百々秀 長くて指通りの良い綺麗な金髪がソファに横たわる俺の顔に垂らされる。微笑に縁取られた唇は苺ジャムのように赤くみずみずしい。ハイネックのサマーセーターの下にある膨らみは平均的な女性のサイズを有していると思われる。更に視線を先にやるとゆったりとした膝丈のスカート。そこから伸びる黒タイツに包まれた脚が左右を陣取って逃げ道を塞いだ。
「ね、どうかな?」
見た目が与えるイメージより低い声が問いかけてくる。そのアンバランスささえ、完成された美を損なうことがないのだから羨ましい。けれど気になることは真っ先に聞くというポリシーを持っているので疑問を投げかける。
「あの……百々人先輩?」
「なぁに? アマミネくん」
小首を傾げる仕草も今はとても庇護欲をそそるくらい可愛らしい。中身が例え複数のスポーツで賞を獲ったことがある人物だとしてもだ。
「どうして女装してるのですか?」
「似合ってない?」
「似合ってます。ええ、それはもうびっくりするぐらい」
街で十人に聞いたら九人は似合うと言い、残りの一人はそもそも女装であることを信じないだろう。どこからどう見ても完璧な女性の姿だった。
「良かった。僕一人でやるのは初めてだからちょっと自信なかったんだよね。今度演じるドラマが女装してる役なんだ」
「女装役……うちなら真っ先に水嶋先輩に声がかかりそうな仕事ですが」
「うん。僕もぴぃちゃんに間違えてないか聞いたんだ。そしたら、ヒロインの子と身長のバランスを考えると僕が理想なんだって。ちょうどアマミネくんと同じ百七十センチ」
ヒロイン以上に可愛いらしさを全面に出す女装役なら水嶋先輩だったろう。けれども百々人先輩に指名が入ったということは、まるっきり方向性が逆だ。数ヶ月後には目の前の麗人が甘い台詞を吐く画面を眺めるに違いない。
「理解はしました。けど、今、女装してることと結びつきません」
「あはは、大したことじゃないよ。女装に慣れるためにやってるんだ。水嶋さんにもレクチャーは受けたけど、どうしても気を抜くと男っぽい仕草になっちゃうからね」
そう言ってソファから起き上がると、腕を組んだり腰に手を当てたりしてみせる。確かにそういった仕草になると一気に男性っぽさが際立つ。普段の柔和な雰囲気とは真逆に感じるほど、見た目の女性らしさが先行して違和感が大きく膨れ上がる。
まだ話を受けたばかりだというのに、役作りに励む姿は素直に尊敬に値する。そう口にすると頬に手を当てて照れた表情を作る。わざとやっているとわかっているのに悔しいが可愛い。
「ふぅん……アマミネくんはこういう子が好みなんだ」
見惚れる俺の視線に気付いた百々人先輩が悪戯っぽく笑う。軽く咳払いした先輩はにっこりと笑って口を開く。
「アマミネくんのこと、私、大好き」
砂糖菓子みたいなふわふわで甘い声の告白。彼女の正体を知らなければ浮かれて舞い上がっていただろう。ネットで検索してデートプランを練ったかもしれないし、それとなく流行を取り入れた勝負服を買っていたかもしれない。だけど俺は彼女が百々人先輩だと知っているし、先輩が綺麗なだけの人間じゃないことも知っている。
「あれ? 反応薄いね」
黙り込む俺を見て百々人先輩はつまらなさそうにする。しかしすぐにニヤッと目を細めると未だにソファに座る俺の上に跨ぐように乗り上げた。