最速の守り最近、桑名の奴が冷たい。
いや、冷たい気がする。
一緒にいる時間は誰よりも長く、常にお互いのことを気にかけ、眠るときも一緒にひとつの布団で眠り、お休みのキスも欠かさない。
時間が合えば、体を重ね愛を確かめ合う。
いつもと同じだし、別に桑名の愛情を疑うわけではない。
それでも、最近桑名が冷たいと感じてしまうのはなぜだろう。
豊前の練度は高く今はすでに修行を待つ身である。
桑名はまだ練度が上限には達しておらず、出陣や遠征に忙しそうだ。
顕現時期が違うせいでこのような事態になっているがそのことも豊前のもやもやに拍車をかけていた。
毎日のように出陣する桑名を見送り、出迎える。
そんな時に儀式のように行われる行ってらっしゃいとお帰りのキス。
その回数が最近減っているのだ。
拒否されているわけではない。何かとタイミングが悪くうまくかみ合っていないように思えてしまう。
「嫌われてるわけじゃねーと思うけど、なんか冷てーっていうか…ドライっていうか…」
豊前が部屋でうだうだとそんなことを考えていた時、にわかに玄関が騒がしくなった。どうやら遠征部隊が帰還したようだ。
豊前は急いで玄関へと向かう。遠征部隊には桑名がいるはずだ。
そんなに長期の遠征ではないから見送ったのは今朝であったし、ケガをする鳥な内容でもなかった。
それでも、「だから安心、部屋で待っていよう」とは思わない。
桑名が「行ってきます。」と手を振り玄関を出た瞬間から心配で仕方がないのだから。
ゲートの不調で戻れなくなったら。
予測不能な敵に出くわして怪我でも負ったら。
何かの拍子に折れてしまったら。
不安で押しつぶされそうになる気持ちを毎回押し殺して、豊前は桑名を送り出しているのだ。
そんなことを言えば「豊前は心配症なんだね。」と松井あたりに笑い飛ばされるに違いない。
それでも、その可能性がゼロではない以上豊前の心配が尽きることはない。
今朝も「行ってらっしゃいのキス」をしていない。それは、豊前にとってお守りを渡しそびれた感覚でありなんとも不安感のぬぐえないものであった。
豊前が玄関へとたどり着くとそんな心配をよそに桑名は、土産の自野菜や、よくわからない植物をたくさん抱えて部隊の仲間たちと談笑していた。
「桑名おけーり!」
「あ、豊前ただいま。」
豊前の出迎えに桑名の顔がパッと花が咲いたようにほころぶ。
他の男士たちもそれぞれ兄弟やら懇意にしている相手やらが出迎えており、玄関はにぎやかだ。
豊前が、桑名にお帰りのハグ、そしてキスをしようと近寄るも、桑名はタタキに置いた大きな大根を抱えるために、ひょいと身をかがめてしまったため豊前はそのタイミングを完全に失ってしまった。
「豊前、ゴメンこっちの人参、台所に一緒に運んでくれる?」
「あ、ああ。」
最近ずっとこんな感じだ。
おかえりのキスもいってらっしゃいのキスも、なんだかんだとはぐらかされてしまっている気がする。
今までは向こうからしつこいくらいに求めてきたというのに。
どういう心境の変化だろう。
豊前の気持を知ってか知らずか、桑名はすたすたと歩き出し、豊前も人参を抱えて、桑名のあとを追いかけた。
台所に行くには室内を通らず、一度玄関を出て畑側を回り勝手口と呼ばれる裏口から入りなおす方が近い。しかも、桑名が持ってきた野菜には泥がびっしりとこびりついているから、外の水道で一度洗い流した方がいいだろう。
豊前は、そんなことを考えながら桑名のあとをついていくとふっと視界が遮られた。
「チュッ」っと不意に唇が柔らかく覆われ、目の前に一番見つめていたいと思う顔があった。
「豊前、ごめんね。ただいま。」
「おま……どうしたんだよ!」
突然の行動に豊前は目を白黒させた。
桑名は、大きな大根を片手に持ち直して、空いた方の手で一度豊前を抱き寄せてから額にチュッとキスをした。
「こないだ読んだ本にね。こういうことはあまり人前ですべきではないって書いてあったんだ。主のいる時代も、まあ地域差はあるみたいだけど、あんまり人前ではしないみたいだよ。だから……。」
だから、こうやって人目のない場所まで豊前を連れてきたんだ。
桑名の言い分に豊前はほっと肩をなでおろす。
桑名の愛情を疑ったわけではない。
ないがそれでも、こうして正直に話してくれることが素直に嬉しかった。
でも、と豊前は口をとがらせる。
「でも主の時代のどこかの国じゃ、これは愛する者たちのあいさつだって聞いたぜ。人前でも問題ねーって。」
豊前だってそのくらいのことはわかる。人前でしていいことと、いけないこと。確かに地域差や時代差もあると思うから、一概には言えないが、キスやハグは問題ないはずだ。
しかし、桑名はしゅんとしている。
「うーん、そうなんだけどさぁ。僕もなんだかちょっと恥ずかしくなっちゃって……。本丸の仲間もあんまりやらんし。こーゆうこと。」
「俺は、いつでもどこでもお前とキスしたりハグしたりしたいんだけど?」
豊前の言葉に桑名も声をうーっと声を詰まらせる。
そして、もう一度豊前の腰をぐっと抱きしめると、その耳元で小さく囁いた。
「だってさ、キスするときの豊前が可愛すぎて……。それだけじゃおわれなくなっちゃいそうなんだもん。」
出陣前のキスなんかもう最悪だ。
キスをしていってきますと告げて、ゲートをくぐって、ほらもう帰りたい。
一刻一秒を争って豊前に会いたくなる。
最後に触れた柔らかな唇の感触が、だんだん消えていくのに耐えられない。
桑名がそう告げると、豊前がふはっと噴き出すように笑った。
「いーじゃねーか。仕事が早くなる、練度も早く上がるよきっと。」
「もう、そういうことじゃないんだってば!」
桑名がぷぅっと頬を膨らませると、豊前はにやりと微笑んだ。
「んじゃ、毎回俺は意地でもお前に行ってらっしゃいのキスをしてやる。」
「もう、僕の話聞いてた?」
「ああ、聞いてたさ。俺がキスすればお前は一分一秒を争って帰ってきてくれるんだろ。願ったりじゃねーか。」
もう、僕の気持ちも考えてよね!
今度は豊前が桑名の腰をぐっと引き寄せてその唇にチュッと優しく印をつけた。
「最速で帰ってこねーと、許さねーかんな。」