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    rozko_dreams

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    イチヤさん@ichiya_at のお宅の和田光示とその奥方ミツさんとのお話その①。馴れ初め。

    #ゼロ世代FA
    zero-generationFa
    #和田光示
    wadaHikaruShow
    #光ミツ
    orientalHoneywort

    見合いの日 あの人と初めて会った時の印象ですか。そうですね、随分と分かりやすい人でしたよ。

     見合いの席に無礼にも遅れてきた女を、軍人らしく背を真っ直ぐに伸ばした姿勢を崩さず待ち続け、なのにその顔にはありありと「気に食わない」と書いてあったのですから。

    ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

     私はこの通り、見た目も上背があって無骨で愛嬌のある人間ではありません。幼い頃から、家族以外のものからは女だてらに賢しらなことを言うなだの可愛げがないだの、それはもう散々な言われようでした。
     女学校の同級生たちの間でも、陰で卒業面と呼ばれていることを知っていました。結婚のために中退することが栄誉であるような女の園で、卒業するまで在籍していたい、その先ももっと学問をしたいと公言するような私の存在は、さぞ
    浮いていたことでしょう。
     別に何かしらの学問を究めたいというわけでもなかったのです。ただ親の言われるがままに私の意思とは関係なく何某かの男の元に嫁ぎ、その種を受けて子を産むという「普通」の人生に対してあまり興味を持てなかった、ただそれだけの理由でした。
     自由恋愛による結婚というものも耳にするようになってきておりました。想い想われての結果、その成就としての結婚に憧れる同級生もおりましたが、私はそれすら好ましいと感じることはありませんでした。

     両親はそんな私を咎め立てることもなく女学校を卒業させてくれました。けれど、その後も特に何をするでもなく兄から借りた本を読み耽ったり弟と草叢に頭を突っ込んだりぶらぶらとしている私の元へ、ちらほら縁談を持ち込んで来るようになりました。
     既に跡取りがおり、他にもう一人男子がいるのに女の一人くらい好きにさせてくれてもいいのに、とは思いながらも、世間の手前そうもいかないのだということも理解していました。

     だから、一番装丁の気に入った釣書を黙って指差した時、両親のほっとしたような顔を見て少しだけ胸が痛んでしまったのでした。

    ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

     釣書も相手の写真すらも見ないで見合い当日を迎えました。
     さして興味もなく気も進みませんから、使用人たちにされるがままに飾り立てられたところで気分も浮き立ちようがありません。身も心も重たくて、のろのろと視線だけを動かした先を灰色の毛玉が素早く横切っていくのが見えました。
     そういえばこの前、家の庭にいつの間にか住み着いていた猫が縁の下で仔を産んでいたということを思い出しました。ただか細い鳴き声をあげるだけであったその子猫たちがもうこんなにも動き回るようになったのかと思い、その毛玉が飛んでいった先を追うと、庭先でころころと戯れている兄弟猫たちを尻目に虫でも追っているのか一匹だけそれらから離れて走り回っているものがあります。

     動物にも群れの習いに外れて動くものがあるのかと、ふと思いました。その子猫をそのまま目で追っていると、庭木の幹に拙いながらもよじ登り始めています。果敢な姿につい感心したのも束の間、私の背と同じくらいの高さの枝に乗った時点で動きが止まりました。登った時の勢いはどこへやら、情けない鳴き声を上げています。
    ——降りられないのだ。

     そんな莫迦なと思いつつ、気が付いてしまったからには見なかったことにはできませんでした。普段着慣れない晴れ着の我が身を見下ろします。この格好でも、あのくらいの高さならどうにかなるだろう。そう思ったら、使用人たちの慌てた声を背に私は庭に降りていました。

    ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

     決まりきった口上の後、さあこれを持っていきなさいと桜湯の碗と茶請けの菓子を持たされたものの、既に帰られていても致し方なしと思っていました。にも関わらず、開け放たれた襖の向こうを見るとそこには果たしていつからそうしていたのか、きっちりと着込まれた軍の礼装を一筋も緩めず正座をしている姿があったのです。側を通ると、撫で付けられた髪から仄かに椿油が香ります。ちらりとこちらを見た後はあからさまに私と視線を合わそうとしないあの人の薄い唇は、真一文字に結ばれて両の口角はぎゅっと下がり、その眉間には深く深く皺が刻まれていました。

     卓の上には、今置かれたそれぞれの湯呑み茶碗と菓子器の他に菓子盆も置かれていました。この席には不似合いでもありましたが、私が遅れている間を保たせるためでしょうか。盆の中身は減っている様子はありませんでした。
     特に話すことも思いつかず、さっさと自分の分を平らげた私は、続いてその盆の中身に手を伸ばします。甘い餡子と香ばしい皮の香りは私が好きなそれでした。

     私も子猫を追い回した後で疲れていましたし、甘いものが食べたかったのです。無遠慮に菓子皿に手を伸ばす私を、あの人は呆れたように見ていました。そうしてまるで、対抗するかのように菓子に手を伸ばして来たのを見て、この人は何を考えているんだろう、と思いました。
     ああ、考えていることはすぐに分かりましたよ、それが顔に出ているのに、言葉にせずただ菓子を食べるという行動に出る意味がよく分からなかったのです。気分を害しているならはっきり言えばよろしい、そう思いながらも私もそれを言えなかったのだからお互いさまなのです。今思えばあれは単に、その場をどう繋いでいいか思い付かなかっただけなのでしょう。きっと、私と同じことを考えていたはずなのに。

     あの日、私の方もまた、会って間もないのに「生意気なおなごだ」と思われていたのですよ。

     黙々と菓子を食べ続けていると、最後の一つになっていました。同時に手を伸ばしかけ、衝突しそうになった瞬間、あの人が怯んだ隙に私がそれを手にしていました。
     平然とそれを食べている私に、あの人が呆れたように言いました。

    「急用、とは聞いております。……見合いの前にどこにいらしたのかは知りませんが」

     そうして宙を彷徨っていた手を今度は突然私の方に伸ばしてきました。そうして私の鬢のあたりに軽く触れ、戻った指の先には木の葉がつままれていました。先程、私の姿に驚いた子猫が決死の勢いで飛び降りたのを抱き止めた時に突っ込んだ茂みのものでしょう。その後、恐慌状態になっている子猫を宥めるのに乱れた着物はどうにか取り繕ったつもりでしたが、そこは見落としまっていたのでした。

    「普通のおなごは、見合いの席にこんなものをくっつけて現れた挙げ句に平然と菓子を食うものではないのではないですか」

     しまったとは思いながらも、その言いぐさに思わずかちんときてしまいました。
    ——普通。普通とは。
     私は気付けば、あの人の顔を正面から見てこう言い返していました。

    「あなたは、普通、と言えるほどの数のおなごをご存じだと言うのですか」

     固い声に、あの人は今度はぎょっとしたように私の顔を眺めています。構わず私は続けました。

    「このような場で私に対してそのように言えるほど」

     決して大きな声を張ったつもりはありませんでした。それなのに、あの人は大仰に眉をそびやかすと何かを言いたげに口を開きかけましたが、それよりも早く私は更に続けます。

    「おなごにも、ええこのような者も実はいるのですよ。そんなことを知りもせず、『普通』を説くとは」

     私の言葉を聞いて、あの人はみるみるうちに顔に血を昇らせました。

    「生意気な……!」

     おそらく隠しきれなくなった感情のままに口から出てしまったのでしょう。これがこの人の本音なのか、と思いました。言いたいことをはっきり言えもせず、それを正面切って指摘されると初対面の相手に向かって逆上した挙げ句「生意気」とは。一体どちらが生意気なのでしょうか。

     きっとこの縁談は破談になるのだろう。そう思うと両親の顔が脳裏をよぎりましたが、それも止む無しという捨て鉢な気分になっていたのです。
     ええ、それはもう最悪の気分でした。

     私はその日、あの人が帰ってから名前を知ったのです。和田光示。それが私の夫になるはずの人の名前でした。
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