
桃音もとっさに瑠花の後を追おうとした。しかし彼女の動きはスマホの通知音によって止められた。
「なんや…?店長?」
桃音はスマホを取り出し、メールを開いた。店長からのメールだった。
「………こりゃ運が良かったなぁ瑠花!」
メールの内容に目を通した桃音は、そう呟いて、マンホールの中のハシゴを降りていった。
マンホールの中を降りると、地下通路が広がっていた。少し離れた所に、瑠花が立ち止まっまているのが見えた。
「瑠花ー!勝手に行かんといてや!」
瑠花のそばまで駆け出して追いついた桃音。
「ごめんごめん!笑 それより!なんかありそうじゃない?」
「うん。なんかあるのは確定やわ。だって今……」
「喂!什么你们!为什么在这里」
すると桃音の発言が中国語によって遮られた。見るとメンズのチャイナ服を着た男が立っていた。先程は何を言っているのかが分からなったが、警戒しているように見えた。
「你们......为什么在这里?」
「なんて…?」
「 『お前ら どうしてここに?』 だってさ! たぶん中国マフィアだね!」
「なんで分かんねん詳しすぎやろ」
「えへへっ」
桃音と瑠花は平然として目の前の中国人について話す。警戒心ゼロだ。
「くっ…!勘のいい奴は嫌いダ!」
今度は日本語だ。男はそう言って、自分から見て手前にいた桃音に銃を向けた。
「あー、はいはい。手え出せへんから! 平和主義で行こうや…」
そう言いながら桃音は両手を上げた。
「フン!何が平和主g………」
バコッ!
そう言いかけようとした瞬間、瑠花が男の頬を殴った。
「ちょっとー!アタシの存在忘れてるでしょ!」
「忘れられてんなぁ笑」
口を尖らせて言う瑠花の隣で、桃音は手をおろして笑って言った。
「己ぇ!」
男はすぐに立ち上がって攻撃しようとした。
「はーい!ちょっと大人しくしよっか!」
瑠花はそうはさせない と、男の首を締めるように握り、壁に押し付けて動きを封じた。
「質問ターイム!アンタはどこのマフィアの一員や?」
桃音が明るい口調で男に問いかけた。
「あぁ」
「言わないなら選びなー? ………首と内臓、どっちを潰す?」
瑠花はいつもの明るい表情のまま、低め声で脅した。
「あ、ちなみに今あんたを押さえてる女はあの連続殺人鬼の"殺戮の悪魔"やで?」
桃音が追い討ちをかけるように言うと、男はその言葉を聞いて急に顔が青ざめた。
「んで?どこのマフィアや?」
「……茶否(ちゃいな)マフィアだ」
降参したのか、男は吐いた。続けて問いかけてみる。
※敵組織の名前付ける気ゼロの作者※
「本部は?」
「…この近くダ」
「なるほど…」
やはりこの地下に本拠地があるようだ。押さえつけている瑠花も、男の答えに耳を傾けていた。
「最後に聞く。さっき地上で爆発音がしたんやけど、この地下からやと思うが心当たりは?」
「あぁ……それは……」
ドカーン!
男が話そうとした瞬間、代わりに問に答えるかのように、例の爆発音がした。
「……これの、ことカ?」
男が地下通路の奥の方に目を向けて言った。恐らくその先に本拠地があるのだろう。
「うん!これだ!」
「で?これは誰による爆発なんや?」
桃音は最後と言いながら、さらに質問した。
「んなもん言われても……急に押しかけてきた奴なんだよ!」
「ん?とすると……?」
男の言葉に引っかかった瑠花。
「殺し屋だ…!俺らを消しに!お前らもそうだろう」
やはり殺し屋による爆発だった。桃音はここで全てを見据えた。
「よーし、わかったわ。もうええで瑠花」
「はーい!」
瑠花は一員から手をゆっくり離した。
バンッ!
瑠花が男から手を離した直後に、桃音はお得意の早撃ちで男を葬った。
「えー!アタシが殺りたかったのにー!もう!」
「アンタがやったらどうせ止まらんやろ! どの道今から任務やからええやろ」
「? どゆこと? 」
桃音の言葉に首を傾げた。それを見た桃音はスマホを取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。
「さっき店長からメールあってん」
桃音はスマホの画面を見せながら言った。メールの内容はこうだ。
【追加任務】
標的……茶否マフィア
場所……中華街地下通路
今日は休めと言っておきながら申し訳ありません。百峰くんと早乙女くんの実力を見込んで別任務の援護をお願いします。この任務担当は主に爆弾を扱う核山康一という殺し屋です。彼と合流して任務の遂行をお願いします。
"IBUKI"本部 店長
「せやって。まさかの追加任務先とは思わんかったわ」
「えマジー 超最っっ高なんだけど! 」
本来ならば憂鬱になるはずの報告は、彼女にとって嬉しい報告だった。とにかく行きたくて仕方ない瑠花に少し呆れながら桃音は彼女と進んでいった。
"茶否マフィア"の本部、廊下。二人はマフィアの本部の入口から中を覗き込んだ。
「所々、爆発した跡があるな」
「なんか焦げてるとこ多いし見張りも全然いない!」
入口地点ではもう既にマフィア達の死体が転がっていた。崩れかけたコンクリートの壁や床に付いた黒い炭や血痕やバラバラになった死体は、誰か殺し屋が通った足跡に過ぎなかった。そして、この形跡から その殺し屋が核山康一という者がやったことに確信した。
「追加任務や瑠花。百峰〜行きまーす!」
「りー!」
桃音は銃を取り出し目の色を変えた。瑠花も同様、普段のギャルから一変し、連続殺人鬼の気配になった。
ドカーン!
奥から爆発音が鳴り響いた。今度は地上で感じた振動よりも、地下通路で聞いた時よりも大きかった。
「また爆発した!」
「行くで!」
二人は駆け出し、奥へ入っていった。
武器倉庫。
『クソ……!もうこんな所まで』
「さって!この次がお前ら大将がいるんだな!何言ってんのか分かんねぇけど」
銃を向ける手が震えている集まった数人のマフィア達の前に、一人の男が陽気に言う。
「この…爆弾野郎が!」
今度は日本人の一員が言う。爆弾野郎……どうやらこの男が先程からの爆発させまくっている者だ。
「爆弾野郎なんて人聞き悪ぃな!よーく聞けよ!俺は核山 康一!ボマーだ!」
そう陽気に名乗る彼は緑の目に少し短い髪と七三分けの前髪にゴーグルを装着している。ガッチリした筋肉質の身体に緑のタンクトップに肩がけした黒い何かのベルトをして、フードが付いた緑のナイロンジャケットを着ている。やたらポケットが多いダボッとした黒いズボン、大きいスニーカーと革製のグローブを付けている。
まぁ…例えで言うと学校のクラスには絶対一人は居るタイプの男子だ。
「チッ……!ここで死でもらうぞ!」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぜ!」
そう言って康一は手弾を取り出し、セーフティピンを抜いて一員に向かって投げた。
ドカーン!
「爆弹!」
「そこかー!」
今の爆発音で場所がわかった桃音と瑠花は駆けつけ、武器倉庫から姿を現した。
「うおっ」
「「あっ」」
爆発音をさせた男を見てフリーズする桃音と瑠花。康一に至っては突然知らない女二人が現れたことに思考が停止している。しかもゴーグルを付け直そうと外して素顔を見せた時にだ。
「桃音、コイツであってるの?」
「あってる。たぶん…?」
瑠花は確認するが、桃音はうろ覚えであった。例えで言うと大学の入学式で知り合ってそれ以降は授業が被らないなど他に友達ができたなどの理由で全く喋らなくて顔と名前がうろ覚えになって少し気まずい空気になるやつだ。
「な、なぁ。アンタ"IBUKI"の殺し屋やんな?」
思い切って聞いてみた。
「ん?そうだぜ?」
「よかった合ってた。確か名前が…」
「核山康一、ボマーさ!」
桃音が言う前に、康一が本日二回目の自己紹介をした。すると桃音はあっ と思い出した表情をした。
「あぁアンタ!めっちゃ前に本部ですれ違ったことあるわ!」
「そうか?悪ぃ、ちょっと覚えてねえな。てか、君も"IBUKI"の殺し屋なんだな!」
「店長からメールあって来てん。援護しに来てん」
そう言いながら桃音はメールの内容を見せた。
「なるほどな、そういうことだったんだな!ありがとな!」
康一は援護の礼を言った。
「へー!この人も"IBUKI"の殺し屋なんだね!」
「? 君は?」
瑠花がそう言うと、康一は答えるように彼女を見て言った。
「あーこの子、新入りの瑠花や。たぶんまだ会ってへんよな?」
代わりに桃音が紹介した。
「よろしく〜!」
「おう!よろしくな!……って待てよ?店長が言ってた最近殺し屋に推薦された新人って……まさか?」
「"殺戮の悪魔"だ」
「「「」」」
突然、男の声がした。見ると奥のドアの前に装飾が豪華なメンズのチャイナ服を身にまとった男が立っていた。この茶否マフィアのボスだ。
「本来ならば殺し屋に消されるはずのお前が何故そっちに居るんだ……憎い…腹立たしい…!」
ボスは顔を歪ませてこちらを睨みつけて言った。淡々と話す日本語から、日本人だということがわかった。
「はぁ?だから何?正式に殺し屋になったからこっち側に居るんだけど?」
煽るように言い返すルカ。
「あぁ?くっそ腹立つなあ、お前。死んでほしいもんだぜ」
ボスはさらに顔を歪ませた。すると康一は瑠花の肩に手を添えて、自分の後ろへ隠れさせるようにして前に出た。桃音たちの盾になったかのように。
「悪いがお前が死んでもらう。俺らがここで、お前を倒す!」
そう言ってボスを睨みつける三人。が、瑠花だけは少し違っていた。当たった手の感触が肩に残っていた。
「ははっ……はははははっ!倒す…かぁ。お前らに俺が倒せるかあ?」
ボスは高笑いして言った。
「ゆーとくけど、コウイチはここまで一人で来たんやで?」
「アタシらはたった今来たんだから!まだなんにもしてないんだから!」
桃音と瑠花が康一の背中から姿を見せて言う。
「ふん!それがどうしたって言うんだ!どうでもいいな、そんな…………こ…?」
そんなこと、と言うつもりだったボスはゴーグルを外した康一の顔を見て顔色を変えた。
「あぁ…?ちょっと待て?お前、核山康一…と言ったな?」
「? あぁ 」
ボスは何も言わず、康一をじっと見つめた。しばらく沈黙が続いた。
「あぁ…そうか。お前、"爆弾軍曹"だな!」
しばらくたってからボスは口を開いた。
「軍曹?」
「どゆこと?」
桃音と瑠花は理解出来なかった。
「なるほど…なるほどな!だからあの人数の手下達がいても一人で全て倒せたわけか!」
「あの人数なんて、元軍曹の俺にしちゃチョ口いもんだぜ」
余裕ぶっこいて言う康一。それを聞いたボスは癪に障ったのか、先程のような歪めた表情になった。
「軍人だったの?」
「でも今の時代に軍人なんかおらんはずじゃ…?」
二人はまだ分からなかった。桃音の言う通り、今の時代に軍人なんか居ない。そもそも今の日本には戦争とかは……
いや、違う。思い出した。確か七年前だ。
『地覇那区・曼珠市事変』
(ちのはなく・まんじゅしじへん)
大規模な極悪非道な犯罪組織と日本政府軍との戦争が起きた。曼珠市とはかつてここ暗黒街こと地覇那区の隣町だった。しかし戦場と化したせいで市長が自殺し、現在はここ地覇那区に吸収された。また、今はその区域を旧曼珠市とも呼ばれている。
「俺は覚えているぞ……あの時の!」
「え?お前俺のこと知ってんのか?」
「はあお前覚えてねぇのか軍曹俺は当時伍長だった……!」
「えー…?お前みたいな奴いたっけ?」
このやり取りだと、ボスが同窓会で再会したのに覚えられていない影の薄いクラスメイトに見えてきた。言ってはいけない康一のトドメの一言でボスの堪忍袋の緒が切れた。
「あぁもういい!貴様ら全員ここで終わらせてやる!」
ガガガガガガガガガッ
「うわっ」
ボスは背中に隠していた二丁の機関銃を桃音たちに向けて乱射した。
「あっぶねぇなアイツいきなり撃ってきやがっ
た!」
康一が言った。桃音達はその辺の武器が入った箱の影に咄嗟に身を隠した。
「お前らにもう明日はねぇ!蜂の巣になって死ねぇ!」
そう言いながらボスは狂ったように機関銃を乱射し続ける。身を隠すための木箱がじわじわと削られていく。
「めっちゃ撃ってくるじゃんアイツ!」
「近づかれへん!」
この状態に焦り出す桃音と瑠花。
「あぁ、それにアイツ相当機関銃を使いこなしてやがる!他の奴らとは別格だ。間違いなくアイツも元軍人だ。かなりの技術があるぜ!」
康一はボスの腕を見て確信した。さすが元軍曹。少し見ただけで相手がどれほどの力があるのかがもう把握している。
「でも思い出されへんの?」
「……ちょっと思い出してみるぜ!」
「今そーゆ一場合じゃないと思うよ」
「そうだな!」
こんな状況にも関わらず割と呑気な康一に透かさず瑠花は突っ込んだ。
「オラオラどうした降参か」
ボスは機関銃を乱射しながら叫ぶ。木箱が少しづつ小さくなっていく。このままでは時間の問題だ。
「しょうがねぇな…!」
康一が手弾を取り出しセーフティピンを抜いてにボスに向かって投げた。
ドカーン!
手弾は爆発してその辺は灰色の煙に覆われた。
「…殺った?」
「たぶん…?」
瑠花と康一は木箱の影から顔を覗かせて様子を伺った。
しかしその瞬間、桃音は煙から殺気を感じとった。
「伏せて!」
ガガガガッ
煙の中から複数の弾丸が飛んできた。
「馬鹿め!当たったとでも思ったか!」
咄嗟に木箱に身を隠すと、ボスの声が聞こえた。
「なんでだ…」
康一は顔を顰めた。ボスは咄嗟に避けたから無事だったのだろう。
「やっぱりな軍曹よぉ!相変わらず馬鹿で出来損ねぇな!生きる価値すらねぇ!せいぜい目に光が宿っただけであの時から全く変わってねぇなぁ!」
弾丸と共に容赦ない罵詈雑言を浴びさせるボス。どれだけあの男が康一のことを嫌っているのかが伝わる。しかしその時だった。弾丸の雨が止んだ。
「チッ……弾切れかよクソッ!」
ボスは乱暴に機関銃を床に叩きつけて捨てた。
「……俺は軍人時代のことはあんまり覚えていねえ。お前のその言葉、否定できないかもしれねえ」
するとゴーグルを付けた康一が姿を現し、強ばった表情をして言った。
「は?」
「だがな、これだけは俺でも言うぜ。処刑宣告だ。今ここで、この軍曹に歯向かった伍長を殺す!」
ジャキッ!
すると康一は上着を脱ぎ、肩にかけていたベルトを回し機関銃を構えた。
「「へっ?」」
ドガガガガガガガガッ
そのままマフィアのボスに向かって乱射した。ボスはすかさず物陰に身を隠した。先程の手榴弾も、そこへ避けたのだろう。
(それ機関銃やったんや…)
「元軍曹ナメるなよ!これでもお前より階級は上だからな!」
康一は煽り返すように言った。そしてそれもまた、ボスの癪に障った。
「てめえのような奴に下とか言われたかねえ!おい側近ども!」
「「「「了解」」」」
ボスが叫ぶと突然、ヌンチャク、鎖鎌、斧をそれぞれ持った男四人が、奥の部屋から出てきた。日本語ではない。中国人だ。呼ばれるまで出てくるなと言われていたのだろう。
「うわ、ごっつ!」
「まだいたの」
桃音と瑠花は立ち上がり、戦闘態勢に入った。
「くっ!計五人かよ!」
「死ねぇ!」
大男の一人が康一の背後から大きな鉈を振り落とそうとした。
「しまった…!」
「康一!」
ダァン!
鉈が康一に届く直前に瑠花は自身の力強い蹴りで鉈を横へ倒した。
「ほっ!」
瑠花は一旦着地をして再びジャンプして鉈の男の頭を目掛けて蹴った。
ゴキィ! メキメキメキメキィ…!
鉈の男の頭蓋骨が砕ける音がした。その男は呻き声をあげながら地面に倒れた。
「はーい一人目~!康一、大丈夫?」
見事に着地した瑠花は明るい声で言った後、康一の方を見て言った。
「…す、」
「?」
「すっげぇぇぇ」
するとしばらく黙り込んでいてた康一が目を輝かせて言った。
「へっ」
「あのデカい鉈を蹴りで動かして、さらにそいつの頭を蹴り飛ばしたぞ」
「えっ、あぁ……うん」
瑠花は戸惑いながら相槌をうった。驚いているため、歯切れが悪かった。
「すげぇ!すげぇよ!君 凄いんだな!あと助かったよ!ありがとう!」
ドキッ♡
「あ、ありがと……」
真っ直ぐで緑の宝石のようにキラキラしている目で、包み隠さず伝える康一に、瑠花の鼓動が高まり、顔が暑く感じた。
(え?何コレ?なんか…心臓が、変? ドキドキする?)
瑠花は康一に対する、ある”何か”の感情が芽生えた。
それは……
「瑠花!康一!関心してんと助けて!」
ハッとして見ると、桃音は鎖の男に苦戦していた。その男は鎖鎌を振り回して桃音を追い詰めていた。
(隙がない!近づかれへんし狙いずらいから撃たれへん!)
桃音は真正面から振り回す鎖鎌を避け続けた。
バシィ!
「っあぁ!」
すると桃音の両手に刺激が走った。
見ると両手にしっかりと握っていたはずの銃が二丁とも無くなっていた。
「あ ヤバッ!」
「收到了!」(もらった!)
ジャラァ!
男は鎌が鎖の反対側の片端に付いている重りを桃音に投げた。重りの付いた鎖は桃音の胴体の周りを一周、二周、三周と回った。
「え…っ?」
ギチィ!
「あぁ…っ!しまった!」
ダンッ
長い鎖は桃音を縛り上げた。さらに鎖鎌の男は桃音を蹴って床に押し倒して踏みつけた。
「テメー!桃音に何すんの!」
「桃音!今行くぜ!」※瑠花から名前聞いた。
「「让他做吗!」」 ((させるか!))
桃音を助けに行こうとする二人の前にヌンチャクの男と斧の男が邪魔をしに現れる。
「あ〜もう!めんどくさい!」
「邪魔だ!どけ!」
ヌンチャクの男は瑠花に、斧の男は康一に襲いかかる。それも両者ともしぶとい。
「ははは、哀れな女だ。踏みつけられて死ぬとは……殺れ」
「了解」
鎖鎌の男のすぐ近くで嘲笑いながら言うボスはその男に命令した。
(やばい…!動かれへん!)
焦り出す桃音。床と男の太い足に加え鎖が桃音の胴体と両腕を圧迫する。
「好吧,我会让你轻松一点的」(まぁ、楽にしてやるよ)
「お前…!何ゆーてんねん」
抵抗の意を含めた睨みつける桃音の目には、踏みつけている足にグッと力を入れ余った鎖についた鎌を振り上げる男が映っていた。
「桃音!」
「你的对手是我!」(お前の相手は俺だ!)
「やめろ!」
「你到底在看哪里!」(どこ見てやがる!)
二人とも桃音を助けに行こうとするが、やはりヌンチャクの男と斧の男が行く手を阻む。
「去死!"人間兵器"!」
(終わった…!)
桃音はグッと目を瞑り死を覚悟した。男が鎖鎌を振りさげかけた…
その瞬間だった。
ガコォン!
立っている者から見て、上から大きな音がした。
ガツン!
鎖鎌の男の真上の天井にあった通気口の戸がその内側から蹴開かれ男の頭に直撃した。
「な、なんだ」
思わぬ展開に驚くボス。するとその通気口から人影が降ってきた。その人影は鎖鎌の男の上に着地するように踏みつけて倒した。
「何やってんだてめぇ…」
「おぉ!お前!」
その人影から怒りが含まれた言葉が聞こえると、それと対称に康一の機嫌のいい声が聞こえた。
男だ。青い目に紺のスーツ、長髪を一つに束ねた男だ。
「え、大輝」
その男は情報屋兼ハッカーの琉芭 大輝だった。