(おにぎりみっつ、たこみっつ。……違う、おにぎり…じゃなくてなんだっけ)
トントントンと自分の胸を叩く。落ちろ落ちろ。上がってくるな。大丈夫、俺はまだ冷静だ。
「赤葦、どーした? 喉になんか詰まった?」
薄目を開くと目の前にはキョロリとした4つの瞳。ああもう、この人が木兎さんっていうから、木兎さんにしか見えなくなってきた。よじよじと猛禽類の尖った2本の足で菅原さんの肩を登り、瞬きするタイミングまで菅原さんと同じ。菅原さんが首を傾げれば、同じように首を傾げる灰色の、意外と大きなその生き物。
可愛いですよ、可愛くない訳がない。鳥に嫉妬するのもおかしいけど、このフクロウの木兎さんは俺にはツンとした態度で指を伸ばせばバサバサと羽で威嚇するし、そうやって暴れるのも面白がって菅原さんはよしよーしと、人差し指の背で木兎さん(じゃないけど)の喉の辺りを撫でてやる。
菅原さんが楽しそうにしているから、自分からはもう帰りましょうとは言えない。そろそろ2時間? 普段は入れ替え制で時間も決められているみたいだが、今日はお客も少ないからとフリータイムを許されている。それが逆に俺にはありがたくない。
「あ~もうここに住んじゃいたい。赤葦もそう思わねぇ?」
「……そうですね。この木兎さんがもう少し可愛かったら」
「ははっ、そうだな~。こっちの木兎は赤葦に全然懐かねーもんな」
はははじゃないですよ。菅原さんが撫でればフクロウも気持ちよさそうな顔で目を瞑るし、その仕草を見て菅原さんの表情も、俺が見た事ない柔らかさで愛おしそうに崩される。こんなのを毎日見せられたら、そのうち俺はフクロウの唐揚げ / 方法とかを検索しかねない。
「飯、どうする? ここでも何か注文出来るけど」
「……」
出来れば外に出たい。ただでさえお互いに仕事であまり会えない貴重な時間を、これ以上無邪気な生き物に邪魔されたくない。
「木兎~。それじゃあ、また来るな! 俺のこと、覚えとけよ?」
俺は心が狭い。何も答えない俺に気を遣って、菅原さんは席を立つ。フクロウの木兎さんは、一度キィーと鳴いて羽を羽ばたかせたが、それ以上は追ってこなかった。
「ご飯、食べに行くんじゃなかったんですか?」
「ここでも飯食えるよ? 食ってからにする?」
普段はこんなところ利用する人じゃないのに、今日は何も躊躇することなく俺の手を引いて、ホテルの一室に連れ込む。
アルコールが入っている訳でもないのに、既に酔ったような甘い表情で菅原さんは、ベッドの上から手招きして、俺のネクタイを引っ張って指を喉元に入れて緩めると、俺の答えを待たずにシャツのボタンを上から外し始める。
「ていうか、休みの日も何でネクタイ締めてんの。好きだから、いーけど」
自分の仕事は、休日でもいつ呼び出しが掛かるか予測がつかないので、いつでも漫画家先生の元へ駆けつけられる格好でいる。菅原さんと会っているからといって、もし電話が鳴れば出ない訳にはいかない。
「どうしたんですか。まだ、早い時間なのに」
「……だってさ、今なら赤葦、俺のことめちゃくちゃに可愛がってくれそうだから」
へへへと笑ういたずらっ子な顔は、もしかしてわざと俺に嫉妬させてた?
「……また電話に邪魔されても、文句言わないでくださいね」
と、断りを入れるものの、今ばかりは電話が鳴ろうが警報が鳴ろうが、俺自身が中断出来る自信がなかった。