「…………なんだそれ」
「高校ん時の制服」
「とうとう自分の年齢も分からないくらい馬鹿になったか」
「ちげーよ!」
おもむろに談話室へ現れた紘が身に纏っていたのは、紛れもなく学生服だった。卒業して数年は経っているはずのそれに、何故今更袖を通しているのか。そもそも寮に持ってきていたのか。よく分からないことだらけだし、さすがにその顔で高校生と言うにはもう無理があるんじゃないのか、と眉を顰める。
そんな善の顔を見て、紘はため息をつきながら経緯を話し始めた。
「夏組全員制服で出掛けるんだよ……」
「また頭悪そうなことを」
「俺提案じゃねえし、むしろ最後まで抵抗したけど」
「……まあ、無理だろうな」
紘が最年長の夏組は、全ての組の中で平均年齢がぶっちぎりで一番下だ。しかし残念ながら、そんな彼らの中で紘の言葉が通じることは少ないのだ。現役の学生たちに混じって明らかに見た目だけは大人が制服を着ている図は、さすがにほんの少しだけ同情してしまう。
「他の奴らは?」
「多分もうすぐ来ると思う……」
これで外出るの嫌だ……と談話室のソファで蹲る紘が、これまでも散々夏組のおもちゃにされてきているのはいやと言うほど見ているので、助けてやれる術はない。こちらもとばっちりを受けるのはゴメンだ。
可哀想に、と思うだけで何も言わずにマグカップに口を付けていると、バタバタと談話室に近付いて来る足音。他の奴らも支度が出来たのだろう。間髪入れずに開かれた扉の前には、見慣れた姿たちがあった。
「お待たせ! 行こうぜ!」
「行きたくねえ!」
「なんだよ、折角実家から持ってきたんだろ? 大丈夫まだ似合ってるって」
「笑いながら言われても説得力ないんだよ! お前らは現役だからいいだろうけど!」
「でもなんだかんだ着てるんだからいいってことだろ」
ぎゃいぎゃいと騒ぎながら引きずられるように玄関へ連れ出される紘を、憐憫の目で見送った。
*
「疲れた!」
「だったら自分の部屋戻れよ」
「いいだろ別に。かわいそーな恋人様を慰めろ」
結局夕飯まできっちりと外で済ませてきた夏組が帰ってきたのは、学生組に課せられている名ばかりの門限ギリギリだった。なんだかんだ夏組の子供達はその辺りはきっちりとしていて、うちの最年少どもも見習って欲しいところだと思う。
「だったらせめてそれ脱げ。やっぱ気に入ってんのか? 小学校からやり直すって手もあるぞ」
「お前が脱がしてくれんだろ?」
「……」
なるほど、"慰めろ"とはそういう。
ブレザーを脱いでワイシャツにネクタイ姿の紘は、ぴらぴらとそのネクタイの先を揺らしながら、昼間とは打って変わって挑発的な目でこちらを射抜く。
逡巡したのは一瞬だった。
ネクタイで遊んでいる手ごと掴み、ぐっと引き寄せてやる。息がかかりそうなくらい近付いた顔は、やっぱり高校生とは言い難いしっかりとした成人男性だ。
それでも、ワイシャツの裾から忍ばせた手は、いつもより熱い気がした。