没?ネタ『ムッツリすけべとオープンエロってどっちがマシだと思いますか?』
名前を見間違えたかしらん。通話中だろうとお構いなく俺はスマホを耳から離した。真っ黒な画面に白字で浮かぶのは可愛くない後輩の名前。見間違えてなかった。
松川や花巻だったらまだわかる。あいつらが国際料金を払ってまで男子高校生的会話をしたいのかは置いといて、するかしないかで言えばする。
だけど現実は違う。+81の冠を被った王様が俺の最近ちょっと機嫌が悪くて繊細なスマホを震わせていた。
『及川さん? 聞こえてますか?』
「聞こえてるよッ!」
『あ、良かったッス。日本の裏っかわらしいんで電波が届いてないのかと思いました』
「飛雄もアルゼンチンがどこにあるかわかるようになったんだね」
高校生になっても都道府県すらあやしかった男の成長を感じてしまった。
『馬鹿にしないでください。リーグに入ってなかったからヨーロッパじゃないのは知ってます』
やっぱり馬鹿かもしれない。って、そんなことを思っている場合じゃなかった。
「お前の中の世界地図がどうなろうと関係ないし、性嗜好も知りたくないの。俺はロードワークだから切る、」
『俺の手元に、日向から送られてきた及川さん変顔写真シリーズがあります。これ、岩泉さんに送ってもいいですか?』
「それだけはホントやめて。わかったよ、走りながらでいいなら聞くよ」
飛雄に変顔の一つや二つ晒したところで痛くも痒くもないけど、岩ちゃんだけはダメだ。物理的に絞められる。
ランニングウェアのポケットにスマホを突っ込んで、通話はワイヤレスイヤホンに切り替える。前は耳掛けで二つに分かれているイヤホンを使ってたけど、落として車でぺしゃんこにされてからは首掛けに変えている。それもこれもランニング中に気分良く走るための工夫で、決して飛雄のくだらない話を聞くためのアイテムではなかった。
『それで、話は戻りますけどムッツリすけべとオープンエロってどっちがマシだと思いますか?』
「二回言わなくても覚えてるってば。まず、なんでそんなことを俺に聞くのさ」
沈黙。これは言い出しにくいからではなく、バレー以外恐ろしく回転の鈍い頭脳が何から話すべきか考えている時間だ。そんなことには気付いてしまう程度には飛雄の性分を理解してる自分が嫌だった。
『先週から牛島さんと付き合ってるんですけど』
「はァ!?」
めちゃくちゃデカい声が出た。朝方かつ海辺を走っていたお陰で変な目で見られなかったのだけが救いだ。深呼吸してから気持ちを落ち着ける。
「確認だけど、牛島って俺が知らない可愛い子っていうことは……」
『白鳥沢でエースやってて、ユースから日本代表に選ばれて、今は俺のチームメイトの牛島さんです』
念入りに退路を封じられた。今ここで通話を切っても飛雄とウシワカが付き合ってる事実は覆らない。
本日の議題は過去一最悪だ。
『ハメ撮りってどうすればやめさせられると思いますか?』
「相談なら優しい先輩にしなよ。烏野のさ。あの一見爽やかそうな子とか随分飛雄を可愛いがっていたじゃん」
『菅原さんにこんな話できる訳ないじゃないっすか』
十年前の俺に憎たらしいと思ってる奴×2がカップルになり、そのうち片方が愚痴という名のおぞましい惚気を聞かせてくると言ったら憤死するんじゃないか。
「俺がお前に何をしたって言うのさ」
『サーブ教えてくれませんでした』
畜生。優しくしなかったツケが数年後にこんな仕打ちで返ってくるなんて聞いてない。