こうきょうの公園の砂場はふえいせいだから、手で穴なんか掘っちゃダメだって母さんが言ってた。
元々砂場あそびなんてしないし、ボクには関係ないって思ってたけど、さっきからずっと一人で砂場の砂にゆびをつっこんで、あーでもないこーでもないって書いては消してをくりかえしている子の、その書いている地図が気になってしかたなかった。
ボクはすわっていたベンチに画用紙と色えんぴつを置いて、とうとうその子に声をかける。
「ねぇ、それってさ、バレーの……」
ボクがその子に声をかけたしゅんかん、いきおい良くびょっとこちらに向けられた大きな二つのひとみが、ボクも女の子みたいってよく言われてるけど、その子のひとみはボクよりもあんまりにも大きくて、息をひゅっと吸ったあと声が出なくなってしまった。
「このあいだのっ! 試合、みた!?」
たじろいでるボクには構わず、その子は目をキラキラさせてボクにつめよって来る。
「ここにボールが来たのをさぁ、ここの人がこっちにギューンって! そんでバシッ! って、でもそれも拾われちゃうんだよなぁ。なぁ、どこへ打ったらよかったと思う?」
「……」
その試合はボクもテレビでみた。今までクラスの友だちだって、みても野球とかサッカーとかばっかだったし、だれもバレーボールなんかみていなかった。
心ぞうがドキドキしてきて、もうふえいせいとか気にする間もなくボクもその場にしゃがみこんで、
「ここにブロッカーがふたり飛んでたから、ボクならこっちの選手に上げて、バックアタックでこのへんに打たせるかな」
むちゅうで砂の上にボールのきせきを描いた。
「え! そっちに上げるって、おまえセッターやんの? でも、最後に決めんのはスパイカーでしょ?」
「そうだけど、トスが上がんないとスパイカーだって打てないんだよ? でさ、さっき言ってたやつだけど…」
ボクが話をその先へすすめようと、砂場をもういちど平らにして線を書こうとしても、その子は口をぱっくり開けたまま信じられないという顔でわなわなとふるえていたので、ボクはなにか変なこと言ってしまったのかな、と不安になった。
その時、はなれた場所からボクを呼ぶ声が聞こえてきた。とっさにマズイ、と思って、からだ中の砂を手でパタパタと落として、
「ボクもう行かなきゃ。ここにはいつもいるの?」
そうやって聞いても、その子は口を開けたままキラキラとした瞳でボクを見上げるだけだった。
また会えるといいけど、近くの子かな?
青葉城西のバレー部は白鳥沢に次いで大所帯だ。特に及川徹のいた年は豊作の年と言われ、中学時代から彼のそのトスを打ちたいがために入部してきた強者もいる。
ただ、当初セッター希望だった部員は自ら他のポジションに転向するか、途中で退部してしまう者も相次いだ。それも当然だ。及川が在籍している3年間は、彼が怪我で欠場でもしない限り他のセッターの出番はない。
「でもスガくんは諦めてないもんね」
「いやいや、試合に出るのは俺も半分諦めてっし」
及川と同学年にしてセッターという、高一の頃からそのポジションを決して動かなかった部員が一人。菅原孝支は、下級生部員からはヒソヒソと哀れみの目で見られているのを知っていても、卑屈な面は誰にも見せることはなかった。
「えーじゃあさ、やる気に満ちたそれも空元気なわけ?」
「空元気で3年間もこんなとこいられるか! 俺には俺の楽しみがあんの」
同い年の部員はみんな菅原に好意的だ。とはいえ、他の部員も菅原のことを悪く言う人間はいない。好きだからこそ彼にも試合に出て活躍して欲しいという思いと、及川への対抗心、敵対心のようなものをフツフツとさせて、相反する二人が揃ってそこにいることで逆に良い対流を生んでいる。
当の本人たちはというと、暇さえあればあーでもないこーでもないと、コーチを差し置いて練習メニューを組み立てるのに忙しい。
及川の構築したシュミレーションゲームに口出しを出来るのは菅原だけ。及川も、他のメンバーの話は半分聞き流すくせに、菅原からのツッコミには文句を言いつつ、自分の代わりに他のセッターをコート内に立たせてまで彼との議論を中断しない。
「そろそろいい加減にしろよ」
幼なじみの岩泉が止めるまで、いつまでだって二人で遊び続けるのだ。